17項目 優勝を誓ったあの日から


 ……束の間の幸せは、あっという間に過ぎ去って行った。



「……そろそろ、帰らなきゃ。猪俣と陛下には、大きな"借り"が出来ちゃったわね」



 朱夏はすっかり抱擁を楽しむと、そんな事を言った。



 どうやら、王女のお赦しを得た状態で、俺と会っていたらしい。



 なんだか、『貴方も人を愛するなら』とか、意味ありげな事を言っていたという話には少し引っかかったが……。



 ……どちらにしても、彼女の地位の高さを改めて知らしめられる。



 加えて、猪俣も……。



「分かった。また、いつか、会いたいな」



 まるで某テーマパークを楽しんだ帰りの様に寂しそうな顔でそう告げると、彼女は俺の胸に手を当てる。



「……アンタは、迎えに来てくれるんでしょ? それに、もし時間があるときは、たまに現れるから、"おあずけ"だと思って我慢しなさいっ! 」



 その一言を聞くと、これ以上の時間は残されていない事に気がついて、無理やり笑った。



 ……願わくば、ずっとこのまま。



 そんな邪な気持ちを、捨てる覚悟が出来たのだ。



「明日の"団体戦"、私は仕事があるから観に行けないけど、頑張りなさいよ」



 彼女から鼓舞されたことで、俺は自分を奮い立たせる。



「おう、任せておけ。アイツらは、"信頼出来る仲間"だからなっ! 」



 そう告げると、朱夏は途端にジト目になった。



 続けて、「ハグは程々にね……」と、釘を刺された。



 ビクッとする。



 どうやら、この前のパレットの行為を、相当根に持っているのが分かった。



 まあ、そんな感じで、最後に「またな」と別れの挨拶をすると、俺は朱夏の"空間転移魔法"を使って、再び訓練場に戻ったのであった。



 ……いつか、会える日を、いずれ、隣に立てる日を夢に見ながら。



*********



「おいっ! どこに行ってたんだよっ! 」



 ツァーキは、全身に包帯を巻いた状態でそんな事を告げた。


 どうやら、想像よりも長い時間を朱夏と過ごしてしまっていた様で、気がつけば、"個人戦"のプログラムは全て終わってしまっていた様だ。



 彼は、5回戦で剣士との戦いに敗れたらしい。



 ……ちなみに、優勝者は、俺を簡単に嬲った"ミネルヴァ"。



 やはり、"スキル"の圧倒的な力で、あっさりと頂点に立ってしまったらしい。



 彼のスキルは……。



 そんな事を思いながら、力の差に悔しみを感じていると、パレットはこう付け加える。



「そうそうっ! "メテオ・インパルス"にはビックリしたけどねっ! それよりも……」



 彼女はそこで言葉を詰まらせると、俺の匂いをクンクンと嗅ぎ始める。



 ……えっ? 何を……?



 思うのも束の間、こんな事を言って来た。



「……もしかして、"女の子"と会っていたでしょう」



 なんだか、恨めしそうな顔で核心を突いてきた。



 ……流石に、"守護の勇者"と密会していたなんて、口が裂けても言えない。



 そう判断した俺は、首を振った。



「いや、気のせいだろ。普通にお腹を壊してトイレに籠っていただけだよ」



 見苦しい言い訳。



 だが、彼女はピュアだった。



「それなら、仕方ないねっ! もし教えてくれたなら、"治癒魔法"で治したのに……」



 なんだか、残念そうにしていた。



 とまあ、不意に起きた"窮地"を脱すると、俺達は明日に控えた"団体戦"に向けての会議を行う為、宿舎へと戻るのであった。



 ……ちなみに、アスタロットは、4回戦で仕合を"辞退"したらしい。



『魔力が底をついた』



 そんな事を言っていたが、疲れた素振りは一切見せていなかった。



 その事実から、戦いたくないだけなのだとすぐに分かった。



 ……相変わらず、彼女が何を考えているのか、よく分からないものだ。



*********



 2日目に行われた団体戦が終わった。



 前日、俺の部屋で夕食を摂りながら、作戦会議をした。



 前衛後衛の役割の確認に、対戦でぶつかる相手の攻撃パターンについての研究など、事細かに行われた打ち合わせ。



 そのやり取りをする中で、全員の真剣な顔(アスタロットを除く)を見ていると、もはや、自分の中で仮名としてつけている"余り者パーティ"と呼ぶのにはおかしいチームワークが生まれていると思った。



