15項目 はじめての魔導士
……残念ながら、見事に足元を掬われた。
俺は、緑髪のローブを纏った対戦相手の少女によって氷漬けにされ、四肢の自由を奪われた状態で、そんな後悔をする。
仕合前に、アスタロットから教わったレクチャー。
『魔法には、詠唱の時間がある』
その隙を突いての先制攻撃。
これこそが得策だとタカを括り、開始の合図と同時に、正面突破で"杖"を吹き飛ばそうとした。
……しかし、上級生の彼女は、一枚上手だった。
なんと、魔法の欠点を補う様に、事前に"ある魔法"を掛けていたのだ。
それが、"デクラメーション"である事は、すぐに分かった。
これは、一定期間、脳内で呪文を唱えるだけで技が発動できるというもの。
つまり、戦闘が始まる前から、この氷魔法、"シャンデル・ド・グラス"の詠唱を終えていたのである。
……象徴する様に、何も語らない彼女の杖からは、真っ白なオーラが集まり出した。
同時に、走り出す俺の足下からは、以前、豪雪地帯の"クレバスシムレス"で行った歩行演習にも勝る程の凍てつく"氷山"が現れ、あれよあれよという間に四肢を凍結させてゆき、"ほぼ決着"は付いてしまったのだ。
流石に、これはダサすぎる……。
完全に押さえ込まれて、情けない姿になる俺。
そんな"詰み"の状況に対して、シャロンはほぼ勝利を確信してか、余裕の口調でこんな問いかけをした。
「どうですか? 剣士のあなたが、ここから状況を覆すのは、難しいと思うのですが……」
まあ、普通に考えたら、諦めるのが得策。
ここで、もう一発、強力な魔法を受ければ、間違いなく負ける。
それどころか、死ぬ可能性すらある。
それに、次第に冷えて動かなくなってゆく身体。
まさに、"窮地"なのである。
……ただ、俺はアスタロットから"ある秘策"を教えて貰っていた。
本来ならば、上位に残るまで隠しておきたかったが……。
そんな気持ちになると、すっかりと温存を諦めて、こう笑った。
「……いやいや、まだ負けられない。俺には、"勝たなきゃならない理由"があるんだよ」
寒さに耐えながら、無理やり煽る。
その最中、密かに"細工"を始めた。
すると、シャロンは小さなため息を吐く。
「……もしかしたら、死ぬかもしれないんですよ? 」
多分、彼女は性格が良いのであろう。
だって、この勝利だけが正義となる"勝負の世界"で相手を気遣えるのであるのだから。
……これは、チャンスだ。
今、朱夏はきっと、居た堪れない気持ちで俺を見ているだろう。
でも、彼女に視線を移す事は出来ない。
……だが、安心していてほしい。
全く負ける気がしないから。
俺はそう思うと、すっかりと"準備"が終わった事を確認する。
「その余裕、いつまで続くか分からないぞ……」
だからなさ、そんな強がりとしか考えられない言葉を発した。
シャロンは俺の強がりを前に決意をしたのか、「……手加減はしますが、ダメだったらすみません」と、豪語をする。
……同時に、杖の先に力を集中する形で詠唱を始めたのであった。
「唯一神ニルの名の下に、凍てつく矢を降り注ぎたまえ……」
……すると、彼女の持つそれの切り先からは、十数本にも及ぶ氷結の"矢"が現れる。
同時に、会場からは大歓声が沸く。
「やっちまえっ!! 」
「スキルを持たない"異世界人"なんて、カスみたいなもんだ!! 」
「シャロン嬢、相変わらずのインテリ美少女っぷりでございますぞ〜。ブボボボボ〜!! 」
彼女、容姿や実力も相まって随分と人気がある様で、まるで自分が"大罪人"であるのではないかと錯覚させられる。
後、妙な"変態"も混ざり込んでいるっぽい。前世界での"オタク三銃士"を思い出して眩暈がする。
……とは言え、ここしかない。
そう思って、ゴクリと生唾を呑み込んでいると、シャロンは「ごめんなさいね……」と呟きながら、真剣な顔でその魔法を放って来たのだ。
「アイス・アロウ!!!! 」
その瞬間に、俺に向いていた魔法の矢は、彼女の意思に従うように、目にも留まらぬ速さで襲いかかって来たのであった。
……よし、このタイミングで……。
俺はそう思うと、永久凍土にも勝る氷から、"秘策"を駆使して抜け出した。
それから、高速で妖しく光る数多の矛先を避ける。
……同時に、その攻撃は無惨にも氷の壁にぶち当たって、激しい爆音を轟かせたのだ。
続けて、抜け出した事に動揺する彼女の背後に回ると、俺は杖を手刀で落とす。
そして、彼女を羽交締めにしたのであった。
「な、なぜ、アタシの氷を抜け出せたのですか?! 」
思わぬ形で窮地に追い込まれた事に焦りながら、そんな問いかけをする。
それに対して、俺はニヤッと笑った。
「さあな……」
……俺の秘策。
それは、シャロンが戦闘前から作用させていた"デクラメーション"そのものだったのだ。
実は、仕合の開始前ギリギリに、同じ細工をしていたのである。
『追い詰められた時の最終手段として使うべき』
アスタロットから教わったその魔法。
本来ならば、先制攻撃でカタを付けるつもりだった。
しかし、流石に我が校の実力者という事もあって、そう一筋縄には行かなかった。
結果的に、氷属性の魔法に拘束されるというみっともない結果に終わってしまったが……。
