16項目 彼氏とカノジョの約束
――――私は今、来賓として、武道会を観覧している。
正直、この大会自体が、国家の政策的な意味合いがある事は、重々に理解している。
まるで、『我が国家にはこれだけ有望な"若者がいるんだぞ』とでも言いたいばかりに、大々的な開催。
ハッキリ言って、軍事力の"誇示"を表す様なやり方に対しては、余り肯定的な感情を抱く事が出来ないのだ。
それに、これから、熱い志を持った彼らが、"凄惨な争いの数々"に巻き込まれると思うと、心が痛むのである。
……戦争は、もっと、泥臭くて、卑怯で、惨めなものなのだから。
私は、この1年間でその事実をまざまざと目の当たりにして来た。
昨日まで笑いながらグラスを傾けていた男も、嬉々として次の休暇で子どもの誕生日を祝うと言った若者も、翌日にはあっさりとその人生に終止符を打たれてしまった。
願わくば、そんな"酷い現実"を変えたい。
そう思わされるからこそ、私は"この世界"が好きになれないんだ。
"守護の勇者"。
人々は、私をそう呼ぶ。
だけど、全ての人間を護りきれない時点で、そんな呼び名など、ただの滑稽でしかない。
……ましてや、その悲惨な道へと歩み始めた"大切な彼氏"すらも救えないなんて。
先程、周は私から目を逸らした。
その表情は、とてもとても"惨めな顔"に見えたんだ。
きっと、遠くに離れてしまった私に対しての負い目なのかもしれないと思った。
だからこそ、私も罪悪感で押し潰されそうになった。
……ハッキリ言って、"スキル持ち"じゃない彼は、軍部に加入した所で、命を落とす可能性が高い。
そんなの、受け入れられる訳がないじゃない。
それだけ、力には明白な"序列"があるのだから……。
さておき、武道会が始まってからずっと、私は彼から目を離せなくなっていた。
気がつけば、目の前で行われる生徒達の"日々の鍛錬の成果"すらも忘れて、周の姿を追いかけていたんだ。
……彼の周りには、3人の"現地人"がいた。
短髪の青年に、小柄な女の子、立派なツノを生やした魔族。
何を話しているのかは聞こえないが、和気藹々としている姿から、信頼感を築いているのが良く分かった。
……とても、親しげ。
途端に、嫉妬した。
だって、"以前"は、あの位置に私が居た筈なのだから。
花火を観に行ったり、買い物を楽しんだり、公園でキスをしたり……。
過去を思い出すたびに、色濃く浮かび上がる"不安"のふた文字。
私が、周の彼女なのに……。
それは、先程まで抱いていた"大層な願望"などと比べると、とてもちっぽけなもの。
……だけど、我が人生において、最も重要な項目なのだ。
いつか、必ずまた、二人っきりで幸せに過ごしたい。
故に、この湧き上がる"欲求"が思考の妨げになって行くのであった。
――――そんな最中、いよいよ周の出番が訪れる。
仕合開始前の彼は、昔と同じ様に緊張していた。
その姿を見た時、"前の世界"での彼と出会えた気持ちになって、ホッとしたりもする。
……だが、そんな時だった。
――「ぎゅっ」
桃髪の女の子は、思いっきり周を抱きしめたのであった。
……な、何をしてくれてるのよっ!!
それに、周も周で、照れてんじゃないわよっ!!
もしかして、私という女の子がありながら、浮気なんかしてるわけ?
