13項目 孤独な男のプロローグ


 オレは、この時をずっと待っていた。



 "ガーディナル士官学校"にて、一年に一度開催される祭典、それが、"武道祭"だ。



 この大会の為に、鍛錬を重ねて来たのは、紛れもない事実。



 きっと、ここからオレは"軍の幹部"になる。



 ……そうすれば、必ず……。



 そう思うと、チラッと主賓席に座る"リーベ王女陛下"を見上げた。



 彼女は、オレにとって、人生を賭けても尽くしたい"特別"な存在。



 それは、昔からずっと。



 だから……。



 ふと、その瞬間に彼女と目が合った、気がした。



 ……よし、今はそれだけで充分。



 そう思うと、気合を入れた後で、今回の対戦相手に目をやった。



「華々しい初陣が、こんな雑魚で安心したよ。お前、この鍛え上げられた肉体を見て、ビビってるだろっ!! 」



 嫌味な声で余裕の表情を見せるのは、スキンヘッドの上級生、"ジャック"だった。



 腕っぷしに相当な自信があるのか、防具の類は身につけずに上半身は裸で、二本の剣を両手に持つだけの攻撃特化型。



 本来ならば、隙だらけという他何者でもない。



 ……だが、それをも凌駕する程の"恵体さ"がウィークポイントをカバーしているのだ。



 身長は190センチを優に超え、身体もしっかりと鍛えられており、言わば、"熊"を彷彿とさせる容姿。



 ……何よりも、妙な"威圧感"。



 それこそが、彼の特徴と言えるのであろう。



 まあ、控えめに言っても、"侮れない相手"と結論づけるのが正しい。



 ……とはいえ、そこまでの恐怖心を抱くことは無かった。



 そう思って、ジャックとメンチを切っていると、観客席からはこんな声が聞こえた。



「ツァーキくんっ! 安心して倒されて良いからねっ! ウチが治してあげるから! 」


「変なこと言うなっ! おいっ! 絶対に勝ってこいよっ! 」


「きっと、平気……」



 ……今、聴こえたバラバラな声援。



 これは、オレの唯一の"弱点"だ。



 同時に、"強味"でもある。



 不思議な出逢いから培われた、ヤツらとの"絆"。



 それは、オレに実力以上の力を与える。



 ただ、必死に上を目指す事しか考えてこなかった半生。



 学内の強者に挑んでは、軽くあしらわれた日々。



 その中で、気がつけば、周りの信用を失っていた。



 結果的に、学校で"腫れ物扱い"になっていたのも知っている。



 クラスで浮いていたのも、よく理解していた。



 当時のオレは、一人でも群抜いて強くなれば高みに辿り着けると思っていたんだ。



 ……あの憎き、"異世界人"の様に……。



 ……しかし、彼らとの"ダンジョン"を通じて、連携の重要性を知るとともに、自分の"足りない部分"が分かったのだ。



 ただ、ガムシャラに戦っても、"限界"があるのだと。



 それから、4人で行動する中で、思考は変わった。



 本当の意味で強くなる為に、ヤツらから学べる部分は多い。



 パレットの治癒の即効性に、アスタロットが繰り出す数多の支援魔法、それに、シュウのリーダーシップ。


 その全てを目の当たりにした時、如何にこれまでの自分が間違った方法を取っていたのかを痛感した。



 一人では出来ない事も、チームなら出来るのだと。



 ……それに、いつの間にか、"余り者パーティ"の皆は、掛け替えのない"仲間"になっていたんだ。



 そんな中で、孤独に生きて来た日々から、解放された。



 だからこそ、今も、これだけの巨体を目の前にしても、一つも恐怖を感じないのだ。



「……悪いが、オレのサクセスストーリーの"踏み台"になってもらうぜ、"先輩さん"よ」



 オレが堂々とそう宣言をすると、ジャックはケタケタと嫌らしい笑い声を上げた。


「よく言ったもんだ! 学校の"嫌われ者"のお前如きに、何が出来るって言うんだよ!! 」



 挑発を受ける。



 後、お前も"嫌われ者"だろうが……。



 ――――そんな事を考えているのも束の間、審判を担当する教官から、戦闘開始を言い渡されたのであった。



「では、はじめっ!! 」



 その声と同時に、ジャックは相変わらず不適な笑みを浮かべながら、ある魔法の詠唱を始めた。


「唯一神ニルの名の下に、弱者に畏怖を与えたまえ……」



 ……すると、視界に見えるヤツの巨体は、数倍に膨れ上がる。



