21項目 脳筋疑惑の指揮官
「てめぇらの首を根こそぎ掻っ攫ってやるよ……」
アンネローゼからの罵詈雑言を受けた事で、怒りを露わにするボラットの表情からは、強い"殺気"を感じる。
「そうだ、やっちまえよ! こんな、どっかのボンボンを倒すくらい簡単な話だろ! 」
「ぶっ殺したら金になりそうじゃねえか。あとで奢れよ〜」
相変わらず、周囲からは品のない歓声。
まだ冒険者登録も済ませていない状態で始まった"喧嘩"。
……これって、かなりやばい状況じゃない?
本来、俺達は軍の関係者として、一般人になりすまして行動をしなければいけない。
なのに、こんな場面で目立ってしまうのは……。
俺は配属初日から、その様な"暗躍部隊"にあるまじき事態に巻き込まれてしまった事に対して、一抹の不安を感じる。
だが、アンネローゼは、状況判断をする事もなく、完全に臨戦体制に入っていた。
「この醜い男に、鉄槌を与えてあげるわ……」
そう呟くと、彼女はこの世界では珍しい"日本刀"を鞘から抜く。
呼応する様に、ツァーキは剣を突き立てる。
「指揮官さんよぉ! 助力するぜ!! 」
背後では、アスタロットが二人に身体強化魔法を掛けようとしている。
パレットも、「回復は任せてっ! 」と、準備万端の様子。
……いや、待て待て。このまま戦闘を開始したら、俺達の"素性"がバレるかも……。
だが、そう判断して冷や汗をかくのも束の間、ボラットはアンネローゼに向けて大剣を振り下ろそうとした。
彼女も、口元を緩めて戦う気満々。
「"熊殺し"と恐れられたこの力、死をもって味合わせてやるよっ!! 」
「それは、大層な名前ね……」
……まずい、これでは……。
俺は、焦りから急いで二人の間に入ると、慌てて脇差の短剣で彼の攻撃を受け止めた。
「キンッ!!!! 」
……アレ? コイツの剣、身体の割には意外と軽い気が……。
いや、今はそこじゃない。
故に、急いで彼の説得に移った。
「とりあえず、無意味な喧嘩はやめろっ! うちの仲間が嫌な思いをさせたのは、謝るから!! 」
その言葉を聞いたボラットは、俺の声に応じて剣を収めたのである。
「……まあ、てめえがそこまで言うなら、許してやるよ……」
……あれ? 案外すんなりと……。
――だが、そう思った矢先だった。
「ボコっ!!!! 」
右頬に痛みが生じる。
同時に、身体は吹き飛ばされた。
「……なんてな。はっはっは〜!! このボラット様に恥をかかせたんだ!! 許すわけがねえだろうが!! 」
彼は、左手に付けていたナックルを使って思いっきり俺を殴りつけたのであった。
……何しやがる。マジでコイツ、クズじゃねえか。
同時に、屋内に響き渡る笑い声。
まるで、我々を嘲笑うかの如く。
だが、士官学校の生徒達に比べれば、攻撃力はそこまでと言った所だった。
ましてや、猪俣に比べたら、雲泥の差……。
……まあ、それよりも……。
「……お前、うちの"リーダー"になんて事を……」
ツァーキは完全にキレている。
急いで救護に来たパレットも、見た事がないくらいの表情を浮かべていた。
更に、その状況をこんがらがらせるのは……。
「あなたは後ろに立ってなさい。喧嘩を買ったのは、ボクなので」
まるで獲物を横取りされた様に不穏な空気感を出す、我が指揮官であった。
……いやいや、てか、このアンネローゼさんって人、"脳筋"か?
そこは、冷静になる所なのに、熱くなってどうする。
マジで、ここは意地でも止めないと……。
しかし、時すでに遅し。
ツァーキは、アンネローゼと共に、怒りに身を任せて、思いっきり彼を斬りつけようとしたのであった。
それに対して、呼応するボラット。
「ぶっ飛ばしてやる!!!! 」
「望むところだ、カスが!! 」
――だが、その時だった。
「おいっ、ボラットっ! お前、また騒動を起こしているのかっ!! 」
2階から慌てて降りてきた"一際強いオーラを放つ筋肉質の男"の叫び声。
それによって、三人の剣はピタリと止まった
束の間、すっかり空気が変わったギルド内を、男はゆっくりと歩いた。
……そして、ボラットの前に辿り着くと、彼はこう叱り付けたのである。
「なんの騒ぎかと思えば、またお前か……。これ以上、騒動を起こしたら、登録抹消をするぞ。だから、剣を仕舞え」
その"釘刺し"を聞いたボラットは、「チッ」と舌打ちをすると、彼の言葉に従った。
「……ったく、興が削がれちまった。てめえら、命拾いしたな」
そんな捨て台詞を残して、彼はその場を後にした。
……終わった、のか?
