19項目 オッサンからの引き抜き


 入隊式の前日、訳もわからず連れて行かれた俺達、"余り者パーティ"。


 

 思わぬ再会によって、動揺は隠せず、警戒心から仲間との会話も控えた。



『とりあえず、大人しくしておくか』



 ツァーキの冷静な判断がそうさせたのだ。



 ……パレットだけは、俺とすぐに会えたのが嬉しかったのか、「オバラくんだぁ〜」と、ベタベタとして来たが。朱夏に申し訳なくなるから、少し離れてくれ。



 ……とまあ、あまりにもイレギュラーに決まった"配属先"。



 それに、どうしてここにバサックがいるのか。



 ――――その疑問の答え合わせは、あまりにも"不可思議"な場所で行われたのであった。



「ブボボボボ〜!!!! よく来てくれたでござるよ〜!!!! 」



 ……王都の片隅の寂れた建物の中にある一室にたどり着くと、妙に親近感の湧く少し古い"アニメやゲームのポスター"が飾られていた。



 そこで、テンプレートの"オタク"を彷彿とさせる、メガネに無精髭、小太りの"日本人"のオッサンは嬉々として俺達を歓迎した。



 薄汚いTシャツには、十数年前に流行った、"萌えっ娘プリンセス"のヒロインがプリントされている。



 隣には、ピシッと軍服を着こなしたポニーテールに黒髪を纏めた20代前半くらいのスレンダー美人が姿勢正しく立っている。



 ……えっ? てか、何、このオッサン……。



 少しだけ、引いた。



 だって、明らかにこの人は"国王軍"とはかけ離れた、アンタッチャブルな存在だから。



「こ、この"気持ち悪い人"、誰……? 」



 面会や否や、ボソッとそう呟くパレット。



 俺も同じ気持ちだったが、流石に訂正した。



「やめとけ……」



 すると、彼女からの怪訝の視線を受けたオッサンは、息を荒げた。



「はぁはぁ……。パレットたそ、素敵な顔をするでござるね……。これぞ、まさにファンタジーアニメのヒロインでやす……」



 なんか、罵声された事で興奮している。



 その姿に、ビビって俺の背中に隠れる彼女。



「……アニメ……? 」



と、首を傾げるはアスタロット。何故、この状況にも冷静でいられるのか。



「オレたち、入隊前から左遷されたのか……? 」



 カルチャーショックの数々に、絶望的な表情でその場に四つん這いになるツァーキ。



 まさに、カオスだった。



 ……そんな不思議な空気感の中、ここまで案内してくれたバサックはゲラゲラと笑った。



「あっはっは〜!! 相変わらず、"上官殿"の第一印象は最悪だなっ!! 」



 彼の言葉を聞くと、俺は少し考える。



 ……先程から聞く、"上官殿"というワード。



 つまりそれって……。



 俺がそう思って、何ともいえない表情を浮かべていると、バサックは「はぁはぁ……」と興奮を隠せずにいる彼を横目に、こんな説明をした。



「……実は、この方は、ガーディナル王国国王軍幹部、"隠密の駆除人"の二つ名を持つ、"武者小路・ベイリー・デュケイン様"だっ!! 」



 その容姿からは考えられない"肩書き"を聞くと、俺達はポカンとしながら目を合わせた。



 ……そして、次第に事実を実感した上で、思いっきりこう叫んだのであった。



「「「えーーーー?!?!?! 」」」



 最中、隣に立つ女が大きくため息を付いていたのが、印象的だった。



*********



 あらぬ衝撃から立ち直って、すっかり落ち着きを取り戻すと、"隠密の駆除人"という大層な肩書きを持つ小太りの不潔なオッサンから、諸々の説明を受けた。


「それで、で、ござるなぁ……」



 どうやら、俺達はこの前の"武道会"の活躍によって、彼の"部隊"に引き抜かれたらしい。



 任務は"暗躍"であり、一般人になりすまして、国内に蔓延る各国のスパイの調査や秘密裏の暗殺などを担当しているらしい。



 名前は、"白百合十字団ヴァイス・リーリエ・クロイツァー"。



 彼のネーミングセンスから察するに、元の世界での"秘密結社"に影響を受けているのは、明白だった。ちょっとだけ中二心をくすぐる。



 バサックも、実はこの部隊に所属している、"行商人"を装った軍人だったのである。



 ……だから、総司令官である"コタロー"とあんなに親しかったのか。



 妙な合点が行った。



「そこで、貴公達が打って付けの人材であると考えたのでやすよ〜!! その、"普通さ"が良いでござるからね〜!! 」



 ……なんだか、褒められている気はしなかった。



 後、この人の名前、明らかに"偽名"だよね。



 思いっきり日本人の顔をしているし、あからさまに、歴史上のカッコいい名前を繋ぎ合わせただけだし。



 ……とはいえ、これはいわゆる、"引き抜き"の一種である事は、間違いないらしい。



「……それは、有難いお話ですね……」



 一応、こんな容姿でも、選択肢がない新米兵士である俺達の上司に当たる存在である為、敬意を表した。

 


