2-10 おせっかい

 近づいていくと、車輪の近くでうつぶせで倒れている子供が見えた。

 セインと同じくらいの年頃で、シャツと膝までのズボンに、この寒空に裸足という姿だった。以前のセインに負けず劣らず痩せこけている。

 髪は短くざんばらで整っておらず、耳の上のあたりから後ろへ曲がってのびる太い角がある。


 ――魔族? いや、この角は山羊系の獣人かな。結構、珍しい種族だな。


「おじさん、このままだと死ぬよ」


 細い指揮棒のような短いムチで子供の背中を打った商人は、その声に振り向いた。奴隷の彼らの数倍は横に大きく、口元には、なんでそんな形にしたのか聞きたくなるような滑稽なちょびヒゲが生えている。


「口出しはしないで貰おう、見ての通りこいつは奴隷だ。買った金額分は働いて貰わないと帳尻が合わないだろうが。こいつときたら、この通り急に動かなくなりやがって」

「……帳尻ね、それならなおさらだ。このままじゃ、大損害だと思うよ」

「なにを訳の分からないことを、おい、コイツをつまみ出せ」


 荷下ろしのチェックをしていた男を呼んで、ちょびヒゲ商人はセインを追いやろうとした。主人の命令に答えた人間の男は、手を伸ばしてセインを捕まえようとしたが、それを躱して倒れている奴隷の近くに座った。


「まあ、よくもここまで穢れを放置したものだな」

「……は? なにを、穢れだと?」


 もちろんちょびヒゲ商人だって、穢れくらいは知っている。だが、どうやら彼はそのことに疎いように思われた。こういう無知な輩は、中途半端に裕福だったせいで世間知らずなことが多い。死の穢れに疎遠で、手元に来るものはすべて穢れが払われている。そのため穢れ払いを迷信のように勘違いしているのだ。


「この子供に何をやらせた? こうも穢れがひどいということは……まだ幼いが、戦闘奴隷か?」

「よくわかったな。こいつは高地の険しい山に住む一族だ。戦闘能力が高く、身軽でどんな過酷な場所でも最高のパフォーマンスを出せるし、群れないから奴隷にしやすい種族だと聞いたんだが、とんだハッタリだったようだ。数回戦っただけでこのありさまなんだからな」


 高い買い物だったのに、とブツブツこぼしている。


「いままで奴隷を護衛にしたことは?」

「ないな、これまでは街道専門の騎馬護衛を頼んでいた。だが、たまたま奴隷市で噂に聞く山羊獣人を見つけて買い入れたんだ」


 護衛の雇われ騎馬は、当然ながらその道の専門家だ。魔物と闘えばその都度、札なりお守りなりで穢れ払いをしていたに違いない。


「なるほどね、でも魔物の血を浴びれば穢れることくらい知ってるよね」

「もちろん知っている。奴隷市でサービスで貰ったこれを一日に一回……」


 心外だとばかりに、いやにうすっぺらい短冊を見せてきた。

 この際、紙の質などどうでもいいが、問題はその札からほとんど「力」を感じなかったことだ。よほど質が悪いのか、制作者の実力のほどがわかる品物だった。


 ――こんなものを、ロルシー家が世に出すわけはない。


 いわゆる類似の粗悪品というやつだ。

 効果がないわけではないが、魔物の穢れた血を浴びるような者が使うには、頼りない代物だった。

 それに、穢れはなにも戦闘だけが原因ではない。この雇い主の様子では、負の言霊の影響もあるだろう。

 醜く汚れた言葉は、血の穢れ同様に呪いになる。受け流し、耐えることができる者もいるが、このように小さく幼い個体では、どこまで耐えられるかわからない。


「とりあえずはなんでもいい、すぐに穢れ払いの札を使うんだ。このままでは”穢れ者”になるぞ」


 穢れ者とは、穢れによって正気を失う状態のことだ。

 気を病み、穢れを振りまくようになったり、元の姿かたちを保てない者さえいる。そうなると、高位の穢れ払いをもっても元に戻らないとされる。

 これらの知識は、専属の家庭教師がいる頃に教わったことだ。

 そして、セインはそれを自分がよく知るモノに例えて、こう呼んだ。

 

 穢れ者オニと――。

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