2-9 獣人奴隷

 セインは、馬留めの場所まで戻ってきた。

 先ほどは静かだった場所が、なんだか賑わっている。どうやら、馬車が着いたばかりのようだ。


「あの御者が言っていた、この町を経由するという村から出た馬車か」


 そこには馬車を覆うほろすらない粗末な馬車が止まっていた。見たところ、完全に荷馬車である。


 ――これはもう乗合馬車というより、荷物のついでに運搬してくれるって感じだな。

 

 思ったより小さな馬車で、セインはちょっと悩んだ。このあと一時間ほど後に出発する馬車の方が、かなり大きく頑丈で、聞いたところでは騎馬護衛も二人付いているようだ。もちろん料金は三倍以上高いが、すぐそこならまだしも少なくとも丸二日の旅である。


「まあ、ここはケチるところではないな」


 ということで、馬留めの休憩所で煙草をふかしている乗合馬車の御者に、このあとの馬車にのる旨を伝えて、もうちょっとだけ商店街でも見て回ることにした。


「……こんの、獣野郎! またさぼってやがんのか、さっさと運ばねぇか!」


 あまりの大声に、セインは驚いて振り向いた。

 周りの人たちはほとんど気にしてないようなので、こういった怒号はそれほど珍しいものではないのだろう。

 怒鳴り声は、先ほど到着したボロ馬車のほうから聞こえてきた。

 馬車が壊れそうなほど山積みされた商品の荷下ろしをやっている最中のようだ。荷物のせいで馬車の向こう側は見えなかったが、車輪の近くに誰か倒れている。

 過積載気味の馬車から、次々と荷物が別の荷車に運ばれていた。この町の商店街に卸す品々のようで、ほとんどが農産物の穀物だった。かなりの重量がある袋を、幾人かで運び込んでいるようだ。

 荷物を運びこんでいる人は見えるが、先ほど怒鳴った人物は馬車の向こう側なので姿が見えない。


「おら! 起きねえか、この役立たずが!」


 ビシッ、と何かで肌を打つような乾いた音が響いた。

 さすがに周辺の幾人かが振り向いたが、すぐに興味を失ったようにもとのざわめきに戻っていく。

 ムチでも使われているのか、先ほどの音が何度か繰り返されている。

 通常の労働者相手なら、雇用主がやたらに手を上げることはほとんどない。


「ということは奴隷、か?」


 奴隷に対してなら、どのような仕打ちをしようと、逃げることも、反抗することもできないので、暴力がふるわれることも多いという。ついでに言うなら、労働者コミュニティーから訴えられることもない。

 改めて見ると、荷物を運んでいる者たちは獣人だと思われた。この商人に買われた奴隷たちだろう。

 成人の男が二人、女が一人、あと倒れている者を含めて、この四人が奴隷で、怒鳴っているのは荷物の持ち主の商人、もう一人は荷下ろしのチェックをしている男で、人間の雇われ労働者だった。

 ロルシー家でも、野外の作業や重労働をこなす人材のほとんどは奴隷である。粗末な地下の大部屋にて、集団で生活をしているものの、暴力を振るわれることはないし、普通に食事も与えられる。

 ここ二年に限って言うなら、それこそセインの生活よりよっぽど恵まれていたかもしれない。

 本邸に住んでいる頃は、奴隷がロルシー家に存在することすら、セインは知らなかった。彼らは、基本的に子供たちを含め侯爵家の人の前に出ることを許されてないからだ。

 

 ――まあ……どのみち、無関係なものが口を出す問題ではないがな。


 といいつつも、セインは商店街に向けていた足を荷馬車の方へ向けていた。

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