23項目 新人とSランク冒険者


「……それで、初依頼は何にするつもりなんだ? 」



 ジークは、俺達を見つけるや否や、優しげにそう尋ねて来た。



 ……昨日、冒険者になる際、大まかな説明は受けたから、自分の"身の丈"については、ある程度把握したつもりだ。



 いや、"把握出来る分かりやすい基準"とでも言うべき事象があったのである。



 この世界の組合には、異世界アニメでお馴染みのランク分けがされていて、上はSSS〜Fまである。



 もちろん、魔物やモンスターに関しても、同様の格付けがされているみたいで、最上位になると、最果ての地に眠る"伝説のドラゴン"とか、海の魔王なんて呼ばれる"クラーケン"など、お伽話レベルになってくるとの事。



 更に、下位になれば、街の迷子探しや、祭りの手伝いなど、割と冒険とは関係ない任務まで豊富だ。



 ……つまり、"便利屋"とでも言ったところか。



 依頼に関しては、"原則"、ランクの一つ上までしか受けられないらしく、加入したばかりの俺達は、必然的に"Fランク"に該当している為、基本的に、Eランク以上の手配書には手をつけられない訳だが……。



 そんな中、なぜ自分の身の丈が分かったと思ったかと言うと、それは……。



 掲示板に所狭しと並んだ"依頼書"。



 背後に立つジークを横目に、余り者パーティは興味津々に内容を見ていた。



 ……その中に、"バウンディ・スネイク"の名前があったのだ。



 ランクは、B。



 そこそこ強い。



 いや、駆け出しでまだ一つの依頼すらこなしていないFランクの冒険者に扮した我々からすれば、絶対に討伐は不可能な相手だ。



 その事実を知ると、俺は隙を見て、慌てて依頼書を隠した。



 ……だって、ツァーキやパレットは、絶対に以前の戦闘について、ジークにベラベラと喋るに決まっているし。



 そうなれば、『お前達、おかしいな』とか、疑惑を向けられかねない。



 故に、俺は暗躍部隊の責務を果たす為にも、その事実を隠蔽する必要があったのだ。



 ……きっと、今の力ならばあんな蛇程度は簡単に倒せてしまうだろうしね。



 つまり、俺達は実力的に"Aランク"程度と判断した。



 聞いた話だと、このギルド内でも指折りの上位レベル。



 そんな事を考えて、世間的な自分の力を照らし合わせた上でヒッソリと成長を喜んでいると、ツァーキはジークに向けて不服そうな声を上げていた。



「……なんでだよっ! オレは"薬草採取"なんて地味な仕事はしたくねえ!! もっと、強え相手と戦いてぇんだ!! 」



 ……相変わらず、自分の身分を知らずにそう叫んでいた。



 それに対して、呼応する様に、知られてはいけない"事実"を述べようとするパレット。



「ツァーキくんの言う通りっ! だって、ウチらはバウンデ……」



 聞かれるとまずいので、急いで口を塞いだ。



 続けて、「いま、なんて……」と、首を傾げるジークに向けて、無理やり話題転換をしたのである。



「い、いや、とりあえず、その依頼で良いっ!! だって、まだまだ俺達は新人冒険者だからね〜!! はっはっは〜!! 」



 変なテンションでそうワザとらしく笑うと、彼は納得してくれた。



「……まあ、そうだよな。とりあえず、よりランクの高い相手と戦う為に、コツコツと……」



 ――――しかし、ジークがそう呟いた矢先だった。



「強さを求める若者、最高じゃないですかっ!!!! では、アタシと一時的に"パーティ"を組んで貰いたいですねっ!!!! 」



 妙にハイテンションな、仮面を付けた"格闘家風"の女が、周囲のゴロツキを振り払いながら現れたのである。



 ……【"プロモーター商会"の金品や商品輸送の護衛】という、Bランクの依頼書を提示して。



「お前、か……」



 ジークはそれに対して、渋く呟いた。



 それから、いきなりの展開を前に、呆然とする俺達へ彼はこんな説明をした。



「彼女の名前は、アポロ。このギルドで唯一のSランク冒険者だ。素性はさっぱりだし変わり者だが、強さと勤勉さは本物だ。……それに、一時的とはいえ、上位ランカーとパーティを組めば、確かに依頼への参加は出来るが……」