 気がつけば、長い時を共に過ごす事で、お互いがお互いの"特徴"を熟知したのである。



 ……そんなこんなで、万全の策を打ったものの、結果は"四回戦敗退"。



 再び立ちはだかったのは、やはり"ミネルヴァ"だった。




 どんなに足掻いても、裏を突こうとしても、また手も足も出なかったのである。



 ……チームとして挑んでも。



 そんな悔しい事実に打ちひしがれると、俺達の目標は、自然と決まっていた。



 "武道会優勝"。



 これを掲げて、残りの1年間、お互いが切磋琢磨する形で鍛錬を重ねた。



 ――――そして、翌年。



 気がつけば、俺達は学校でも、"そこそこ名の知れた存在"になっていたのだ。



 ツァーキは剣の腕に加えて、アスタロットのレクチャーの下、土系統の魔法を"魔術コース"にも劣らぬ程に操れる様になっていた。



 その彼女は、翌年も成績トップを維持し続けた。まだ、底は分からない。



 パレットは……まあ、相変わらず。



 俺も、火、水、草の3系統の魔法を自在に使える様になり、弓、剣術、柔術など、攻撃のバリエーションを増やした。



 ……これも、猪俣との地獄の特訓による"成果"なのだが。結局、通年、ボコボコに殴られるだけだったけど。



 まあ、そんな感じで、各々がパワーアップした上で、満を持して挑んだ"武道会"。



 手の内を見せたくなくて、団体戦のみに照準を絞った。



 ……しかし、それでも結果は"4位"だった。



 数百人の生徒が出場する大会と考えれば、かなり満足の行く結果かもしれない。



 でも、やはり悔しかった。



 今年は、"ヤツ"もいなかったのに。



 一足先に"幹部候補生"として国王軍に入隊したミネルヴァは、その強大な"スキル"を駆使して、既にさまざまな武功を上げていると聞く。



 比べて俺達は、"スキル持ち"が存在しない大会すらも、勝ち上がれなかったのである。



 準決勝で当たった"ホーミーズユニオン"と名乗るパーティ。



 どうやら彼らは、元々、幼馴染だったらしく、まるで一つの身体で動いているかの如く、一切の乱れを感じさせないチームワークで、俺達の攻撃の裏を突いて来たのだ。



 ……清々しいまでの完敗だった。



「うぅ……。最後だったのに……」


 パレットは、ボロボロになった俺やツァーキを治しながら、泣いていた。



「……いや、頑張った方……」



 アスタロットも、表情は変わらないが、悔しそうにしている気がした。



 ……この戦いが終わったのが意味する事。



 それは、"余り者パーティ"の解散だ。



 "武道会"は、士官学校の卒業式も兼ねている。



 つまり、俺達は早ければ明日にも入隊が決まり、各配属先へと散り散りになるのだ。



 寂しかった。



 でも、無理やり笑った。



「……まあ、いつかまた会えるかもしれないしな」



 俺は、"リーダー"として、悲しみを堪えながらそう告げる。



 ……だが、チームで一番熱い男は、パレットの声に嗚咽を漏らした。



「最後くらい、お前達を、勝たせてやりたかった……。もっと、オレに力があれば……」



 ……二人の涙を見ていると、俺も我慢というものをすっかり忘れてしまった。



 これまで、共に戦って来た、すいも甘いも共有して来た仲間との"別れ"を前にして……。



 とっても、貴重な時間だったから。



「……本当に、ありがとう……」



 士官学校で過ごした2年間の思い出を胸に、大粒の涙を流しながらそう呟く。



 ……すると、アスタロットは泣きじゃくる俺達3人を、思いっきり抱きしめた。



「貴方達と出会えて、本当に良かった……」



 普段、冷静で何を考えているか分からない彼女も、同じ気持ちなのだと、すぐに分かった。



 だって……。



 ……こうして、俺達"余り者パーティ"は、最高の絆で結ばれる形で"解散"したのであった。



 きっと、いつかまた会える。



 俺はそんな気持ちを胸に、思いっきり泣いたのであった。



*********



「……ブボボボボ〜!! あのパーティ、最高でござるなぁ〜!! 」



 武道会の団体戦準決勝を観終えた所で、小太りに無精髭を生やしたメガネのおっさんは、スナック菓子を片手にそう興奮していた。



 隣には、"部下"と思われるポニーテールの女。



 彼女の顔は、あまり浮かない様子だった。



「それは、何よりで……」



 引き攣った笑顔でおっさんにそう返事をすると、彼はニヤッと笑った。



「わざわざ、重い腰を上げて"訓練場"までやって来た甲斐があったでござるっ!! 彼らから溢れ出る"普通感"っ!! 最高でやすっ!! あのパーティは、小生の"部隊"が預かるでやすよ〜!! ブボボボボ〜!! 」



 不気味な笑い声を上げながらそう伝えたのを聞くと、女はため息を吐いた。



「はあ、それはそれは」



 その一言に対して、おっさんは彼女の両手をギュッと握りしめると、こう言い渡したのであった。



「早速、明日にでも引き抜いて来るでござるよっ! ついでに、"あの日本人が率いるパーティ"の指揮は任せたでやすっ!! これから、忙しくなるでやすねぇ〜!! 」



 そんな命令を前に、女は歯軋りをする。



 ……とても、不満そうな顔で。



 しかし、渋々頷かざるを得なかった。



 何故ならば、彼は……。



「わ、分かりました。明日までに軍への連絡と、必要な書類は整えておきます」



 ……そんな形で、知らずのうちに、彼らの配属先は決まった。



 ……その部隊名は……。

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