だとしたら、絶対に許さないわよ。
……あっ、そういえば、以前の世界でもこんな経験が……。
まあ、それはどうでも良い。
周ったら、最低よ……。
すっかりと"嫉妬心"燃やしていると、短髪の青年は私の穏やかではない空気に気がついたのか、二人を引き剥がした。
……ふう。良くやったわ、青年。
あと少しで、あそこまで"空間転移"してビンタをするところだった。
そんな気持ちで、瞬きを忘れるくらいに彼の姿を追いかけていると、隣にいる猪俣はニヤニヤとしていた。
「……それにしても、忍冬さんは本当に彼の事が好きなんですね〜」
茶化された事で、爆発した。
「な、何を、言っているのかしらっ!! 確かに、私は周の"彼女"だけど、嫉妬なんかしていないんだからねっ! 」
思わず本心を口にしてしまうと、彼女は「本音ダダ漏れですよ〜? 」と、笑う。
……核心を突かれて、恥ずかしくなった。
だが、その最中、彼女は何故か得意げな顔をする。
「まあ、冗談はさておき、ちゃんと彼の成長を見てあげてくださいね。きっと、貴方への本気が伝わりますから」
忙しい中、いつも彼の特訓に付き合っている猪俣の言葉に促されると、私はすっかり嫉妬の気持ちを忘れて、闘技場の方に目をやった。
……相手は、魔導士だった。
正直、剣士からしたら、劣勢なのはすぐに分かる。
私達の様な"スキル持ち"ならば、簡単にあしらえるだろうが、やはり、能力がない周には難しい戦いだと心配になった。
……だが、仕合開始から数分後、彼は"頭を使って"勝利を掴み取ったのである。
その勇敢に戦う姿に、心を打たれた。
本当に、彼は私に辿り着く為の努力を重ねて来たのだと、実感したのだ。
その後、この世界では珍しい"スキル持ち"に倒されるまで、ずっと、ブレずに前だけを向いていた。
……そこで、やっと伝わった。
彼は、私の為に……。
願わくば、入隊なんてして貰いたくない。
……でも、周の戦いっぷりから、どんなに説得してもブレないのだと理解した。
それに、想像以上に、彼は"成長"を遂げている。
故に、不謹慎にも"喜び"の感情が込み上げてしまったのである。
そう思うと、心は更に周へと向かって行く。
もしかしたら、いつか、本当に……。
あらぬ期待感をもたらす。
……すると、猪俣は私の気持ちを察したのか、ニコッと笑いながらこんな"提案"を始めたのであった。
「……もし、言いたい事があるなら、会って来たら良いんじゃないですか? 陛下の警備に関しては、猪俣一人で十分ですし!! 」
その声に促されると、私は王女陛下の方に目をやる。
「それなら、行って来てあげて。"貴方も"人を愛するならば……」
彼女は、優しく"ワガママ"を受け入れてくれた。
『貴方も』という言葉には、引っかかったが……。
どちらにせよ、すっかり二人からの同意を得ると、私は、はやる気持ちを抑えきれずに「ありがとう」と感謝を述べた後で、"空間転移"を使用した。
彼のオーラを追いかけて。
それから、一人になったタイミングを見計らって、彼の襟を掴むと、"誰の邪魔も入らない場所"へとトリップしたのであった。
……やっと、二人で話せる。
そんな嬉しすぎる感情を携えて……。
*********
突如、見知らぬ地に飛ばされた先で見た光景。
……まだ、悲惨な戦争の跡が残る草原には、"朱夏"が立っていたんだ。
それがまだ現実が夢なのかも分からずに、動揺しながらこう告げた。
「ひ、久しぶりだな……」
約一年のタイムラグがもたらした影響は大きいらしく、辿々しい口調になる。
すると、そんな風にぎこちなく振る舞う姿を見るや否や、彼女は"まるで時間を取り戻す様"に、俺を思いっきり抱きしめた。
……泣きながら。
「……バカ。なんで、私の言う事を聞かなかったのよ……」
その言葉を前に、激しい罪悪感が押し寄せる。
俺は、朱夏の言いつけを破った。
本来、彼女の決意と引き換えに、"理想郷"行きを約束されていた過去を思い出す。
だからこそ、俺は立ち尽くした。
「……ごめん」
捻り出した答えは、"謝罪"だった。
それ以外に、彼女に伝える言葉が見つからなかったのである。
「……アンタは、戦争の恐ろしさを知らないのよ。ここ、プレイリーステップは、私が初めてガーディナル王国軍を救った場所。この地で、どれだけの人が血を流したか知っているの? アンタなんて、すぐに死んじゃうわよ……」
胸の中で、嗚咽を漏らしながら、"悲惨な現実"を口にする。