 ……まだ、警戒心を解かないパレットを宥める形で。



 アスタロットは……。



 壁に飾られた"萌え絵"に興味津々なご様子。



 ……だが、その実情に納得が行かないツァーキは、身分も弁えずに乱暴な口調でこう言った。



「オレは、王女陛下の剣になるために、国王軍への入隊を決意したんだっ! そんな、地味な仕事出来るかよっ! 」



 すると、彼の声を聞いた武者小路は、途端に鋭い目つきになった。



 同時に、ニヤリと口元を緩める。



「……ほほぅ。なかなか正義感に満ち溢れた良い目をするでござるなぁ。一応言っておくでやすが、この"暗躍部隊"は少数精鋭のエリート集団。もし成果を上げれば、昇進は他の兵士よりも格段に早いでやすよ? 」



 そんな説明を受けると、ツァーキは"昇進"という言葉にほだされたのか、「そ、そういう事なら……」と、満更でもない顔をしたのである。



 ……チョロすぎんか?



 だが、何にせよ、その条件は俺にとっても有難い話だった。



 何故ならば、昇進が早まるという事は、朱夏に近づくスピードが上がることを意味するから。



 だからこそ、この話に乗らない手立てはなかった。



「分かりました。謹んでお受け致します」



 俺は、チームを代表して丁寧にお礼を述べる。



 その態度に、バサックは嬉しそうに肩を組んできた。



「ありがとなっ! これからは、同じ秘密を共有する仲間として頑張ろーぜっ!! 」



 彼に歓迎されると、武者小路は嬉々として更にこう付け加えた。



「そこでなのであるが、貴公達には、これからここに居る"シュミット嬢"と行動を共にして貰うでやすよ」



 そう告げられると、隣の美人は小さくため息を吐いた。



「……ボクの名前は"アンネローゼ・シュミット"。これからは、君達の"指示役"として仕切らせてもらうからよろしく」



 ……何だか、嫌々っぽかった。



 まあ、こんな上司の下で働いてれば、当然の話か。



 ……そんな風に冷静に話を聞いているのも束の間、他の3人は、別の形で喜んでいたのである。



「それってつまり、オバラくん達と一緒にいられるって事でしょ?! やった〜! 」


「チッ。仕方ねえな。まあ、これも昇進のためだ。もう少しだけ仲良くしてやるよ」


「……これは、偶然ではなく、必然……」



 パレットやツァーキ、それに、アスタロットはそう歓喜を口にする。



 ……確かに、そうだよな。



 こうしてまた、"信頼出来る仲間"と仕事が出来るなんて、最高じゃねえか。



 本当に、ついているな。



 そう思うと、俺も彼女達と感情を共有したのであった。



 ……そして、すっかり話が纏まると、武者小路はスナック菓子と思しき食べ物を下品にボリボリと齧りながら、"本題"を話し始めたのだ。



「……では、明日から貴公達には"冒険者"としてギルドへの加入を済まし、怪しい者がいないかの監視を行なって貰うでやすよ〜!! 」



 ……えっ?



 突然に言い渡された"冒険者"という言葉に引っかかる。



 確かに、その組織があるのは授業の中で聞いていた。



 主に、魔物を討伐する稼業であると。



 しがらみなど関係なく、国を行き来出来る"組合"。



 まさに、アニメに出てくる様な形態であるのは知っていたが……。



 明らかに"人種の違う"俺なんかが入ったら、分かりやすく浮くのではないか?



 てか、そもそも俺の存在自体が、どのミッションをこなす上でも"足枷"になるのでは……。



 後、俺達"余り者パーティ"は、腐っても、国家の一大行事である"武道会"で結果を残した事で、そこそこ有名になっているはず。



 だからこそ……。



「でも、明らかに異質の存在である日本人が冒険者になんてなれないんじゃないですか? それに、コイツらの知名度で、軍人だとバレるのでは……」



 そう自信なさげに呟くと、彼はニコッと笑った。



「そこは、小生の"スキル"でどうにでもなるでやすよ!! 」



 武者小路は得意げにそう言った後で、「シークレット・オブ・ゴッド……」と中二っぽい技名を呟く。



 それから、指を「パチン」と鳴らした。



 ……同時に、これまでに感じた事のない柔らかな魔力が俺達を包み込む。



 ……なんだ、これは……。



 そう思うのも束の間、呆然とする我々に対して、彼はこう説明をしたのであった。



「このスキル、シークレット・オブ・ゴッドは、いわゆる、"存在隠し"。他人から違和感を取り除ける代物でやすよ。その効果がある限り、貴公らは何処からどう見ても"モブキャラ"でやす。だから、心配せずに冒険者ライフが送れるでござる」



 その言葉を聞くと、俺は苦笑いをした。



 ……マジで、スキルってチートだわ。



 とまあ、そんな風に話が決まった所で、俺達は"アンネローゼ・シュミット"という女指揮官の下、"白百合十字団ヴァイス・リーリエ・クロイツァー"の一員として、冒険者になりすます事が決定したのであった。



 ……信頼できる最高の仲間共に。

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