29項目 悲惨すぎる過去


「……その時、オレに起きた出来事。それは、"悪夢"そのものだった。逃げ惑う使用人は、まるで"虫ケラ"の如く、スキルと思しき攻撃で丁寧に蹂躙された」



 ツァーキは、遠くで圧倒的な力を駆使して魔物退治を続ける猪俣やアンネローゼを眺める。



 ……まるで、過去を照らし合わせる様に。



 俺は、序盤を聞いただけで虫唾が走った。



 同時に、激しい罪悪感に苛まれる。



「俺の、同族が……」



 そう呟くのも束の間、耳を傾けて事の顛末を知ったパレットが、「ツァーキ君、そんな辛い過去があったなんて……」と、暑苦しく涙を流すのを無視した後で、彼は話を続けた。



「別に、お前が負い目を感じる必要は、ない。異世界人にいいヤツだって沢山いるのも分かる。……だが、どうしても、その後に起きた残像が、オレの理性を狂わせるんだよ」



 ツァーキは哀しげな表情になる。



 そして、決して聞きたくはない、でも、聞かねばならない、辛すぎる結末に向けて、口を開いたのだ。――――



 ――突然現れた、たった一人の異世界人。



 このあまりにも危機的状況を前に、父は魔道具で何度も王宮へと応答を問いかけた。



「聞こえますか、陛下っ! 殿下っ! 」



 ……しかし、彼のオーラには、魔法を阻害する特殊な作用が駆使されている様で、胸元のペンダントから返答が来る事はなかった。


 その事実に気がついた使用人や衛兵は、領主であるニクラスら彼ら一家を守る為、陣形を組み始める。



 そんな勇敢な行動を前に、余裕のある雰囲気を醸し出す異世界人はため息を吐いた。



「くだらない時間稼ぎはやめた方が良いよ。もう既に、"チェックメイト"なんだから……」



 そう最終宣告とも取れる発言をした彼は、全身から無数の"赤紫の糸"を顕現し始めた。



 ……慈悲を与えるつもりなどないと、室内の全員が理解した。



 故に、彼らは武器を構えると、覚悟を決めた様にニクラスへとこう告げたのであった。



「領主様、お逃げくださいっ!! 」



 そんな叫び声がツァーキ耳元を掠めると同時に、父は先導する様に彼の手を取った後で、崩壊した衣装室を駆け出した。



「すまないっ!! 我々は、こちらに向かっている"王女殿下"に屋敷の危険を伝えに行くっ!! それまで、持ち堪えてくれ!! 」



 そう叫びながら脇目も振らずに走る父の表情は、役職を忘れさせる程、必死そのものだ。



 しかし、そんな励ましも虚しく、振り向けない背後からは、聞き慣れた声による、無数の断末魔が耳元を掠める。



 今朝まで笑っていた皆の笑顔が、走馬灯の様に脳裏に浮かんでは消えて行く。



 消失する声と同時に。



 ……そこで、ツァーキは初めて、現実を理解した。



 ヤツは、あの異界の人間は、我が一族を滅亡させる為にやってきたのだって。



 同時に、頭は真っ白になって行った。



 本能が、"圧倒的実力差"を告げる中で。



 だが、何も知らずに屋敷へと足を進めているであろう王女殿下を救わねばという使命感に囚われる父は、決して振り返らなかった。



 泣き叫ぶ妹を抱き抱える母も、同様に。



 だからこそ、どんなに怖くても、絶対にこの場から逃げなければならないのだと、痛感したのである。



 ……彼は、この場所から抜け出す唯一の方法を知っていた。



 屋敷の外にある森林の中に、緊急時の為に建造された、如何なる妨害も受けない"転移魔法陣"が施された地下壕がある事を。



 もしかしたら、あの異世界人の魔法妨害も、影響しないかもしれない。



 きっと、あそこなら……。



 そんな願いを込めながら走り続けた結果、屋敷に点在する仲間によって"命懸け"で作られた時間のおかげもあって、敷地を抜けられた。



 庭に転がる衛兵の死体に心を痛めながら。


 血と焼き焦げた匂いが漂う、かつての幸せな"空間"に背を向けて。



 続けて、暫く森を駈ける事、数分。



 やっとの思いで到着した、"小さな小屋"。



 そこで、ツァーキの心の中には安堵の感情が芽生える。



 生きられる、かもしれない、と。



 ……だが、運命は、彼らを赦してなどくれなかった。



「はいはい、そろそろ足を止めようね」



 先程まで、殺戮を続けていた軽装の男は、感情を踏みにじる様に、立ち塞がったのである。



 ……多量の返り血を浴びた姿で。




 父はすっかり摘み取られた希望を失っても、絶望せずに、堂々とこう呟いた。



「我々は、ガーディナル王国の民である存在っ! 故に、貴様などには屈しないっ!! それに、我が家族は、"宰相"ニクラスが守らせてもらうっ!! 」



 ……きっと、強がりだ。



 そんな事は、すぐにわかる。



 でも、それでも、人生の終わりが目前に控える状況でも、凛としていたのだ。



 隣には、震えるゾフィア。



 彼らを励ます様に強く抱きしめる母。