「インティミデイションか……」



 この魔法は、相手に強い"威圧感"を与える高等魔法で、敵の恐怖心によって、作用が増すという"幻術"の一種。



 以前より、ジャックがこの技を使って下級生や格下の相手を虐めていたという話は、学校でも有名な話だった。



 現に、その魔法はオレにも通用している為、巨大な幻影によって、強いプレッシャーが彼からもたらされるのである。



 本来ならば、怯える所であろう。



 ……しかし、あの時の"バウンディ・スネイク"によって"死にかけた経験"から比べたら、効果は赤子にも等しかった。



「……少し、懲らしめてやらなきゃな」



 オレはそう考えると、冷静に攻撃の構えを見せた。



 ……すると、彼は悪そうな表情で先制攻撃を始める。



「さあ、雑魚は消えろっ!!!! 」



 ジャックは叫び声と共に、オレの身長よりも大きく視える双剣を、力任せに振り下ろした。



「シュウに比べたら、遅いな……」



 そんな事を呟くと、ヒラリと躱して間合いを取った。



 ……同時に、地面からは破壊力を現すような"轟音"が響き渡る。



 不意に最大火力の攻撃を避けられた事で、ジャックは一瞬だけ動揺していた。



「何故、そんな速さで……。しかし、それなら……」



 ジャックは、すぐに元通りになると、剣の一本を投げ捨てた後で、ハーフパンツのポケットを弄った。



 やはり、噂通りだな……。



 オレはそう思う。


 

 実は、奴との対戦が決まった際に、こっそりとジャックの行動をリサーチしていた。



 最中、ヤツからの虐めを受けていた先輩と話をしていたんだ。



 その時、仕入れた情報。



『アイツは、力任せに殴りつけるだけではなく、卑怯な行動を絶対に取る。だから、足元を掬われないようにな』



 彼の言葉を信じるならば、間違いなく"ズルい手"を使ってくるに違いない。



 そう思って、真剣な顔でヤツを睨みつけていると、やはり予想通りの行動を取ってきた。



「これでも食いやがれ」



 ジャックは、オレに向けて"紫の粉"を投げつけて来たのだ。



 同時に、それが届いた瞬間、身体は痺れ出した。



 どうやら、神経系の薬であるのだと、すぐに理解。



 ……しかし、その作用もあの"クソ蛇"の毒液に比べたら、微弱な物だった。



 よし、動ける。



 だからこそ……。



「はっはっは〜! この大会は、どんな手を使っても勝てば官軍なんだよ!! じゃあ、次こそはぶっ潰してやるよ!! 」



 動きが鈍ったと判断したジャックは、高笑いを決め込みながら間合いを詰めて来た。



 ……よし、今だ。



 オレはそう思うと、再び双剣を握りしめて襲いかかって来るヤツに正面から対峙すると決めた。



 ――――そして、勝利を確信した彼の頭めがけて、模擬剣を振り下ろした。



「ゴンっ!!!! 」



 そんな鈍い音が、辺りに響き渡る。



 すると、オレの渾身の一撃を受けたジャックは、「ば、バカな……」と衝撃の表情を浮かべたまま、ドサッと倒れたのであった。



 その様子を見た審判は、泡を吹いて倒れるヤツの顔をジーッと見た後で、こう判定したのであった。



「……勝者、ツァーキっ!!!! 」



 同時に、まばらな歓声が聴こえた。



 ……勝った、のだ。



 想像以上に自分の能力が向上している事を自覚した上で。



 最中、観客席にいる"仲間達"の方に目をやる。



 みんなは、まるで自分の事のように喜んでくれていた。


「ツァーキくんっ! よくやったよ〜」


「お前なら、勝てると思っていたぞっ! 」


「……さすが、ね」



 ……これが、"仲間"、か。



 オレはそう思うと、彼らに向けて拳を上げた。



 ……それから、最も気になる"陛下"の方に視線を移す。



 ……すると、彼女はオレの戦いを見てくれていたみたいで、小さく拍手をしてくれていたのである。



 その姿を見た時、これまでの努力が"報われた"と、ほんの少しだけ胸を張れた様な気がした。



 同時に、もっと強くならねばならないと、気持ちを切り替えたのだった。



 ……オレは、いつか……。



 そんな気持ちの中、滞りなく、一回戦を突破したのであった。

 

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