28項目 失われし一族
ツァーキは、思い出す。
裕福だった時の想い出を。
幸せだった日々の出来事を。
そんな暖かい日常を奪い去った、"ある悲劇"を……。
――――「いつか、お前も国の未来を担う立派な男になるんだぞ」
広大な領地に聳え立つ王城にも引けを取らない立派な屋敷。
父"ニクラス"は、騒がしい妹や母と共に食事を囲みながら、いつも通り、息子であるツァーキに向けて、そう優しく説く。
まだ10歳と幼い彼は、そんな"偉大過ぎる存在"を心から尊敬していた。
彼は聡明で、常に革新的なアイデアを駆使して様々な政策を王家にもたらした事により、貧乏貴族だった"グリッドワール家"は、気がつけば、一代にして国家にて必要不可欠な"有力貴族"へと成り上がったのである。
実質、国家のナンバー2にあたる、"宰相"の地位まで。
その功績は、全てニクラスのおかげ。
故に、いつかは"グリッドワール家"の長男として、国を支える貴族の後釜として、強い忠誠心と共に王家を支える事こそが、幼き頃からの夢であり、使命だった。
「うんっ! オレもいつか、父上の様な人間になりたいっ! 」
嘘偽りなく応えたその言葉に、彼は満足そうにしていた。
「あたしも、お兄ちゃんと一緒に国を守るの〜!! 」
まだ5歳にも満たない妹は、口元をケチャップ塗れにしながらニコニコとそう返答。
「あらあら、ゾフィアちゃん。そんな"汚い顔"では、立派な貴族にはなれませんよ」
そう注意をしながら、慣れた手つきで彼女の口元を拭く母。
同時に、背後に控える使用人共々、起きる笑い声。
彼は、とても幸せだった。
いつも通りの景色。
永遠に終わる事がないと信じてやまない、特別な日々だった。
……すると、父はひとしきり笑った後で、我々家族に向けて、こう告げた。
「……では、明日に控えた"リーベ王女殿下"による我が家へのご来訪、よろしく頼んだぞ。くれぐれも失礼のない様に。ゾフィア、特に、お前は、な」
父は一瞬だけ鋭い目つきで妹を見つめると、彼女は屈託のない笑顔を見せる。
「もっちろーんっ! おうじょ殿下とお友達になるの!! 」
予想外の回答に、彼は首を傾げた。
「……全く。これは、大物になるな〜」
その反応を見るや否や、ツァーキは気品よく食事を終えた後で、妹を抱き抱えながら自信満々な顔をした。
「任せてくださいっ! オレのガーディナル国への忠誠をまざまざと見せつけますからっ! 」
彼のフォローに対して、ニクラスは母と目を合わせた後で、満足げに笑った。
「こちらも、心配なさそうだな。殿下はお前と同い年。とても高貴で美しい方だからと言って、迂闊に惚れたりするなよ〜」
父が茶化した事に対して、ツァーキは顔を赤らめながら「お、畏れ多いですっ! 」と、動揺したのであった。
そんな調子で、あっという間に日付は過ぎ、すっかり準備を終えた朝、彼ら"グリッドワール家"は王家を迎える支度を完璧に整えると、その時を待っていた。
普段はクレバーな父も、流石にソワソワしていた。
……何故ならば、"成り上がり貴族"の屋敷に王族が直々に訪問する事など、異例中の異例だったから。
それだけ、彼らの影響力は高まっていた事を象徴している。
――――そして、予定時刻の正午よりも早く、"その時"はやってきたのである。
……だが、それは王家ではない、招かれざる"客"だったのだ。
「き、貴様は誰だっ!!!! 」
自室で仕立てたばかりのタキシードを着付けられる最中、屋敷の外に控える騎士団長の叫び声が、ツァーキと妹の耳元を掠める。
……一体、何が……。
彼がそう思うのも束の間、同時に外部からは激しい轟音が響き渡った。
そこで、緊急事態を知らせる鐘が鳴る。
慌ただしく動く使用人達。
逃げ惑うメイド。
怯えてツァーキに抱きついて震えるゾフィア。
そんな中、父と母は慌てて我々の元へやってきた。
「ぶ、無事か!? どうやら、"例の異世界人"が現れたらしいっ! 急いで裏口を使って逃げろっ! 」
彼の必死の形相を見た時、ツァーキは初めて現在が"危機的状況"である事を理解した。
「で、でも、父上と母上は……」
困惑しながらそう問うも、父は大きく首を振った。
「良いから、早くしろっ!!!! 」
彼に返答の隙を与えずにそう命令されると、ツァーキは泣き叫ぶ妹の手を無理やり取って、逃げようと走り出した。
……だが、時すでに遅し。
「ドォーーーーン!!!! 」
そんな爆発が、室内の窓や家具を無惨にも破壊した。
……それから、咳き込む程の煙と共に、彼ら一族の前に、一人の男が現れた。
風穴が空いた事により、外部からは血の匂いが漂う。
五感が、その人間に対する"恐怖"を伝えた。
……見た事のない顔つきに、真っ黒な伸縮性のある軽装。
真っ黒な髪に、この国では珍しいブラウンの瞳。
そんな"異質"とも取れる男は、ニヤリと口元を緩めると、震える彼らに向けて、こんな言葉を放ったのである。
「みぃ〜つけた」
いま、何が起きているのかも分からずに、泣き叫ぶゾフィアを抱きしめて腰から崩れ落ちるツァーキを横目に、"異世界人"は父を指差した。
「な、何故、我々を標的にしたっ!! 」
ニクラスは、そんな窮地にも関わらず、家族を守る様にして乱雑に散らかる部屋の中で、男の方へ近づきながら毅然とした態度を見せる。
……すると、その問いを受けた"異世界人"は、こんな事を言い出したのであった。
「物分かりが悪い奴は嫌いだわ。"宰相"であるテメェに対して、何度も"降伏"の通知書は出しただろうが。"あの方"は、この国を疎ましく思っているのはすぐに分かるだろ? "成り上がり貴族様"よぉ」
その発言に対して、ニクラスは歯軋りをした。
「……本当に、お前らは野蛮だ。それに、何故、"女神の祠"に拘る必要がある。"唯一神ニル様"への無礼は、罰当たりの他、何者でもないのだぞ!! 」
抗う様子につくづく苛立ちを覚えたのか、その男は、眉間にシワを寄せながら、「チッ」と舌打ちをした。
続けて、屋敷全体を包み込んでしまう程の紫のオーラを身に纏う。
そして、ただただ、震える事しか出来ないツァーキ達に視線を移した後で、こんな言葉を放ったのである。
永遠に続くと信じてやまなかった"幸せ"が、一瞬にして、"絶望"に変わる一言を。
「……じゃあ、良いや。ここにいる奴ら、全員殺すね」
こうして、ガーディナル王国で、後世に語り継がれる、グリッドワール家に起きた"悲劇"は始まったのである。
……ツァーキにとって、一生忘れる事の出来ない"悪夢"が。
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