18項目 前向きなお別れ


「……今までありがとな」



 武道会の翌日、俺は、すっかり通い慣れた学舎で荷造りを終えると、思い出の場所となった"中庭のベンチ"で仲間達にそう感謝を告げる。



「悔しいが、オレが強くなれたのは、お前達に会えたおかげだ。明日の"入隊式"で何処に配属されても、やって行ける自信があるぜっ! 」



 ツァーキは、数日前の涙から一転、胸を張ってそんな事を言う。



「そうだねっ! 多分、攻撃の術を持たないウチは"軍医"とかそっちが濃厚かもしれないなぁ。どちらにせよ、みんなが怪我したら、仕事そっちのけで飛んで行くからね〜」


「……怪我し放題……。悪くない……」



 パレットとアスタロットの二人も、和気藹々と、これからの事に期待していた。



 この前、散々、泣きじゃくったからこそ、今はこうして普通に真っ直ぐに前を向いて進めるのである。



 ……それに、先程、ツァーキが言っていた"入隊式"。



 実は、念願叶って、我々"余り者パーティ"の全員が軍部への加入が認められたのである。



 その事実は、俺達に"希望"をもたらした。



 つまり、第一目標を達成したのである。



 正直、これまで必死に学んできた成果が出たという事で、やっと"スタートライン"に立てたと、ホッと胸を撫で下ろす。



「ホント、どの部隊になるんだろうな……」



 俺は、期待を込めながらそう呟いた。



 警護部隊なら、陛下の警備を中心とした王都の守護がメイン。


 『王女陛下の剣になりたい』と、意気込んでいたツァーキには打って付けだ。もし配属されたら、彼の"夢"は叶うであろう。



 魔導部隊は、魔術師や魔導士による後衛部隊。


 エリート揃いの花形部隊が故、アスタロットなんかが入ったら、これまで以上に強くなるんだろうなぁ。そうなったら、俺も負けていられない。



 パレットは、王立ガーディナル中央病院なんかに入ったら、持ち前の治癒魔法によって、沢山の命を救えそうだ。


 彼女は馬鹿だが、根はとても優しい子。きっと可愛がられるに違いない。



 ……俺は一択で、防衛部隊に入りたい。



 だって、そこのトップは……。



 そんな"未来"に期待を膨らませながら、"明日からの日々"について、みんなで笑いながら話していた。



 ……それから、すっかり日が暮れた所で、ついに別れの時はきた。



「……じゃあ、お互い頑張ろうな」



 俺がそう告げると、一瞬だけ"重い空気"が流れる。



 まるで、遊び足りない子どもの様に。



 ……だが、すぐに全員は笑った。



「おうっ! お互い、偉くなって再会出来るのを期待しているぜっ! 」


「うんっ! ウチもオバラくんとお別れするのは寂しいけど、必ずまた会いに行くからっ! 」


「……感謝している」



 その言葉を最後に、俺達は手を合わせて円陣を組んだ。



「"最高の未来"を願って、進もうっ!! 」



「「「おーっ!!!! 」」」



 そして、実に"青春らしい"、小っ恥ずかしい掛け声を最後に、本当の意味で"余り者パーティ"は解散したのであった。



 ……別れを前に、ちょっとだけ、泣きそうになった事実は、墓場まで持って行こう。



 後、最後に「どうしても」と言われてパレットに抱きつかれた事も。



 だって、これから、俺は……。



*********



 宿舎の荷物は、既に王都にある軍の施設に送った為、必要最低限の私物のみしかない空っぽの部屋で、俺は支度を済ませた上でベッドに寝転がった。



 ……この世界に来て、本当に、強くなった。



 ここで過ごした2年間の経験を思い出して、そんな事を思う。



 考えれば、猪俣にボコボコにされたあの日から、人間的にも成長した。



 剣技や魔術だけでなく、コミュニケーション能力も向上していたのである。



 その事実を積み重ねて行くうちに、すっかり"大人"になったな、と、自意識過剰にさせるのだ。



 だからこそ、以前、朱夏の為に奔走していたあの日々が皮肉にすら感じさせる。



 もっと上手く出来た、と。



 ……気がつけば、慌ただしい日々を過ごす中で、"本来の目的"について考える余裕はなかったのである。



 "朱夏を、元の世界に帰す"。



 やはり、今もなお、これこそが最終目標。



 だが、この夢を実現させるのには、まだまだ力不足。



 それに、この世界について、謎が多すぎるのだ。




 ならば、やはり今は、総司令官の言っていた言葉を信じるしかなかった。



