22項目 早々の別行動


 ……もう、朝か……。



 俺は、陽が東に登る前に目を覚ますと、まだ意識が半分夢の中の状態で身体を起こそうとした。



 すっかり日課になった"剣"の素振りを行う為に。



 ……しかし、その時……。



「えへへ……。ドーナッツ、たくさん……」



 そんな幸せそうな声が耳元を掠める。



 なんだ、一体……。



 そう疑問を抱きながらも、ゆっくりと目を開く。



 ……すると、そこには吐息が掛かる程の距離に"パレット"の寝顔があったのだ。



「う、うおっ!!!! 」



 俺が思わず飛び起きると、彼女は叫びによって眠りから覚めたのか、ウトウトとしながら笑っていた。



「おはよぉ、オバラくん……」



 照れ臭くなって顔を赤らめる。



 なんと、彼女は俺が寝ている隙にベッドの中に侵入していたのである。



「……どうした……? 」



 更に、背中からはそんな声が。



 ……振り返ると、まさかの、アスタロットも、いた。



 しかも、バッチリ目を覚ました状態で。



 待て待て。こんな所、朱夏に見られたら……。



 俺はそう思うと、慌ててベッドから飛び出した。



 だが、そんな様子をジーッと見つめながら憎悪に満ちた顔をする"脳筋指揮官"と目が合ったのである。



「な、何を、破廉恥な……」



 アンネローゼは、"冒険者風の格好"既に着替えを済ませた状態で、軽蔑にも似た表情をして睨みつけている。



「ち、違くて、これは……」



 そう弁明するも、彼女からの信頼は地の底に落ちている模様。

 


 ……ただでさえ、嫌われているのに……。



 落ち込んでいるのも束の間、アンネローゼはすっかり"仕事モード"に切り替えた上で、こんな事を告げたのであった。



「……まあ良い。とりあえず、今後の方針についてのミーティングをしたい。故に、さっさと準備をして来なさい」



 そう促されると、俺は再び眠りに就こうとするパレットを無理やり起こして準備をする様に告げた。



 ……その最中、幸せそうに寝るツァーキは、アンネローゼに「新人の分際で、いつまで寝てんのっ! 」と、蹴り起こされてダメージを受けていたのが、少し不憫に思えたのだった。



 共同生活って、想像以上に危険だ。



 マジで、こんな所を朱夏に見られたら、殴られるだけでは済まされないぞ……。



 そんな気持ちで肝を冷やすと、ミーティングの為、足早に支度を開始するのだった。



*********


 俺達は、滞在する大部屋の中央部にある粗末なテーブルを囲んで、アンネローゼから白百合十字団ヴァイス・リーリエ・クロイツァーによるこの度のミッションの詳細についての説明を受ける。



 流石に、幾ら嫌々、この部隊に配属されたとはいえ、そこはしっかりと"指揮官"としての自覚がある様で、淡々と話を続けていた。



 主題を抜粋すると、要は、我々に課せられているのは、"軍事スパイ"の炙り出しだ。



 以前、武者小路から聞いていた通り、この地にある冒険者ギルドも国家からの影響を受けない組合として存在しているため、冒険者個人がどのような行動を選択しようが咎められない。



 だが、戦争が激化してから、ガーディナル王国内にいる優秀な冒険者たちが、ヴィクトリーナ国の兵士にヘッドハンティングされて、戦いに駆り出されているのを、何度も確認しているとの事。



「あくまでも、推測に過ぎないが、ギルド内でその様な"愚行"を斡旋している者が存在する可能性が高いのよ。ホント、晒し首にしてあげたいわね……」



 かなり毒が強めの口調でそう告げる。



 俺はそんな彼女からの"本質"を耳にした所で、この状況における"事の重大さ"に気がついた。



 パレットさんとツァーキさんは、あんまりピンと来てない様子で首を傾げていたが。



 ……もしも、そんな人間をずっと放置し続ければ、冒険者の引き抜きのみならず、一般国民にもヴィクトリーナ国側に有利なプロパガンダが横行して、我が国が内部から支配を受けかねない。



 そうなったら……。



「つまり、俺達は冒険者ギルドで、"その人物"の特定って話か? 」



 俺が事態の大きさを理解した上で、そう問いかける。



 ……だが、それに対してアンネローゼは首を振った。



「いや、そちらの方はボクが対処するつもりよ。あなた達には、これから"普通の冒険者"を装ってギルドからの信頼を勝ち取ってもらう。それに、魔物の退治や護衛は、国にとっても有益な行為に他ならないから」



