手遅れだったアイラブユー

沖田ねてる

変わった日

 今日は変わった日だと、そう認識せざるを得なかった。


「俺の勝ちだ、宇宙人」

「あなたの勝ちヨ、地球人」


 高度35,786km。地球同期軌道上を周回している葉巻型の母船、アマビニア。アサルトライフルに黒い迷彩服姿で乗り込んだ俺は、仲間の後押しを受けて進み、単騎で彼女を発見して交戦に入った。

 その結果がこれだ。スレンダーな身体を薄青色のボディースーツのような服で包み、金色の長髪を床に広げながら仰向けに倒れた彼女。銃弾で穴が空いた脇腹からは、とめどなく血が流れている。


 対してボロボロになりながらも銃口を向け、ツンツンの黒髪の先から血を滴らせながらも立っている俺。黒い右目を損傷したが、まだ金色の左は見えている。戦いは終わった。


「酷いネ。まだ宇宙人って呼ぶなんてサ」


 蒼い瞳を緩め、諦めたような顔で笑っている彼女。額から生えている先が丸い肌色の二本の触覚が、ヘタっていた。


「宇宙から来たなら、そう呼ぶに決まってんだろ」

「わたし達は、帰って来ただけなのニ」

「一度は見捨てたろ。地球はもう、お前たちのもんじゃない」

「冷たいネ。同じ人間じゃないカ」


 遥か昔。巨大隕石の来襲を予知した特権階級は、一般人を残してさっさと宇宙へ逃げ去った。彼女達は宇宙空間に長くいた結果、筋肉が収縮し、触覚が生える等の変質が身体に起きた。

 そんな彼女達が、長い時を経て帰ってきた。巨大隕石の直撃によって環境が劇的に変化し、それでも生き残った俺達の元に。


「地球人は……いや、君は昔から頑固だネ」

「お前が適当過ぎるだけだ。勝手に俺を宇宙に連れ出した、あの日から」

「あの時は、君だって目を輝かせてたじゃないカ」

「あれでしこたま叱られたから、懲りたんだよ」

「なんだ、わたしの所為だったのカ。はははッ。その君にやられたんだから、因果応報ってやつだネ」


 向けているライフルは下ろさない。やっと古の銃器を復元させた俺達とは違い、彼女達の技術は数段上だ。あのボディースーツだって、一体どういう原理なのか皆目見当もつかない。無重力下で生きて来た彼女達が、何の苦も無く地球上で活動できるなんて。

 俺は彼女を睨み続ける。気は緩めない。仲間に託され、色んなものを背負い、覚悟を決めてきたんだ。


 でなければ俺は、初恋の幼馴染を弾丸で貫いたりはしない。


「そんなに警戒しないでヨ」

「油断はせん。また激辛団子を食わされるのは、もう懲り懲りだ」

「あっ、覚えてたんダ。まいったナー、信用されてないのカ。古典で言う、オオカミ少年だネ」


 カラカラと笑っている彼女。その笑顔は、昔から何も変わっていない。

 それが何故だか、気に入らなかった。


「変わったんだ。俺も、お前も」


 気が付くと、俺は声を荒げていた。


「俺達は妥協点を見い出せなかった。だからこうなっちまったんだろうが。もう俺は、あの頃には戻れない。それはお前だって……」

「変わってなんかないヨ」


 彼女が俺の言葉を遮った。


「変わってなんかなイ。わたしはずっと、変わってなんかないヨ。君だってそうダ」

「何故そう言い切れる」

「長い付き合いだシ。何よりも……君が好きだかラ」


 唐突なその言葉に、俺は息を呑んだ。何を、言っているんだ。


「お互い立場とか責任とか、面倒なことになっちゃったよネ。お陰で、こんな今わの際にしか、素直になれないヨ」

「お、お前。何、を?」

「マ。散々邪魔してくれた点については、大っ嫌いだけどネ」


 脳を揺り動かされた気がした。心の蓋を引っぺがされたような気分だ。無意識の内に、銃口が下がっていた。

 思い出されるのは、彼女と初めて会った時のこと。地球を離れた人間と、残された人間。それでもやり直せると、大人達が話し合っていた最中。


 幼い俺達は、何も気にせずに触れ合っていた。俺にとっての一番の友達で。遊んで、ふざけて、楽しくて。そして。


「ああ、もう終わりだネ。生命維持スーツも、限界みたいダ」


 薄く微笑んだ彼女に対して、俺は何も言えなかった。


「君のこと、大っ嫌いだったけド……大好き、だったヨ」


 彼女はそう言って、目を閉じた。俺はライフルを下ろし、近づいていく。しゃがみ込んでそっと頬に触れてみれば、皮膚は既に温かみを失っていた。


「…………」


 俺は立ち上がった。直後、船全体が揺れ始める。別部隊がやったな。モタモタしていたら船ごと爆破され、宇宙の藻屑と化してしまうだろう。

 彼女に背を向けた俺は、静かに口を開いた。


「……知ってたさ、馬鹿が」


 ああ、分かってたさ。お前のことくらい、俺だって。


「俺もだ。大っ嫌いだったけどな」


 永遠に届かない言葉。それだけを残して、俺は走り出した。

 今日は変わった日。最愛の彼女を殺して、俺が変えてしまった日だ。戦争が終わり、今のままではいられなくなる。俺は、その責任を取らなければならない。


「……ッ」


 一滴の雫が落ちた気がした。俺はそれを、考えなかった。

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手遅れだったアイラブユー 沖田ねてる @okita_neteru

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