24項目 圧倒的な強者
強力なオーラと共に"殺気"を放ちながら、嬉しそうに拳を構える"アポロ"。
彼女から繰り出される威圧感は、気を抜けば、恐怖で失神してしまいそうなレベルである。
「……さあ、もっとアタシを楽しませてくださいよ……」
仮面で顔が見えないが、この"戦闘"を楽しんでいるのはすぐにわかった。
……正直、もう身分や実力を隠している余裕なんてなかった。
何故ならば、彼女は明らかに俺達よりも"格上"だから。
それよりも、どんな手を使ってでも、この"窮地"を乗り越えなければ、死ぬかもしれない。
故に、俺は武道会での作戦を思い出しながら、皆に最適な指示を出した。
「パレットは、全員に"パーシステントリペア"を掛けてくれ。断続的に体力を回復させないと、一発で致命傷を受けてしまう。加えて、アスタロット。敵の弱体化を図れるか? 」
俺の問いに対して、二人は頷いた。
「分かった。ウチももっとみんなに協力したいからっ! 」
「……容易い。身体能力を下げるくらい、な。後、もう一つの秘策を使おう」
その返答を聞くと、「よし、頼んだぞ」と、頷く。
更に、回復済みのツァーキには、「では、また前衛は任せたぞ」と告げる。
それに対して、自信満々に、「任せとけっ! もう下手は打たねえ」と、冷静さを取り戻している事で、ホッとした。
すると、そんな風に打ち合わせを済ませた俺らに、アポロはこんなことを言ったのである。
「もう、準備は良いですかぁ〜? 」
余裕な口調には、苛立ちを感じる。
彼女は、明らかに待っていた。
……それは、本気で挑もうとする俺たちを、"格下"と見定められている証。
確かに、彼女は強い。
少し戦っただけでも、すぐにその実力は理解できた。
……でも、次は違うぞ。
これは、武道会で上位に食い込んだ"お墨付き"の作戦なんだから。
そう思うと、俺は"余り者パーティ"に対して、開始の合図を告げた。
「みんな、行くぞ!!!! 」
同時に、アスタロットは俺とツァーキの背後に隠れると、有り余る程の膨大な魔力を手元に顕現させて、アポロへと弱体化魔法を放った。
「"ディクリース・フィジクス"……」
すると、彼女の身体全身は、紫色に染まって行く。
これが、成功を意味した事を、すぐに理解できる。
それを確認すると、パレットは"断続回復"の術を全員に掛ける。
「パーシステントリペアっ!! 」
彼女の魔法と、先程から効果を続けている"身体強化"が合わさる事で、自分の限界などとうに超えた"力"を感じる。
それは、ツァーキも同じ様で、「やれる、今なら」と、意気込んでいる。
更に、アスタロットはダメ押しとして、立ち尽くすアポロへと"秘策"である"魔法無効化"を掛けた。
これを受けると、一定期間、魔術の類が使えなくなる。
敵が隠している可能性がある"魔法攻撃"は無効化できるのだ。
つまり、ヤツは"自力"でしか戦えない。
今の俺とツァーキは、数倍の攻撃力を備えている。
きっと、先程の速さならついて行ける。
……よし、これなら、倒せるかもしれない。
俺はそう思うと、脇差を抜いた。
そして、普段の数倍にも及ぶスピードで、ツァーキと共にヤツへと襲いかかったのである。
「「これでも、食らえーーーー!!!! 」」
……だが、俺達の攻撃を、またもアポロはヒラリと躱した。
だが、先程よりも動きが鈍っているのを確認。
故に、俺は彼女を引きつける"囮"となる為、間合いを取って、炎の魔力を込めた短剣を投げた。
少しでも、気を逸らせれば。そんな想いを込めて。
……すると、彼女の意識は、一瞬だけ俺に向いたのであった。
そこで、これこそ数少ない"チャンス"だと思った俺は、ツァーキにこう呼びかけた。
「よし、ここしかないぞっ!! やっちまえ!! 」
その声に、彼は「任せとけっ! 」と叫ぶと、背中を向けるアポロに、思い切り剣を振り下ろしたのである。
