嘘つきマーメイド達の恋と戦争
虎戸リア
第1話:嘘のはじまり
それは最初から――全て仕組まれていたのかもしれない。
「なあ
放課後。
この春から、俺が通いはじめた中高一貫校である私立
ここ、東校舎の三階の端の端にある〝民俗学研究部〟――通称オカルト部、もそのうちの一つだと俺は思っている。
「
「……またオカルト話ですか」
だから俺は、いつも通りに胡乱な話を始めようとするこのオカルト部の部長、三年生の
片側だけを三つ編みした黒髪に、オレンジ色のフレームの眼鏡。端正な顔に理知的な見た目通りに、彼女の成績は学年どころか全国でも上位らしいが、その頭脳の使い方を致命的に間違えている。
そもそもルックスだけで言えば美少女というか、美人と呼んで差し支えないのだが、こんな部に所属している時点で間違いなく変人である。
これだけ見てくれがいいのに近付いてくる男子がいないというのは、つまりはそういうことだ。
「オカルトではない。民俗学的な話だよ、海色君」
古本や巻物、謎の像や石などがごちゃごちゃと置かれてあるこの部室。その奥にある椅子に座っていた部長がスッと目を細める。
彼女が足を組み直し、右手を椅子の肘置きについてその細い指でその顎を支えた。まるで、何かを深く考え込む支配者のようなポーズだが、あまり似合っていない。
「いや、どっちにしろあまり興味はないんですが」
俺がそう答えると、部長が眼鏡の奥で細めていた目を一気に開いた。
「ならなぜ君はここにいる!? 私と楽しく民俗学的な議論を楽しむ為じゃないのか!?」
「規則だからですってば! ここが一番何もしなくていいと思ったのに、〝毎日参加しないと部長権限で退部させるぞ〟って脅したのはどこのどいつですか!」
この学園は規則で、全ての生徒は何かしらのサークルや部活に参加しないといけないのだ。人間関係がめんどくさい俺は、ただ機械的に部員が少ない、活動がほとんどないものを選んだだけだ。
結果選んだのがこのオカルト部であり、当然所属するだけで活動に参加するつもりは一ミリもなかった。そもそも部員が俺を除いて部長しかいない時点で、ほぼ活動のない部活だと思っていた。
だから文字通り幽霊部員になるつもりだったのだが――
「ううう……私は悲しいよ……てっきり民俗学に興味がある可愛い後輩が入ってくれたんだと、大喜びしていたのに」
部長が泣くふりをするので、俺は思わず溜息をついてしまう。
「……もうこのくだり、俺がここに入ってから十回以上やってません?」
「うむ。流石に飽きてきたな」
けろっとした顔で部長が頷いた。
「というわけで、帰っていいですか」
俺が用は済んだとばかりに部長に背を向けようとする。
「う~、私にかまえよ~」
すると部長が近付いてきて、俺のシャツの裾を引っぱってくる。その子供じみた部長の行動はなぜか妙に様になっていた。見た目と口調からしてそういうことするタイプじゃないだろ!
「そもそも、こんなに可愛い女の先輩と二人っきりの密室で、好きなだけイチャコラできる機会をなぜ自ら逃す!? 君は男としておかしいぞ!」
「可愛い女の先輩、までは百歩譲って認めるにしても、こんな胡乱げな部屋でイチャコラできるか!」
さっきから棚に置かれている人魚のミイラみたいな剥製と目が合うんだよ! あとギロチンをバックに、笑みを浮かべる自身の首を手に持った、謎の貴婦人の肖像画を飾るとか趣味が悪すぎる。
「ふふふ……つまり可愛いとは思ってくれているんだね。それは朗報だ」
部長が悪そうな笑みを浮かべ、俺を見上げてくる。
「しまった」
「可愛い部長とお喋りするぐらいの甲斐性は君にないのかい? 可能性が微粒子レベルで存在するかもしれない君の将来の恋人との語らいの予行演習にもなるぞ」
「一般人は恋人とオカルト話なんてしないですってば」
「じゃあ私と楽しく恋バナでもするかい? 君は巨乳派? それとも貧乳派? 攻め? 受け? 乳尻太ももなら、どこが好き?」
「恋バナじゃねえよそれは!」
なんてツッコミを入れている間に部長は俺から離れ、椅子の向こうにある窓へと顔を向けた。
なぜか、部長の纏う雰囲気が変わった気がした。
開けっぱなしの窓からぬるい潮風が入ってきて、カーテンを静かに揺らす。
「じゃあ――
