2-14 暴走
「待てっ! 一度止まれ!」
昨晩泊まった村を出発して数時間経った頃、前方の護衛がいきなり注意を促し、馬車が急停止した。ウトウトしていたセインは、その声で驚いて目を覚ました。リュックを抱えて座っていたので、危うく椅子から転がり落ちるところだった。
やがて、後ろにいた護衛も前の護衛と合流して、前方を指さして何やら相談しているようだった。
セインは身を乗り出して、馬車の前方を確認した。
「これは……オーク?」
引き裂かれて血まみれの死骸が、ずっと先まで点々と続いている。目を凝らしたが、その先は砂煙がもうもうと立ち込めてよく見えない。
「もしかして、昨日のあの馬車か?」
「お客さん、あまり顔を出すと危ないですよ。どうやら前方の馬車が、戦闘中のようです」
御者台の男の言うように、馬車を走らせながら魔物を倒しつつ逃げて、あそこで捕まってしまったようだ。
「旦那、どうします? オークはほとんど倒されてるようだが、なにぶん砂煙でよく見えないし、なんだか少し様子がおかしいんっすよね」
「……様子がおかしい?」
マッチョな方の護衛の言葉に、御者は小型の単眼鏡を出して確認する。
「なんだ、あれは……暴れているのはオークじゃないぞ」
やがて、オークがすべて倒されたのか、徐々に砂煙がおさまって、肉眼でも状況がわかるようになってきた。壊れかけの傾いたボロ馬車と、その車輪の側に複数のオークが積み上げられている。
その周辺に立っている人影は一つで、すでに息絶えたオークを手当たり次第に投げ飛ばしている。少なくとも、解体しているとか、そんな場面ではなさそうである。
「すみません、それ貸してください」
御者はすでに護衛の人と話していたので、セインは特に咎められることなく単眼鏡を覗き込んだ。
そこには、驚くべき姿が映っていた。
「ばかな……あれは、まさか!」
かろうじて人型とわかる姿だが、二本の足は蹄のようであり、かなり大型の獣人と思われる姿がそこにあった。
もともと着ていた服は、身体の変化に無残に引きちぎられたのか、所々に引っかかているだけだった。頭の両脇からは、不気味に曲がりくねった太い角が、前に突き出すように上を向いていた。その髪は、赤いティッキングが入った黒灰色で、首に逆立つ鬣と繋がり、背中まで続いている。
姿こそ変わり果ててはいたが、ところどころにセインの記憶に残る特徴が、とある人物と重なった。
「たっ、助けてください! まだ、馬車近くに乗客が……」
そんな時、少し離れた岩影に身を隠していたのか、一人の男がいきなり飛び出してきた。護衛の一人が素早く両手にナイフを持ち、臨戦態勢に入ったが、その男は馬車の手前で力尽きたようにばたっと倒れた。
警戒を解かずにそこへ向かった護衛は、やがて肩を貸してその男を馬車まで連れてきた。
「前の馬車に乗っていた商人の部下のようです」
近くまでやって来ると、セインにも見覚えがあった。荷下ろしのチェックをしていた男だ。
「間違いないか? それで、馬車主は」
「それが、その……」
そう御者に聞かれて、男はおもわず言葉を濁した。無意識に視線を泳がした先でセインに気が付いたのか、その口が「あ」という形になって固まった。
――あ、いやな予感。
「こ、公子様、ああ……良かった! どうか、穢れを……お願いです、助けてください」
身元バレしないようにフード付きの上着を買った意味が、一瞬で無に帰した。
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