14項目 仲間からのレクチャー


「次は、お前だな。ぜってぇに勝ってこいよ」



 先程の対戦で自分よりも大きな相手を、いとも簡単に倒してしまったツァーキは、俺にそんな事を言った。



「お、おう……」



 友からのバトンタッチにそう呼応する。



 その後で、遠くに見える朱夏の方に目をやる。



 ……やはり、彼女は俺の行く末が不安なのか、浮かない顔をしていた。



 『これでもか』って位に、ずっと、こちらを見ているのだ。



 先程のツァーキの勇敢な戦いの際も、仲間で勝利の祝福の時も。



 ……流石に見られすぎて、ちょっとだけ、照れる。



 もう卑屈な気持ちはないからこそ、余計に。



 本当なら、さっき"目を逸らしてしまった事"を謝りたい。



 でも、身分差がそれをさせてくれないのだ。



 ならば、成長した所を見せる以外に挽回の手はないと思ったのだ。



 約一時間後に行われる俺の試合。



 その相手は、"シャロン・グラース"という"女魔導士"である。



 彼女は上級生で、魔術コースの中でも"秀才"と称される腕前の持ち主で、今回の武道会でも上位に食い込むと予想される程の実力者。



 つまり、最初に当たる相手としては、かなり"ツイていない"という結論なのである。



 ……それに、何よりも。



 パレットがこれでもかという程の距離感で「頑張ってね、オバラくんっ! 」と、励ましの声を上げてくる最中、苦笑いを浮かべた。



「……とは言っても、俺は魔導士と戦った経験もないし、下馬評の中でも予備知識がないからなぁ」



 謙遜ではなく、本心でそう伝えた。



 そう、要は、未知の相手との戦いなのだ。



 授業の中で、ある程度の魔法使いとの戦い方についての基礎知識はある。



 ……だが、それは飽くまでも机上の空論に過ぎない。



 それに、彼女がどの様な手を使ってくるか分からない状態での戦闘ともなれば、剣士側が不利になるのは明白だった。



 でも、負ける気はない。



 とにかく、勝つつもりで行く。



 そんな想いで、少しでも本番までに対応策を練ろうと眼前で行われる"魔導士達"の戦いに目を凝らしていた。



 ……すると、その時、一瞬だけ弱気な発言をした俺に向けて、アスタロットはこんな提案をして来た。



「……貴方、"魔導士"との戦闘方法を知りたい……? 」



 パレットにも劣らぬ程に近づいて来て、そんな確認をされた。



「ま、まあ、教えてくれるなら、有難いけど……」


 立派なツノが顔に当たったのに困惑しながらそう答えると、彼女は微笑んだ。


「それなら、今から"特訓"に付き合ってあげよう。付いてくるといい……」



 俺の受け入れに対して満足げな顔をすると、何も言わずにスタジアムを後にするアスタロット。



 その言葉に対して、俺は慌てて背中を追いかけた。


「ち、ちょっと待ってっ! ウチも知りたいっ! 」


「これは、なかなか次からの戦いで参考になりそうだなっ! 」



 結局、"余り者パーティ"全員で彼女からのレクチャーを受けることになったのであった。



 去り際、朱夏の方に視線を移す。



 ……すると、何かの勘違いをしているのか、俺を恨めしそうな顔で睨みつけていたのであった。



 ある意味、この会場で一番怖いのは、彼女なのかもしれない。



 そんな事を思ったのであった。



*********



 土壇場で受けたアスタロットからの特訓。



 急ぎ足ではあったが、おおよその対応策については教えてもらった。



『難しい話はしない。とにかく、魔導士には必ず"詠唱"の時間がある。慣れた者は高速で行う事が多い。つまり、それを阻止すれば大した脅威ではない』



 そこは、授業でも聞いていた内容そのままだった。



 ……だが、その穴を突く上で重要な話を続けたのである。



『生命力の根源である魔力は、ある一点に集中する必要がある。今回のシャロン・グラースに関しては、手元の"杖"に込めて、より強大な威力の魔法を放ってくるであろう。故に、それさえ淘汰すれば、勝利できるであろう』