その言葉と共に、頭にズキリと痛みが走る。
初恋……それは確かにあったはずのものなのに――俺はこう答えるしかなかった。
「
そう。覚えていない。
八歳の時に起きた事故のせいで両親は他界し、俺は東京に住んでいる叔父に引き取られた。それから中学卒業までを東京で過ごし、この学園に通う為に再び、記憶のない空白の故郷へと帰ってきた。
定期的に専任の
「ああ……そうだったね。うん、悪いことを聞いた」
部長が窓へと顔を向けたまま、そう答えた。
その表情は読めない。
「いえ、それは大丈夫なんですけど」
「しかしなぜ、君はまたここに戻ってきたんだ? 記憶が無くなるほどの事故があった土地にまた戻ることは、あまり良いことではないと思うのだが」
部長の言う事はもっともだ。だが、俺には俺の事情があった。
「なぜか分からないんですが、中三の時にここの推薦入学を当時勧められまして。しかも学費が三年間無料、下宿代、生活費も支給される制度もあって」
「この学園、評判はいいけど馬鹿みたいに学費は高いからね。だけども、そんな制度があったとはね」
「それに俺はもう高校生なのでいつまでも過去に目を背けてもな、という気持ちもありました。過去と向き合おうと。カウンセラーも賛成してくれましたし」
俺は親同然に育ててくれた叔父夫婦に常に感謝していた。
そして叔父の事業が最近上手くいっていないことも知っていた。そのせいで家の雰囲気が悪くなっていっていることも。
だから学費が掛からず高卒の資格が得られるなら、どこにだって行ってやると思ったんだ。まさかそれがよりによってこの雨花市の学園だったとは。
きっとそういう運命なのだろうと、俺は諦めた。
「でもね、海色君。過去を見つめても、何も有意義なことはないよ。いつまでも後ろ向きで歩いていたら、いつか転んでしまう」
部長がまるで自分に言い聞かすようにそう俺を諭してくる。
「それは自分の過去を知っているから言えるんですよ。背後が真っ暗だと……後ろが気になってろくに歩けない」
「そうだね。それはその通りだ。だったら、なおさら君は知るべきだよ――
そう言って部長が俺の方へと振り向いた。三つ編みにしている髪が揺れる。
「なんでそこに話が戻るんですか……」
「君はこの土地に来て、予測していなかったのかい? 君のその空白の八年間を……
その言葉で、俺の頭に再び痛みが走る。
「記憶がないからといって、君の八歳までの歴史は消えたわけじゃない。君は覚えていなくても――当時君の近くにいた者は、君のことを覚えていても不思議ではない」
「それは……」
もちろん……それは分かっていた。だけどもこの雨花市は海と山があって都市部へのアクセスも悪くない、それなりに大きな地方都市だ。そう都合良く幼少期のことを知る相手が現れるとは思っていなかった。
「君と幼少期を共に過ごした相手が、この学園に入学している可能性は決して低くない。なんせこの学園の生徒のほとんどが地元民だからね」
「待ってください。まさか、部長がそれだって言うんじゃないでしょうね」
俺がそう聞くも、部長は首を横に振ってそれを否定する。
「
「そうですか……なら、なぜそのなんやら島を俺が知るべきなんですか」
「本人に聞いた方が早いと思うがね」
「本人? それってつまり――」
「ああ。君のすぐ近くに君の過去を知っているだろう存在がいる。君と同じクラスの女子生徒だよ。確か名前は――
部長がそう言って目を閉じた。その表情に浮かぶのは羨望や嫉妬、あるいは別の感情か。俺は、再びはじまった頭痛に顔をしかめてしまう。
「射手川……確かに同じクラスにそういう名前の女子がいますけども」
「
その言葉と共に部長は椅子に再び座ると、横に置いてあった本を読み始める。それは、もう帰っていいという意味合いを持つことを最近俺は覚えた。
もう話すことはない、という部長の意思表示だ。
だから俺は部室を去ることにした。
明日、射手川に話を聞こう。そう決意しながら。
だけども、少しだけ気になったことがあった。
なぜ部長は……今年入学したばかりの、何の関わりもないはずの女子のフルネームを知っているのだろうか?
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