岩をも砕く、強力な力を駆使して……。
……しかし、その"準備万端"で行った、余り者パーティの集大成とも取れる攻撃は、無惨にも不発に終わった。
「なかなか、やりますね……」
不意を突いた筈のツァーキの剣は、一瞬で振り返った彼女の素手によって、簡単に弾き飛ばされてしまったのである。
俺はその事実に驚愕する。
魔法も使わず、身体強化も行わない、スキルの類も感じ取れない、"ただの人間"の強さに圧倒されながら……。
……ば、化け物だ……。
思わず、そんな心の声が漏れた。
すると、彼女は動きが止まった我々に対して、すかざず反撃を開始する。
まずは、まだ闘志を燃やしているツァーキ。
「ま、まだ終わらねえ!!!! 」
と、抗いながら、拳を振ろうとした彼の顔面を、思い切り殴りつけた。
……その一発は、パレットの"パーシステントリペア"をも凌駕している様で、吹き飛ばされたツァーキは、たったの一撃で気を失った。
続けて、彼女は距離を取っている後衛の二人に目を付けると、目にも留まらぬ速さで辿り着いた挙句、気がつく隙も与えずに"手刀"を首の辺りに振り下ろす。
同時に、アスタロットとパレットは、その場で「ドサッ」と、気絶をした。
……正直、絶対絶命だった。
何故なら、あれだけ信頼できた仲間達が、全員、瞬く間に"戦闘不能"になってしまったのだから。
このまま、俺が倒れれば、皆はどうなる。
……間違いなく、殺される。
そう思うと、俺はまだ効いている後衛の二人が残した"魔法"を頼りに、最期まで戦う決意をした。
「俺は、みんなを助ける!!!! 」
そう叫んだと同時に、腰に携えていた弓を取り出す。
続けて、仮面の女に向けて、一心不乱に矢を放ったのである。
……当たれ、当たれ、当たれ!!!!
まるで、神にでも願うように。
――――しかし、現実は無慈悲なものだった。
「……なるほど、なかなかなコントロールですねぇ」
アポロは、嬉々として俺の無数の攻撃を軽く足らっていたのだ。
軽く首を傾ける程度で。
……そして、矢が途絶えた時、"絶望の瞬間"はやってきた。
「……じゃあ、そろそろお終いにしましょうか」
そう告げられると同時に、彼女は再び眼前に現れた。
右手拳は、妖しく握りしめられている。
……そこで、俺は気がついた。
ああ、ここで死ぬんだ、って。
……ごめん、みんな。守れなくて。
俺は、自分の"最期"を悟って、その場に膝をついた。
絶対に抗う事の出来ない"圧倒的な力"を前に……。
そんな最中、ふと、朱夏の顔が思い浮かぶ。
『必ず、迎えに来てね』
あの日の約束が、心の中でこだまする。
……俺は、弱い。いや、弱すぎた。
すまないが、お前を守れない。
きっと、幸せになってくれよ……。
――――だが、そう願った矢先だった。
アポロは、死を覚悟した俺を目の前に、攻撃の手を止めたのである。
「……うん、合格。なかなかな成長っぷりですね」
「……えっ? 」
突然、あらぬ形で"窮地"を抜け出した事に訳も分からず、呆然とそう漏らす。
すると、彼女は、まるでこの時を待っていたかの様な素振りで、おもむろに"仮面"を外したのだ。
……そこで素顔とご対面した時、俺は思わずその場に崩れ落ちた。
何故ならば……。
「"弟子"の成長は、とても喜ばしい事ですっ! 久々の手合わせ、楽しかったですよ!! 」
最高の笑顔を見せたのは、紛れもなく、"猪俣"だった。
つまり、ギルド唯一であるSランク冒険者の正体は、ガーディナル王国の"幹部"。
ならば、その強さには納得せざるを得なかった。
「……なんで……」
タイミング良く魔法の効力が切れた副作用でフラフラになった俺が力なくそう問うと、彼女は笑いながらこう返答したのであった。
「それは、ね……」
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