俺は、状況が理解できないまま、すっかり静まり返った広間の中を立ち上がる。
その最中、まだ臨戦体制のままであるパーティの皆に対して、彼はこんな問いかけをした。
「……初めて見る顔だが、もしかして、お前らは冒険者志望か? 」
それに対して、アンネローゼは、「そうね。あの馬鹿に制裁を加えられなかったのは不覚だけど」と、ツンケンとした態度で頷いた。
……そんな彼女の対応を聞いた男は、ゲラゲラと笑い出した。
「あっはっは〜! 随分と肝の据わった嬢ちゃんだっ! 気に入ったぜ! おれは、ここのギルド長を務める"ジーク"だっ! 早速だが、あっちで登録をしてくれっ!! 」
その言葉を聞くと、ツァーキやパレットはやっと警戒を解いた。
……そこでやっと、胸を撫で下ろす。
まあ、アスタロットだけはまだ怒りが燻っている様で、殺意満載だけど。
「……俺の事は気にすんな。痛くもなかったし」
そう告げると、彼女は落ち着きを取り戻した。
「……まあ、貴方がそれで良いのなら……」
……こうして、ギリギリの所で"喧嘩騒動"の危機を乗り越えると、俺達は第一ミッションである"冒険者登録"を済ませる事が出来たのであった。
――――それから、武者小路上官が用意したギルドから少し離れた"宿舎"へと戻るのであった。
『ブボボボボ〜! 冒険者はチームワークが大事でやす! 故に、これからは共同生活をしてもらうでやすよ〜! 』
という言いつけの元、5人による同室での新たな生活が始まったのだ。
……"脳筋疑惑"のアンネローゼに一抹の不安を抱えながらも。
やはり、彼女はこの共同生活を強いられている事にも余程不満を持っているのか、外で食事を済ませた後で、俺達の事を無視してさっさと眠りに就いてしまった。
ツァーキは、まだ怒りが燻っているのか、「シュウ、やられっぱなしで良いのかよっ! 」と、騒がしいし。
その最中、「怪我をしたオバラくんが心配だから添い寝をするっ! 」と聞かないパレット。
もちろん、朱夏の顔が脳裏に浮かんだが故、キッパリと拒否させてもらったが。
そんなこんなで、慌ただしい一日は、何とか難を逃れる形で終わった。
……ところで、アスタロットは、何処に……?
*********
「くそっ! あのクソガキども……」
満月の深夜、スラム街にある一軒の酒場で、ボラットは昼間の出来事を思い出しながらそう怒りを口にした。
彼は、これまでに感じた事がない程の屈辱を受けたのである。
……それも、他の冒険者仲間の目の前で。
本来なら、あそこで彼らを嬲り殺して小金を稼ぐつもりだった。
黒髪の美女を陵辱するオマケ付きで。
しかし、ギルド長であるジークの登場によって、計画は誤算に終わった。
……それに、彼の大剣は、小柄な青年の脇差によって、最も簡単に止められてしまったのだ。
彼は、本気で撃ち込んだ筈なのに。
「マジで、次に会ったら殺すだけじゃすまさねえからな」
飲み干したエールのコップを勢いよくテーブルに叩きつけても、彼の怒りが収まる事はなかった。
そんな燻る気持ちを携えて、泥酔状態で店を出る。
……すると、酔いが回る最中、外で起きている"ある異変"に気がつく。
「いくら、深夜とはいえ、この通りに誰もいねえなんて、珍しいな……」
思わず、そう溢しながら足を進めようとしたその時だった。
――――ふと見上げた視界の先には、"ある一人の脆弱な魔族の女"が立っていたのである。
「てめえ、アイツらの仲間だな……」
突如として、"恨みの対象"が現れた事によって、ボラットは口元を緩めた。
彼女も、例外なく彼の"殺したいリスト"の一人である。
……だからこそ、昼間の怒りに身を任せて、思いっきり襲いかかったのであった。
「ブチ殺してやるよ!! 」
――――しかし、その束の間。
「"インティミディション"……」
魔族がそう呟くと、彼の心の中は、これまで感じた事がない程の"恐怖"が増幅して行く。
それは、数多の魔獣と戦闘を重ねてきた経験とは比べられないモノだった。
「い、一体、何を……。おいっ! 誰か来いっ!! コイツ、やべえぞ!! 」
普段ならば、幾ら深い夜とはいえ、このスラム街でそう叫べば"冒険者よしみ"で何人かの悪友が駆けつけてくれる。
この辺りは、彼にとってのテリトリーだから。
……しかし、そのヘルプサインが届く事はなかったのである。
「助けを求めても、無駄。何故ならば、"結界"を張っているから……」
そんな無慈悲な説明を受けると、ボラットの脳裏には"死"の一文字が浮かび上がった。
「ま、待てっ!! あの喧嘩は、いわゆる冒険者にとっての"洗礼"みたいなもので……」
腰を抜かして、見苦しい言い訳を繰り返す。
……だが、不穏なオーラを放つ彼女の耳に、その声が届く事はなかった。
「大丈夫。死なせはしない。……でも、もう二度と、ワタシの大切な"仲間"に危害を加えさせない様に"お仕置き"してあげる。後、この事は二人だけの"秘密"だから……」
魔族はそう釘を刺した上で、ニヤッと口元を緩めると、失禁して怯えるボラットに向けて、"ある魔法"を放った。
……それを受けた途端、彼は「ぎゃー!!!! 」と、無情な叫び声を上げた後で、泡を拭きながら気を失ったのであった。
……二度と、立ち上がれない程の"トラウマ"を植え付けられた状態で。
そして、すっかり憎悪の対象が動かなくなった所で、魔族は先程の鬱憤を晴らした事への爽快感を感じながら、ニヤリと微笑んだ。
「……オバラ・シュウ、パレット、ツァーキ。彼らは、ワタシの、唯一の"トモダチ"……」
噛み締める様に、そんな言葉を呟きながら……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます