2-11 おせっかい2

「ちっ、仕方がないな。さっさと荷物を卸して、鉱山都市まで行かなきゃならないんだ」


 勿体ないが、とケチ臭いことを言って、例のパチモン札を使う。

 すっかり荷下ろしが済んだ彼の馬車には、すでに幾人かの乗車客が乗り始めている。鉱山都市までは乗合として運搬し、そこでまた荷物を積んでくるようだ。


 ――今までは護衛も雇ってたみたいだし、信用はまあまあるのだろう。なんといってもかなりの格安だし。だけど個人的には、あの馬車主の乗り物には頼まれても乗りたくないな。


 そんなことを考えていると、またしても怒号が飛んでくる。


「くそったれ! 変わらねえじゃねえか! 嘘つきやがったな」

 

 セインは、呆れてため息をついた。すぐに起き上がって、元気に動き出すとでも思ったのだろうか、と頭が痛くなる。

 あんな札でも、一定の効果はちゃんとある。実際に、穢れの半分は落ちて、子供は意識を取り戻している。ただ、重度の穢れによって体力を奪われ動けなくなっているだけだ。


「嘘をつく理由がないし、もっと言わせてもらえば……」


 荷物を卸し終えた奴隷と、人間の男がこちらを心配そうに見ている。どうやら人間の労働者のほうは、セインが正しいのを知っている様子だが、これまで主人の不興を買うのが嫌で進言しなかったようだ。


「そちらの馬車がどうなろうと関係ないけどね……この土地、ロルシー家のお膝元で、オニを出すわけにいかないんだよね」


 回復薬は持っていなかったので、せめて穢れだけでも落としてやろうと、リュックのポケットに数枚だけ持っていた札を取り出して、子供の足元へ近づいた。


「なんだおまえ、まさか、ああそうか! そうやって金をふんだくる気だな、騙されるか! そいつに近づくんじゃない、勝手なことは……」

「やっ、や、やめてください、旦那様!」


 座り込んだセインの襟首を掴もうとしたちょびヒゲを、先ほどから心配そうに見ていた人間の男が、慌てて腕を掴んで止めた。


「だ、旦那様、この小僧……いえ、お子さんはたぶん、侯爵家の公子様です。あの灰色の髪は、このあたりでは妖狐族の幼少期の方のみだと聞いてます」

「な、なんだと。たしかに灰色の髪……いや、待て。だが、”灰色”にしては、とうが立ちすぎだろう」


 最後のほうの「灰色」と言った辺りは、さすがの商人も声を潜めていた。灰色は、すっかり半人前の代名詞になっているようだ。

 ともあれ、さすがに侯爵家の子息と知っては、いくらか怖気づいたのか、無責任にも「何とかしろ」と人間の男をせっついた。


「あの、公子様とお見受けします。お札をお持ちのようですが、この子の穢れを祓っていただけるのでしょうか? も、もちろん代金はお支払い致しますので」

「……そのつもりですが、代金は結構です。仕事の依頼なら頂きますが、これはただのおせっかいなので。その代わり、この子がせめてもう少し大きくなるまで、暴言や暴力を控えてください」


 タダだと聞いて満面の笑みを浮かべたちょびヒゲが、条件を聞いてすぐにむっとした顔に変わる。自分のものをどうしようと勝手だと言わんばかりだったが、さすがに声には出さなかった。


「この個体なら、成長すればかなりの戦闘力を得ることができます。先行投資だと思って、ここで一人か二人護衛を雇って、今回は休ませるのがいいでしょう」


 そう助言して、セインは子供に向き直った。

 出かける前に作ってきた札を、刀印を組んだ指先で文字の上を滑らせるようになぞってから、仰向けにした子供の胸に置く。

 すると、常人の目にも見えるほどの黒い瘴気がゆらゆらと札に吸い取られていき、やがては役目を終えたようにふっと飛ばされ地面に落ちた。

 セインは、それを拾い上げて立ち上がった。

 

「かなり深い穢れだったけど、ほとんど落ちたと思う。ただ、気力がひどく衰えているので、しばらくの間は穢れに触れさせないように」

「助かりました。公子様、この度はありがとうございました」


 深く腰を曲げてお礼を言ったのは、人間の男だった。

 先ほどまで倒れていた子供も、おぼろげながらも状況が分かっている様子で、よろけつつも起き上がって小さくお辞儀をしている。


 ――まったく、子供の方がよっぽど礼儀をわきまえてるな。


 ちょびヒゲ商人は、もう用はないとばかりに馬車に乗り込んで、さっそく乗客から料金を徴収し始めていた。商魂たくましいのは結構だけど、忠告をちゃんと理解したのかセインはいささか心配になった。

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