まあ、動けないなら"溶かせば良い"。
もし、口頭で詠唱をしていたら、すぐに淘汰されたであろう。
だが、それに気づかれなければ、対策も簡単だった。
俺は、魔導士ではない。
でも、日頃の勉学のおかげもあって、簡単な炎属性の魔法を自由に使える程度、造作でもなかった。
アスタロット曰く、『魔法の作用を一点に集中させると、効力は倍増する』との事。
それを利用して、俺は"甘い"と判断した彼女に抗う演技をしながら、四肢に対して順番で魔力を送り込み続けて、じっくりと溶かしていたのだ。
見つからない様、細心の注意を払って。
彼女が氷結を放つ直前で、抜け出せるだけの自由を手に入れた。
そして、今に至ったのである。
「な、なんで……」
杖を投げ捨てられた事で困惑しながら、慌てて対処を図ろうとするシャロン。
そこで、俺は、彼女の口を無理やり覆った。
"デクラメーション"の効力はもうないと理解していたから。
俺と同タイミングでそれを唱えている事実。
この魔法の効果は、約五分。
つまり、彼女の口さえ押さえ込めば、魔法を発動される事はないのだ。
それに、魔術コースの生徒とあってか、抗う力も弱い。
要は、"詰み"だった。
そんな事実を知った上で、口を塞がれた事で暴れるシャロンに向けて、余った手で模擬刀を突き立てた。
「これで、終わりだ……」
……その行動で、"敗戦"を確信したのか、彼女は背後にいる俺に向けて3回の"タップ"をしたのであった。
決定的だった。
故に、審判は「そこまでっ! 」と、戦闘の終了を告げた。
「勝者、"オバラ・シュウ"っ!!!! 」
……そう宣告されると、会場からは大ブーイングが沸き上がった。
「シャロンちゃんが、可哀想だろっ!! 」
「あのヒョロガリ、許せねえっ!! 」
そんな声に心を痛めながらも、俺は勝利を実感した。
だって……。
「良くやったよ!! 後でナデナデしてあげるね、オバラくんっ! 」
「シュウ、一回戦で負けてたらぶっ飛ばしていたぞっ!! 」
「……流石は、我が"弟子"……」
余り者パーティだけは、俺の味方をしてくれていた。
その事実さえあれば、俺には充分だった。
……それに……。
ふと見つめた主賓席で、朱夏は得意げな顔で喜んでいた。
先程までの、不安な表情ではなくて。
そこで、俺もホッとする。
……少しは、彼女を安心させられたのかな、って。
そんな風に、格上の相手に勝った事に胸を撫で下ろしていると、シャロンは呼吸を整えた後で、俺に握手を求めて来た。
「……びっくりしましたよ。まさか、魔術を打ち消す"秘策"を用意していたなんて」
すっかりと敗北を受け入れているのか、潔く褒め称える。
それに対して、俺は苦笑いを浮かべた。
「いや、正直、ギリギリだったよ。シャロンさんが強いのが、良く分かったし」
謙遜しながらそう返答。
すると、彼女は小さく首を振る。
「いえいえ。とっても凄かったです。それに、あなたなら、『スキルが無くても強い事』を見せつけてくれる気がします。……だから、アタシの分も、優勝してくださいっ! 」
そう願いを託すと、シャロンは大ブーイングの中、もう一度、右手を差し出して来た。
だからこそ、俺はバトンタッチする様に彼女の手を取ると、固く握手を交わしたのであった。
「任せておけっ!!!! 」
……こうして、俺は初めての魔導士との戦いを、"勝利"という形で終えることが出来た。
この事実は、次の仕合に向けての自信に繋がる。
よし、敗北したシャロンの分も、優勝を目指してみるか……。
……そうあらぬ決意をしてみたが、やはり壁は高かった。
2回戦、3回戦で当たった剣術コースの相手には辛くも勝利したものの、その先で当たった"スキル持ち"の青年、"ミネルヴァ"。
現地人にも関わらず、特別な能力を持つ、優勝候補とも噂された彼の圧倒的な攻撃を前に、全く手も足も出なかったのであった。
結果、無惨にも敗北。
士官学校では見た事がない程の強力な殴打によって、俺の身体は激しく損傷した。
……結果的に、パレットが"治癒魔法"を使って助けてくれたのだが……。
やはり、朱夏の隣に立つという壁の高さを痛感したのであった。
その事実に落ち込みながらも、次の団体戦に向けて、俺は一人でトイレへと足を進めていた。
……どうすれば、"スキル持ち"に勝てるのか。
そんなことばかりを考えながら。
そして、すっかり用を足すと、作戦会議の為に、持ち場へ戻ろうとする。
――――だが、そんな時だった。
突然、何者かに襟を掴まれる。
……同時に、「ヒュンッ」という音と共に、俺は何処かに転移させられてしまったのだ。
目の前に広がるのは、数多の"穴"が散見する大草原。
そんなあり得ない状況に対して、思わず、こんな言葉を溢した。
「えっ……? 一体、何が……」
いきなり起きた"非現実的な出来事"を前に、すっかり困惑を隠せずにいると、何も理解できないまま、その"張本人"と思われる者の方にゆっくりと目をやった。
……すると、そこには……。
「やっと二人で話せるわね。周……」
動揺を隠せない俺を他所に、潤んだ瞳で小さく微笑む、"朱夏"の姿があったのである。
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