1-11 試み

 厨房で貰ってきた陶器の皿に、同じくかまどから削り取った煤で簡単に作った墨を入れる。


「うわ、葉っぱに弾くし、色も薄い……やっぱり膠できちんと練らないとだめだな」


 材料はほぼ厨房にあったのだが、膠の処理はとんでもない匂いが残る。例の親切な料理長が、厨房が空いているときに膠を作ってくれると言ってくれたので、それまではこの代用品で我慢するしかない。きちんと手順通りで墨を作ったら、硯の代わりも見つけなければならない。

 とはいえ、今日のところはこれで十分だ。


「なにしろ今回の主役は、札ではなく……」


 四苦八苦しながら「式」と書いた葉を、庭園の枯草で数時間かけて編んだ手のひらくらいの大きさの形代に、押し込むように埋めた。

 いわゆる形代を使った式神というやつだ。本来は、自我のない霊や妖を憑依させたり、ただ術師の思いのまま動かしたりするものだが、セインが考えたのはこれを形代に、魂に縛られた妖を解放できないかということだ。

 セインの魂、すなわち清明の魂には八つの式が封印されている。だが、その他に四体、自らの意思で共に眠りについた妖もいたのだ。

 それこそ清明の最盛期には強大な力を持ち、十二天将などと呼ばれ神にも等しい存在になった彼らが、こんな粗末な形代で目を覚ますか不安だったが、それでもセインの負担の軽減になればと思った。

 封印という形でないにしろ、これほどの妖をただ抱えているだけでも、魂への負担は計り知れない。それに、肝心の封印を解くためにも、なにか手札のひとつでもないと始まらない。

 ともかく、能力の嵩増しは今の最重要事項なのだ。

 形代を床に置き、静かに座禅を組んで意識を集中した。内へ内へと流れて消滅しそうになる妖力を、必死に引き留めながらひたすら形代を見つめた。その下には、術を後押しするために追加で作った霊符も置いてある。

 味方もろくにいない、この世界で生きていくには力が必要だ。

 たった二つ年上のイゼル相手に、何もできずに身体を丸めて縮こまり、付き人の召使いにさえ馬鹿にされる。そんなことは普通に我慢できなかった。

 仮にも、かつて歴代最強と言われた陰陽師だった男だ。

 たとえ逆境といえど、それを理由に何もせず諦めるなどありえない。

 まんじりともせず、たっぷり一時間はそうしていただろうか。

 セインの耳にキーンと耳鳴りのような音が響いて、身体ごと形代に吸い込まれるような感覚があった。

 額から冷たい汗が瞼をかすめて頬へ流れていく。


「……く、足りないか」

 

 思わず前に倒れ込み、セインは床に手をついてしまった。

 形代に変化がないのを確認して、ため息をつくと「最初から全部はうまくはいかないな」と愚痴を一つこぼして立ち上がった。

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