4-11 ビゼーとビソン2

「ともかくだ! 同じビギナーでも、俺たちとお前とでは違うんだ。そこのところを弁えて、デオル兄上に媚びるような真似をするなと忠告にきたんだ」


 空気の読めないビソンが、ぺらぺらと聞いてもいないことを話した。

 デオルはやはりセインのことを高く買っていて、それがとても気に入らないということだ。それは予想通りだったが、セインは別のところで引っかかった。


「ビギナー? 兄上たちが」


 正直なところ、ロルシー家の優位性を生かして穢れ払いの仕事を受ければ、割と簡単に銅クラスまでは上がれる。成人した兄弟たちなら、それくらいは朝飯前だろう。

 セインは修業だと割り切って、あえて通常のルートで昇格を目指しているし、サキのポイントを稼ぐのにも都合がいいのでビギナーランクで受けられる採集を優先している。だが彼らは、今回に限らず前回も、ロルシー家に直接来る依頼を受けたはずなので、とっくに銅カードだと思っていた。

 そうなると、今まで聞いた話から察するに、例の屋敷に強制送還されたという事件でポイントが失点したか、ランクが降格したかしたのだろう。


「おい、余計なことを言うな」


 ビゼーの叱責でビソンは口を噤んだが、何に怒られたかわからない様子だった。ビソンは頭に血が上ると、考えなしに思ったことをそのまま口に出し、なおかつ言ったことを振り返らない潔い性格をしているようだ。


「……とにかく、兄上にはうまく取り入ったようだが、俺たちには通用しない。いいな、くれぐれも俺たちの領分を侵すような愚かなことはしないことだ」


 大人しく籠っていればいいものを、と小さく吐き捨てたのを聞き逃さなかった。

 領分を侵すも何も、セインが彼らに何かをしたことなど、今も、過去も一度もないはずだ。それこそ彼らのことなど、デオルから聞くまで頭の片隅にもなかったくらいである。

 単細胞なビソンはともかく、このビゼーには執念深い粘着質な気質を感じる。言われるまでもなく、こちらこそ一切の関わりを持ちたくないタイプの人間である。


「もちろんです。もとより、初心者なので地道にやります」

「それがいいだろう……おい、いくぞビソン」


 一度も感情を出すことなく、セインがにこやかに対応するのに、ビゼーはいささか消化不良のような表情をしたが、舌打ちをしつつも、すぐに踵を返した。ビソンは言い足りなそうな顔をして、立ち去るビゼーと、すましたセインを見比べて、結局は何も言わずに慌てて兄の後を追った。


『ふん、あのような小物に言いたい放題されよって。わしが薙ぎ払ってやってもよかったんじゃ』


 立ち去る彼らの後ろ姿に、思いっきりあっかんべーをするツクに、セインは思わず苦笑する。


『慎みなさいませ、ツク。あれはセイン様の処世術というものですわ。事を荒立てなくてもよいときに、余計な争いごとはなされませぬ。わかっておいでなのに、そのようなことを』


 腰に手を当て舌を出していたおかっぱ頭の少女は、ゆらの言葉に「やってみたかっただけじゃ」と途端に口の端を上げてにやりと嗤う。


『このような姿の童はこうするのじゃろう? まあともかく、主が、好好爺のように笑っておるときほど恐ろしいものはないわ。コウキが眠っておってよかったな、そやつは主の感情に影響されすぎじゃからの』


 コウキは朝に弱いらしく、午前中は決まってセインのフードの中で眠っている。セインの感情がよっぽど高ぶらない限りは起きることはない。

 サキもまた大人しくセインの後ろに控えていたが、彼らが指一本でもセインに触れようものなら、目にも止まらぬ速さでそれを阻止しただろう。

 そんなサキが、空を見上げて一言呟いた。


「ご主人様、そろそろ……時間」

「えっ、本当だ……ったく、双子のやつらめ。割のいい依頼書を逃したらどうしてくれるんだ」

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