 ……そんな諦めない姿勢を崩さぬ両親に反して、ツァーキは不覚にも、"死"を覚悟してしまった。



「父上……」



 すると、異世界人はニクラスの発言に対してニヤッと口角を緩めた。



「……じゃあ、あの世で仲良く"家族ごっこ"でもすると良い」



 彼は、そう告げると、闇のオーラを編み出して一つの剣を作り出した。



 同時に、目にも留まらぬ速さで両手を広げて彼らを守る父の胸元目掛けて、思い切り振り下ろした。



「守れなくて、すまん……」



 ……彼の"最期の言葉"と共に、辺り一帯は、この世で最も尊敬する存在の鮮血が埋め尽くして行く。



 それは、子であるツァーキやゾフィア、それに、母に降り注いだ。



 ……もう、終わりだ。



 彼は、涙ながらに、そう悟った。



 ……すると、母はゆっくりと彼らの元から離れる。



 続けて、「二人だけでも逃げなさいっ! 」と、叫んだ。



 それから、脇元からナイフを取り出すと、絶対に勝てない"圧倒的存在"に向けて駆け出した。



 ……でも、彼女の勇敢な行動は、一秒の暇も与える事はなかった。



「ドサッ」



 あまりにも、簡単に、単純に、愛する人の命は奪われた。



「……じゃあ、あとは君たちだけだね。早くパパとママに会いたいでしょう」



 絶望から失禁したツァーキは、ゾフィアを抱き抱えながら、震える事しかできなかった。



 だが、そんな恐怖を前に、敵はまるで殺戮を楽しむように笑うと、禍々しい剣を突き立てる。



 ……同時に、恐怖から彼の意識は遠のいて行った。



 これで、死ぬんだ、と。



 ――――だが、気を失いかけたその時だった。



「貴様らの好きにはさせないっ!!!! 」



 そんな聞き慣れない声と共に、"何者か"が、異世界人を目にも留まらぬ速さで斬りつけようとしたのであった。



 すると、敵は不意の攻撃に「……チッ。盛り上がって来た所で……」と舌打ちをした後で、素早く距離を取った。



 ……その最中、ツァーキは限界を迎えた。



「一体、誰が……」



 そう思うのも束の間、彼は意識を手放した。



 まるで、悪夢から逃れる様に……。――



 ――――「そこで、オレ達兄妹を救ってくれたのが、王女殿下直属の騎士だったんだよ。誰だったのかは、分からねえが……」



 ツァーキは、全てを語り終えると、切ない表情で、そんな言葉を呟いた。



 それから、奇跡的に一命を取り留め、孤児になった彼らを、王女が引き取ったらしい。



 当の異世界人については、"ある騎士"の攻撃を前にアッサリと逃げ帰ってしまったとの事。



「オレは、あの時、命を繋いでくださった陛下に報いる為、軍への入隊を誓った。……後、もっと強くなって、あの時、両親を殺した"アイツ"に復讐をする為にな。後から知ったんだが、ヤツは、"ヴィクトリーナ国"の兵士らしい。それならば……」



 彼が異世界人を嫌悪する理由を、まざまざと知らされた事で、俺は居た堪れない気持ちにさせられた。



 ……何故ならば、そんな"悲劇"があれば、誰だって恨みを抱くのは当然の話だから。



 ツァーキを見誤っていたのかもしれない。



 もしかしたら、心の何処かで、いつか我々異世界人を受け入れてくれるのかもしれないと。



 きっと、俺という"仇"にも似た存在を認めるのにも、相当な葛藤があった筈。



 そんな気持ちもわからずに、物事を軽はずみに捉えてしまっていた自分を悔いた。



「すまなかった。俺は……」



 思わず、心の声を漏らす。



 ……しかし、その言葉を聞いたツァーキは、小さく首を振った。



「謝るな。今となっては憎悪だけで鍛錬を重ねた事を反省してるんだよ。完全に標的を見誤っていたって。オレが倒してえのは、"異世界人全員"なんかじゃねえ。"親を殺したアイツ"なんだって。それに、お前みてえなヤツもいるんだって知れた。……もちろん、すぐに全てを受け入れるのなんて無理だ。でも、少しずつ成長する。だから、隣で見ていてくれよ。オレが"あの野郎"よりも強くなっていく姿をよっ! 」



 彼の覚悟を聞くと、俺は思った。



 ……そう、そうだよ。



 コイツは、この世で最も信頼できる仲間なんだ。



 過酷過ぎる悲劇を乗り越えて、決意をしたんじゃないか。



 ならば、何を悲観する必要があるんだ。



「俺も、お前の"目標"を隣で見させて貰うっ! だから、これからも掛け替えのない"仲間"として進もうっ! 」



 その言葉に、ツァーキは笑った。



 ……そして、こう告げたのであった。



「頼んだぞ、親友」

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ラノベの作品から現れた大嫌いなヒロインは、モブ以下の"背景"と化した俺の運命を変えてゆく。 寿々川男女 @suzunannyo_ss

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