第6話
「向きません」
「何で」
「何でと言われても向きません」
そっちを向いたらアウトだと思いました。
かといって、叫び声をあげて叩き出す勇気もありません。私の中で小池リーダーはやっぱり頼れる元上司で、どんな時でも偉そうにふんぞり返って、私が全然駄目でしょげている時も笑い飛ばして飲みに誘ってくれるような、恋愛感情とかじゃなくて『大好きな』人なのです。
どうか気の迷いとか質の悪いジョークで終わってくれと思いました。
と同時に、もしかしてこれも浮気になっちゃうのかな、と怖くなりました。
「ぎゅってして良い?」
「駄目です」
「良いじゃん。ぎゅうだけ」
「駄目です」
断固拒否の構えです。
いやもう、だったらお前が出ろよって話なんですけど、ここを出たところで、行くところもないのです。
それに、「何本気にしてんだよ、冗談だよ」みたいなことになったらそれも怖いし。やはりここでもコミュ障が顔を出すわけです。人との適切な距離感がわからないというか、何がどこまでジョークなのかもわからないし、うまいかわし方もわからないのです。相手の方ではジョークのつもりだったのに私が真に受けてしまって、変な空気になる、ってこともよくあったので、こちらの出方次第では上司と部下(どっちも『元』だけど)の関係も壊れてしまうのでは、なんてことも考えました。
ちょっとだけ、ちょっとぎゅってするだけ、何もしないから、みたいなやりとりがしばらく続きました。私はとにかく駄目です、無理です、嫌です、の一点張りで、布団の端を握り締めておりました。
やがて、小池リーダーも諦めたようでした。
「お前すごいな」
何か褒められました。褒められたのかな。
「俺ここまで拒否られたの初めてなんだけど」
「マジすか」
ということはこれまでもこういう状態になったら手を出してたのか。
「でも普通、相手がいたらそうじゃないですか?」
一緒のベッドに入ってる時点でアウトだろと言われてしまえばそれまでなんですけども、一応そこは守り切った私は、そう言いました。
すると、
「いや、ここまで来たら相手がいても関係なかったよ」
「マジすか!」
そういうものなんだ!
てことは私がベッドに入っちゃったからOKだと思っちゃったんだ! なんか悪いことしたかな?
「お前、本当に彼氏のこと好きなんだな」
「好きです。本当に好きです」
「でもさ、絶対バレないじゃん。ここ札幌だし。ちょっとくらいさ」
「ちょっとくらいとか、そういうことじゃないんですよ。見えないところでこそ信頼関係というか、なんていうか、彼は私を信じて送り出したわけですし、目の届かないところだからこそ、信頼を裏切ったら駄目なんです」
まぁ男と同じベッドに入っといて何言ってんだ、って話なんですけど。小さい頃に親から言われたわけです。お天道様が見てるぞ、って。誰も見てなくても、お天道様が見てるんだから、悪いことはしちゃ駄目だよ、って。別に太陽が見てるからなんだ、じゃあ夜なら良いのか、って、それは屁理屈なんですけど、でも、昔からそれがずっとあるんですよ。誰も見てないけど、そういう時にこそ人間の本当のところが出るよな、って。私は、人の見てないところなら何をしてもいい、っていう人間にはなりたくないんですよ。
確かにやっちゃったとしても、バレないと思うんですよ。私がバラさなければ。
だけど、私の性格上、絶対に顔とか態度に出ちゃうから、絶対に無理なんですよ。そうなったら、もし仮に許してもらえたとしても、絶対にいままでと同じような付き合いは出来ないじゃないですか。帰省の度にまたするんじゃないだろうかって心配するだろうし。
「彼のことが本当に本当に好きなんです。だから、絶対に駄目です」
ちょっとでも何かしちゃったら、何も知らないで秋田で待っててくれてる良夫さんに顔向け出来ないです。
って言ったら、
「俺、お前のこと初めて尊敬したわ」
初めて尊敬されたようです。
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