1-7 食事2

 翌朝、ベンがやってくる前に部屋を出た。

 先日の食器を持って、少し離れた新しい使用人の館の厨房へと向かう。何しろ毎回片付けていたのだから、場所はしっかり把握している。

 現在、セインの食事は本館の厨房では作られていない。それは、あの別館に移った頃からだった。

 いつもは誰もいなくなってから、こっそり食器を下げていた。そこはやはり、自分の召使にさえ馬鹿にされているのを知られなくなかったためだ。

 厨房ではすでに朝食の準備が開始されていた。

 セインはそこでも透明人間のような扱いだった。それどころか、幾人かはこちらをチラチラと監視するように気にしている。それこそ盗み食いでもされないかと警戒しているかのようだ。

 仮にも屋敷の子息にする態度かと、呆れてしまう。

 セインは昨日の夕食のお盆を、作業台の上に音を立てて置いた。

 近くにいた調理人が思わずビクッとしたが、近寄ってきたのは配膳係のような御仕着おきせの制服姿の若い男だった。


「……食器は昨日のうちに持ってきてくださいよ」


 主人の前に出ることができる使用人は、どんな役職であろうと気位が高い傾向がある。

 さすがにカチンときたが、ここで何を言っても今のセインに発言力はないだろう。

 セインは何も言わず、ひとつため息をついて踵を返した。

 なにか食べ物の一つでも見繕おうと思ったが、この様子では難しそうだ。下手に騒ぎでも起こして、癇癪持ちのイゼルでも出てきたらもっと面倒だ。


 ――たしか敷地内にも農園はあったな、ちょっと動いてみるか。


 すぐそこにある綺麗に盛り付けられた料理からは相変わらずいい匂いが漂っている。背を向けてはみたが、否応なしに腹が鳴った。だが当然、それらはセインに用意されたものではないのだ。


「……セイン様、どうぞ」


 ずんぐりとした背の低い年配の男が、ふいにセインを呼び止めた。その男は、「せっかく来たのだから、ついでに持って行ってください」と、ぶっきらぼうにお盆を押し付けてきた。

 態度はつっけんどんだが、他の調理人からは見えないように、セインの体を厨房から押し出しながら料理を渡した。料理長なのか、帽子に身分を示すワッペンがあった。


「ベンのやつに取られんようにな」


 最後にこそっと言って、仕事の邪魔だから部屋にお戻りください、と咳払いした。

 追い出されたセインは、改めてお盆の上の料理を見る。


「そういうことか……せこい奴だな」


 温かい豆のスープに、鶏肉の焼いたもの。焼きたての柔らかそうな二つのパン。

 それほど豪華とはいえないが、いつもの食事に比べれば雲泥の差である。おおかた自分に支給された食事とすり替えたうえで、それさえも全部は渡さなかったのだろうと推測できた。

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