1-12 イゼルとビサンド

「うーん、結構難しいな。力が足りない感覚ってこういうことか……」


 いつもの東屋で夕食を食べながら、枯草で作った形代を恨めしそうに眺めていた。いけそうな感覚はあったのに、今一歩というところで手ごたえを失ってしまった。


「まあ、新鮮な感覚だな。がむしゃらに頑張るっていうのも面白い」

 

 などと、才能がなくて悔し涙を流す者が聞いたら、はり倒したくなるようなことを考えながら、ぱくぱくと食事を勧める。

 老人だった時の記憶がまだ新しいので、こうして食事がおいしいのはそれだけで活力が湧く。


「収穫だったのは、札の方が……」

 

 薄い墨ではあるが達筆な文字が書かれた一枚の葉をトンと指で叩く。ついつい独り言をつぶやきながら、セインは思わずにんまりと笑った。


「いた! こんなところに、コイツ……」


 気分よく食事をとっていたセインのもとに、肩を怒らせてイゼルがやってきた。

 子分のお供らしき子供がゾロゾロついてきている。セインに見覚えはなかったが、侯爵家の陪審の子供たちだ。イゼルの子分かと思ったが、その後ろからやってきた年長の少年に見覚えがあった。

 そしてその横、というか隠れるように後ろに、さらによく知る男、ベンの姿もあった。

 

「兄上、見てください。奴の言う通りのようです」

 

 セインの手元、ほかほかと湯気を立てる食事を指さした。


 ――なるほど、ベンが強気だったのはこいつらにしっぽを振っていたからか。


 少し年長の少年を、イゼルは兄上と呼んだことで、セインは彼を七番目の兄だと察した。もう一つ上の六番目の兄は、白金色の髪で、もっと上品な顔をしているからだ。

 七番目……か、ぽつりとつぶやいて思考を巡らせる。

 

 ――ああ、確かビサンドだったかな。


 これまでは、あまりセインに絡んでこなかった人物だ。

 イゼルはたまにビサンドの授業に参加していると聞いていたが、そのつながりで金魚の糞状態なのだろうと納得した。セインを別邸に追い出したり、食事に手を加えたりと、一人の仕業にしては手が込んでいたのはそのせいだろう。なにしろイゼルごときでは本邸の召使を黙らせることはできない。

 この二人の母親は同じなので、セインは芋づる的に背景を悟ることができた。わかったところで、面倒くさいしがらみがさらに増えたことに、ため息しかでないけれど。

 セインの身の上が一変したのは、妹が生まれたことがきっかけだったが、正確には「ばあや」が亡くなったことが決定的だった。


「おまえ、セイン! 聞いてるのか、無視すんな!」


 頼れる兄貴を背中に、イゼルはいつにもまして鼻息が荒い。

 虐げる相手がいなくて、うっっぷんがたまっていたところに、ベンに食事のことを聞いたのだろう。イゼルも使用人の館で作られた食事を食べていたので、セインが同じ程度の食事をとることが気に入らなかったのだ。

 イゼルの虚栄心を満足させるために、セインは何においても下に居なければならなかった。

 セインは相変わらず振り向きもせず、パンをちぎって上品に一口づつ食べている。柔らかく煮込んだ肉をスプーンですくってゆっくり咀嚼し、最期まで音もたてずにスプーンを置いた。

 ちなみに作法は本邸に居た頃にばあやに教わったものだ。もっとも、こんな粗食ではあまり関係ないけれど。

 母親が嫁入りの際に連れてきたばあやにはとても可愛がってもらったが、彼女は二年ほど前に亡くなってしまった。

 彼女は人間で、しかも騎士爵家の令嬢だった。そんな貴族出身の彼女がいれば、セインもここまで孤立させられることもなかったかもしれない。

 一方、怒鳴りつけたイゼルではあったが、あまりに優雅に食事をするセインを思わずぽかんと眺めてしまっていた。そして、はっと我に返ったのはセインがすっかり食べ終わった後だった。

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