確かに、俺は安易に考えすぎていたのかもしれない。
いつか、必ず朱夏の隣に立つとばかり考えていた。
……だが、その間にも、彼女はもっと辛い日々を送っていたのだ。
その事実が胸に無数の針を刺す。
これまで、心配させて来た"贖罪"の意味も込めて。
……でも、ブレる気はなかった。
俺は、朱夏を守りたい。
今でもその気持ちに変わりはないから。
この胸の温もりを守りたい。
それだけが、たった一つの"目標"。
気がつけば、俺の人生は、すっかり、"朱夏ありき"になっていた。
前の世界の時も、今だって、ずっと。
だからこそ、一度彼女から離れると、俺は申し訳なさそうにこう伝えたのである。
「……お前に悲しい思いをさせた事は、心から謝る。きっと、俺ごときじゃ想像出来ないくらい"悲惨な時"を過ごして来たんだろう。……でも、もう少し待っていてくれ。スキルがなくても、力が弱くても、必ずお前に辿り着いて見せるから。それこそが、俺の"人生"なのだから」
涙ぐむ彼女に真っ直ぐそう宣言をすると、「ホント、バカ……」と呟いた後で、朱夏は笑った。
……昔から変わらない、とても素敵な表情で。
「……どうせ、私が『入隊して欲しくない』って言った所で、聞かないんでしょ? それに、今日、アンタの仕合を見た時、思ったのよ。『全ては、私の為に』って。とっても、とっても嬉しかった。だから……」
そう告げると、朱夏はそっと俺に右手を差し出した。
「必ず、私を迎えに来て。ずっとずっと、待っているから……」
……彼女の発言を聞いた時、俺は「ハッ」と我に帰った。
卑屈な気持ちや、罪悪感は綺麗さっぱり消え去って行く。
同時に、今もなお、朱夏が慕ってくれている事が、よくわかった。
……それは、俺も一緒。
彼女からの『待っている』という一言。
それが鼓膜を揺らした瞬間、俺の"やる気ゲージ"は容量をぶち抜いていったのである。
「ああ、必ず助けに行く。正直、これまではずっと、"卑屈"になっていたのかもしれない。自分の力のなさに。だけど、こんなに"可愛いカノジョ"を孤独にさせられないって思ったから。その時まで、待っていてくれっ!! 」
そう宣言した後で彼女の手を取ると、感情に身を任せて"キザ"な事を言った自分に恥ずかしくなった。
……"可愛い"なんて、初めて言ってしまったから。
「あ、あっ! 今のは、忘れて……」
だが、そんな俺の取り繕いに対して、朱夏はニコッと笑うのであった。
……世界一、幸せそうな笑顔で……。
「うん。期待してるわね。いつか、私を奪いに来る"王子様"になってくれるその時まで……」
すっかり信用し切った顔で、受け入れてくれた。
確固たる"決意"を確認する形で。
その刹那だけは、昔の様な"交際関係"に戻れた気がした。
……だが、そんな暖かい雰囲気の最中、朱夏は何かを思い出した様子を見せる。
「あっ、そういえば……」
そう呟くと、次第に機嫌を損ねて行く。
そして、じーっと俺を睨みつけながら、こんな事を口にしたのであった。
「……アンタ、さっき女の子に抱きしめられていたわよね……」
……朱夏の発言の途端、全身からは冷や汗が流れる。
そういえば、さっき、パレットが……。
どうやら、バッチリ見られていたらしい。
「い、いや、アイツは妹みたいなものだし、ヤツのコミュニケーションの一環であって、別にこれと言って、特別な意味は……」
必死に弁明をした。
……だって、朱夏さんったら、"守護の勇者"の呼び名に相応しい程の強大なオーラを放っているし……。
すると、そんな俺の"本音"が届いたのか、彼女は何度か頷いた後で、「それなら……」と、何とか説明を受け入れてくれたのであった。
その後、朱夏は全く似合わない軍服のまま、両手を広げた。
「じゃあ、次はいつ会えるのか分からないんだし、嘘をついていない"証"として、私を抱きしめなさいよ」
その言葉に促されると、俺は、照れ臭い気持ちを胸に、ぎこちない手つきで朱夏に抱擁をしたのであった。
……そこから伝わるのは、確かな"絆"だった。
故に、これからは自分の行動を慎むべきであると判断した。
だって、もし、再び妙な勘違いをされたら……。
そんな風に、俺と朱夏はお互いの"目標"を共有する形で、あまりにも短すぎる"幸せ"に身を委ねるのであった。
……次に控える"団体戦"の事など、忘れてしまう程に……。
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