 これは、初めて聞く話だった。



 どうやら、魔法は間口が狭ければ狭いほどに効力が増すらしい。



 つまり、先端の尖った杖の先にその効力を込める事で、普段よりも効果的な攻撃が放てるという話だ。



 ならば、詠唱を終える前に杖を奪い取る事で、相手に隙を作り、その上で気絶させてしまえば、俺の勝利という訳だ。



 付け加える様に、彼女はこんな事を言った。



『もしそれが叶わなかった場合、近接戦に持ち込むといい。基本、魔術コースの連中は後方支援を有望視された連中。故に、体術の類に関してはリーダーに劣るであろう。……ただ、至近距離で有効な魔法があるから、変わらずに詠唱には注意すべき』




 アスタロットからのレクチャーはこれで終了。



 ならば、俺がやるべき事は二つ。



 まずは先手必勝。



 ダメなら、体術へ持ち込む。



 ……ちなみに、シャロンとやらがどんな魔法を得意とするのかを尋ねたら、『他人に興味がないからわからない』と言われた。



 そこら辺がアスタロットらしいなと思った。



 後、裏返せば俺達は"他人ではない"という話であるという事実を前にして、少しだけ嬉しくなった。



 ……まあ、何にせよ、女の子を叩いたりするのには抵抗があるが、そこは、勝負の世界だから仕方のない事。



 故に、すっかり対応策のレッスンを受けた俺は、スタジアムの袖で、その時を待っていた。



 ……なんだかんだ、緊張する。



 それはそうだ。



 だって、ほんの一年前まで、ただの"高校生"だった訳だし。



 それに、ある意味、これは"御前仕合"だ。



 王女陛下には悪いが、朱夏に良い所を見せたい。



 ……最中、ふと、体育祭での玉入れの事を思い出した。



 あの時も、必死に孤軍奮闘した結果、負けはしたが人望を掴み取るキッカケを得たと同時に、彼女も称賛してくれた。



 そうだ、そうだよ。



 きっと上手く行くはず。



 そうに決まっている。



 ……きっと、そうだよ。



 ……。



 そう自分に言い聞かせても、高鳴る心臓の音は、収まってくれなかった。



 ……だが、そんな時。



「ギュッ!! 」



 パレットは、俺を鎧の上から思い切り抱きしめて来たのである。



「……おいおい、一体なんだよ……」



 思春期さながらの"照れ"と共に、そう問いかける。



 すると、彼女は抱擁を続けながら、上目遣いで、こんな事を言った。



「きっと、オバラくんなら勝てるはずっ! ウチには"これくらい"しか出来ないけど、信じてるからっ!! 」



 その純粋無垢な激励を前に、俺の緊張感は次第に溶かされて行った。



 きっと、彼女は不器用なりに鼓舞してくれたのだろう。



「ありがとな……。絶対に勝ってくるよ!! 」



 俺がすっかり落ち着きを取り戻してそう伝えると、彼女はニコッと笑った。



 ……なんだかんだで、信頼する仲間のおかげで普段通りの実力を発揮出来ると胸を張る。



 すると、そのやり取りの中で、先程から"何かを察している"っぽいツァーキは来賓席を見て苦笑いを浮かべると、俺達を引き剥がした。



「……まあ、やれるだけやって来い。決勝でお前と戦えるのを楽しみにしているぞっ! 」



 彼がそう告げると、アスタロットも呼応した。



「"リーダー"の戦闘、楽しみにしている……」



 それに対して、感謝を口にする。



「色々と教えてくれて、本当にありがとう。必ず勝ってくるわっ!! 」



 ……その言葉を残すと、俺は初めての"魔導士"との戦いに挑むのであった。



 ――――そして、仕合が始まって数分後。



「もう、降参って事で宜しいですか? 」



 ……俺は、シャロン・グラースが繰り出した地面から生える膨大な"氷"によって、完全に四肢を奪われ、"絶体絶命"になっていたのであった。



 ……これ、かなりやばくないか?

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