 なんか、突っぱねられた気がした。



 つまり、これからは彼女と別行動を取るという話になるのだから。



 ……これも、本当に上からの指示通りなのだろうか。



 そこの部分に疑問を抱きつつも、やはり上司は上司。



 ここで反論するのは、軍の意向に背く行為と判断されかねない。



 "バウンディ・スネイク"を討伐した際、撤退せずに戦闘を選んだ時、"お仕置き"を受けたのを忘れたか。



 故に、納得せざるを得なかったのである。



「分かりました。じゃあ、とりあえず俺達は冒険者として普通に仕事に励みます」



 その言葉を聞くと、アンネローゼは小さくため息を吐いた後で、ゆっくりと立ち上がった。



「……じゃあ、話はお終い。もし、思わぬ状況に遭遇した時は、"これ"に魔力を注ぎ込んで呼びなさい。後、武者小路上官への定期連絡も怠らずに」



 そう呟くと、我々4人は、紫色の魔石が埋め込まれたネックレス状のペンダントが支給された。



 ……いわゆる、現代でいう所の"電話"だ。



 そして、すっかり注意事項を伝えた所で、彼女は足早にその場から去ってしまった。



 本当に、指揮官なしで新卒の兵士だけが行動を取って良いのだろうか……。



 そんな疑問が浮かんでは消える状態の最中、取り残された俺達は、まだ新しい冒険者カードを片手に、ギルドへと足を進めるのであった。



*********



 施設内は、相変わらず不快な声で溢れている。



 それは、先日と全く変わらない光景だった。



「こいつら、人としてどうかしてるぜ……」



 ツァーキは、ギラギラと睨み付けてくるゴロツキ達を無視しながら、正義感満載の口調でそう呟く。



 だが、先日の"戦闘未遂"について出発前にキツくお灸を据えたおかげか、数多の煽り声にも耐えていた。



 パレットは、相変わらず恐れながら俺にしがみついているが。



 ……それに、今日はあの"ボラット"がいない事に安心する。



 もし、鉢合わせたらまた絡まれかねないし。



 その最中、妙な噂声が聞こえて来た。



「……聞いたか? ボラットのヤツ、宿の中で震えていて、出てこようとしねえらしいぞ」

「おいおい、マジかよ。どんなヤベエ経験をしたらそうなるんだよ」

「だよな。まさか、"例の異世界人"とでも遭遇したんじゃねえか? 」



 どうやら、彼の身には何か"不穏な動き"があったのは、想像に容易だった。



 それに、今、ヤツらは"異世界人"って……。



 その話を聞くと、後でこの事について本部に報告する必要があると思った。



 ……もし、街に"スキル持ち"が潜んでいたら、大問題だから。



 これからは、より一層、気を引き締めなくては。



 実際、既にボラットは"そいつ"の犠牲になっている可能性も高い訳だし。




 俺は"指揮官なきパーティ"で、リーダーとして責任感を燃やす。



 ……だが、その様子に気がついたのか、アスタロットは俺に対してこんな耳打ちをした。



「……あのゴロツキに関しては心配ない。やっつけたのは、"ワタシ"だから……」



 ……えっ? 今、なんて。



 いや、そういえば、昨日の夜、この魔族は気がつけば部屋から居なくなっていたな。



 そこで、合点が行った。



 コイツは、俺達の分も、わざわざボラットの所に出向いて"制裁"を加えたのだと……。



 その事実に気がつくと、俺は苦笑いを浮かべる。



「……俺達の為にやってくれた行動に関しては嬉しいよ。だけど、これからは、あんまり目立つ行動は取るなよ……」



 その言葉に、アスタロットは小さく頷いた。


「……了解……」



 とはいえ、やはり、今耳にした"異世界人"の存在については、今後も注視しなければならない。



 ……いや、もしかしたら、ガーディナル国への勧誘をしている人物って……。



 まあ、とりあえず、それは置いておこう。



 きっと、今頃、アンネローゼさんが調査しているだろうし。



 そう思うと、俺は自分に与えられた任務を思い出して、受付へと向かおうとしていた。



 ――――だが、そんな時……。



「おう、新人冒険者じゃねえか。今日は、あの気の強い女はいねえんだな」



 唐突に話しかけて来たのは、ギルド長の"ジーク"だったのである。

 

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