 苦笑いを浮かべながらそう言われると、俺は少し躊躇した。



 彼女は、『幾ら自分がSランク冒険者とはいえ、ひとりでは守る限界がある』という理由を口にした。



 事情は把握したが、駆け出しとパーティを組みたがるギルド1の実力者という時点で、怪しさしかないでしょ。



 もしそれなら、他の腕利きパーティを携えるのが一番だし。



 ……後、この女、どこかで見た事がある様な……。



 まあ、なんにせよ、ここは堅実に"薬草採取"から……。



 ――――そう決意して、丁重にお断りをしようとしたところ……。



「おうっ! 任せてくれっ! このオレ様が付いている以上、商会の安全は約束してやる! 」


「うんうんっ! お怪我をしても、ウチが治してあげるねっ! 」


「……余裕……」



 気がついたら、俺以外のパーティの連中は、既にアポロとの契約にサインをしてしまった様で、その"不可解"な依頼を受ける事になったのである。



「いや、待ってくれ……」



 そう力なく呟くも、アポロは俺の力ない抗いを無視した上で、「じゃあ、約束は3日後の朝、ギルド前でっ! お互い、頑張りましょうねっ! 」と、嬉々として拳を掲げていた。



 それに対して、楽観的なヤツらは「おーーーー!!!! 」と呼応する。



 こうして、強引に押し切られた事によって、俺達の最初の依頼は"Sランク冒険者と共に商会の護衛"となったのであった。



 ……図らぬ形で。



*********



 奇妙な依頼を受けてしまった翌日、何故か俺達"余り者パーティ"は、街から程近い森の中にいた。



 プロモーター商会の護衛は約100キロ先にあるバニラスカイまでの往復。



 道中には、危険区域も多く点在していて、Cランクの魔物がウジャウジャ居ると言う。



 それに見合った実力があるかどうか確認したいと、早朝から我々の宿舎を訪ねて来たのが、先述の依頼主、"アポロ"だった。



 ……パレットが寝床をペラペラと喋ったせいで、ね。



 それから、強引に首根っこを掴まれてこの閑静な森に連れて来られた訳だが。



 この状況について、単独行動から帰って来なかった指揮官のアンネローゼさんに通信用魔道具を使って報告しようとしたが、不通だった。



 ……マジで、あの人は今頃、何をしているのだろうか。




 それはさておき、この最強冒険者は、新人冒険者に何を期待しているんだ。



 本来ならば、弱小に決まってるだろう。



 そんな"ドン引き"した気持ちとは裏腹に、彼女はやる気満々だった。



「さあ、どこからでもかかって来なさいっ!! 殺す気で来て良いですからっ!! 」



 拳を構えている姿は、なんか、嬉しそう。



 もしかして、これは新手の"新人イビリ"か何かなのか?



 はたまた、俺達が"軍人"だと気がついているとか……。



 まあ、ここは素性をバラさぬ為にも、実力を隠しつつ、深傷を負わない程度に負けて……。



 ……だが、そう思うのも束の間、アスタロットは当たり前の様に俺達へ"身体強化魔法"を掛けた。



 ち、ちょっと……。



 ツァーキは彼女からの支援を確認すると、この前の武道会でも披露した"土属性"の魔法を詠唱し始める。



 同時に、膨大な巨石を誕生させて、アポロの自由を奪った。



 ……やばい、本気だ。



 そして、勢い良く「オレは、お前を乗り越えるっ!!!! 」と叫びながら、思いっきり大剣を振り上げた。



 ――――しかし。



「……パシッ」



 あまりにも間抜けな音と共に、彼の攻撃は2本の指だけで押さえ込まれたのである。



「ふぅ〜ん。意外に、やるじゃないですか」



 そう呟いたのも束の間、軽々しくツァーキを蹴り飛ばすと、今度は目で追いかけられない程のスピードで俺の眼前に現れた。



 彼女は、夥しい程の"威圧感"を携えて右手拳に力を込めている。



 ……まずい、これは。



 俺は先程までの"上手く負ける"という考えを忘れ、反射的に"命の危機"を感じて、アポロの攻撃を脇差しで抑え込んだ。



 だが、実力の差は明白な様で、次第に強くなる力に平伏す形で腹部に思い切りパンチを喰らう。



「……うっ」



 激しい痛みから思わずその場に跪くと、アポロはニヤリと笑っていたのである。



「なかなか筋が良いですね。……でも、こんなもんじゃないですよね。もっと、アタシを楽しませてくださいっ!! 」



 ……突如として始まった戦闘。



 果たしてどんな意味があるのだろうか。



 それに、これは単なる"実力の推し量り"という訳では無さそうな気がする。



 ……だって、堂々と立つアポロからは、溢れ出る程の"殺気"が感じ取れるのだから。

 

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