『女神と異世界転移が関係している』



 その事実に賭けるしかない。



 目醒めの時までに、軍の信頼を勝ち取るしかない。



 そうなると、今以上の努力が必要になる。



 ……もっと、頑張らないと。



 それに、朱夏とも約束してしまったから。



 『必ず迎えに行く』って。



 口だけにはしたくない。いや、絶対にしてはいけない。



 どんな困難が襲い掛かって来ても、必ず成り上がるんだ。



 そして、彼女を"さいけんガール"の世界に……。



 そう再び自分に課せた"最終目標"を再確認すると、俺の中である"疑問"が浮かび上がった。



『本当に、それで、良いのか』



 何度も、何度も、頭の中でこだまするその言葉。



 ……あれ? なんで……。



 自然と、涙が出ていた。



 俺は、朱夏の隣に立った後、ラノベの世界に帰したい。



 なのに、心はそれを否定し続ける。



 ……一緒に"あのアパート"で失った時を取り戻したい。



 また、もう一度、二人で幸せに過ごしたい。



 ……戦いのない場所で、ずっと、朱夏の笑顔を見ていたい……。



 過去の決意など、すっかり置き去りにして、そんな自分勝手な"願望"が脳裏をグルグルと駆け巡るのだ。



 この世界に来て、改めて思った。



 大好きなカノジョの大切さを。



 会えない時間の中で、そんな事実に気がついてしまったんだ。



 彼女は、俺の"人生そのもの"なのだって。



 だからこそ、以前よりも一層、失う事が怖くなっていたのである。



 『迎えに行く』という"約束"を果たした後、俺はどんな選択をするんだろうって。



 やっぱり、二人で、幸せになりたい。



 ……でも、それはただのワガママ。



「……俺は、本当に馬鹿な男だよ……」



 そう呟くと、一瞬だけ浮かび上がった"傲慢な願い"をそっと胸の中に仕舞った。



 それから、涙を拭うと、俺は明日に控える"入隊式"に向けて、早めの就寝を取ることにしたのであった。



 ――――だが、その時。



「ドンドンドンっ!! 」



 ドアをノックする音が、響き渡った。



 ……もしかしたら、猪俣か? 



 そういえば、武道会以来、配属の関係等が忙しいのか、ずっと会えていなかったし。



 最後の"特訓"かもしれない。



 ……にしても、もう深夜だぞ?



 そんな気持ちで、急いでねむた眼を擦ると、ゆっくりとドアを開いた。




 ――――しかし、そこにいたのは、猪俣ではなかった。



「夜分にすまんが、ひと足先に"配属先"が決まった。説明は後で"彼ら"からある。だから、今すぐに荷物を纏めてついて来い」



 そう告げたのは、紛れもなく、"ブライネ教官"だったのだ。



「えっ……? 」



 俺は、フライングでの"職場の決定"に、呆然とする。



 だが、彼の必死の形相に根負けすると、指示通り少なめの荷物を辿々しく纏めた。



 それから、準備が終わるや否や、足早に部屋を出る。



 ……すると、真っ暗な宿舎の出口には、一台の"馬車"が用意されていた。



「これって……」



 呆然としていると、中に数名の人間がいる事に気がつく。



 ……そこで、彼らと目が合った時、更に動揺をもたらしたのであった。



「一体、なんなんだよ……」


「ホント、入隊式は、明日の筈だよねっ! 」


「……謎」



 なんと、俺と同じく唐突に連れ出されたのは、"余り者パーティ"だったのである。



「ど、どうして……」



 思わず、そう呟きながら立ち尽くしていると、その馬車の持ち主と思われる男が、陽気な口調で声をかけて来た。



「おう、あの時の坊主じゃねえかっ! 随分と成長したもんだぜっ! じゃあ、早く乗れ! "上官殿"が手ぐすねを引いて待ってっからよっ!! 」



 この、暑苦しいテンション。



 彼は、紛れもなく、この世界での第一村人、"バサック"だったのである。



 何故、こんなところに。



 それに、今、"上官殿"って……。



 そして、動揺するのも束の間、訳もわからないままに、転移時と同じ様に"ガサツ"に荷箱へ押し込まれると、俺達はバサックによって、"ある場所"へと連れて行かれたのであった。



 ……これ、本当に大丈夫なのか?



 そんな疑問が、四人を不安にさせるのは、仕方のない事だった。

 

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