12項目 双方の想い


 ……周に、会える。



 それは、私の心の氷を溶かしてくるの。



 これまでの1年間、彼を忘れた事なんて、一度たりともない。



 どうやら、私の"実力"は本物だったらしく、数多の戦場に派遣された。



 それから、人々を救えば救う程、軍部から重宝されて行き、気がつけば、7人しかいない"幹部"にまで昇進していた。



 ……別に、名誉や肩書きなんて、必要ないのに。



 ただ、"彼の安全"と引き換えに受け入れただけなんだ。



 ……なのに、周は……。



『あの男なら、我が軍の末端に入る為、"士官学校"に入学した』



 総司令官である"コタロー"から聞かされた、衝撃の事実。



 私は、悲しみに暮れた。



 ……何故、と。



 でも、彼は何を言っても聞かない性格なのも知っている。



 それに、最初の悲惨な出来事の前に、アイツはこんな事を言っていた。



 『運命を分かち合いたい』って。



 だからこそ、諦めて我慢した。



 きっと、周も相当の覚悟で"訓練校"に入学したんだもの。



 早く迎えに来てよ……。



 そんなワガママな"弱み"を胸の中に抱いている最中、私の元にこんな報せが来た。



『ガーディナル士官学校の武道会を開催します。是非、来賓としてご参加願えれば』



 そう伝えたのは、あの日、彼の希望を木っ端微塵に吹き飛ばした、"猪俣"だった。



 彼女は、彼の特訓に付き合ってくれているらしい。



 ……まさか、彼女にうつつを抜かしたりしないわよね……。



 そんな不安な気持ちを一瞬だけ浮かび上がらせるも、すぐに否定した。



 そんな訳、ないよね。



 だって、周は、私の"彼氏"なんだもん。



 とにかく、久々に周の顔が見たい。



 安心したい。



 その一心で、来賓の約束をしたのであった。



 普段は、式典などへの参加は断っていたが、その願望が心を動かした。



 やっと、彼が見られる。



 まるで、子どもの頃に戻ってしまった様に、そんな期待を抱きながら、私はスタジアム状の"訓練場"に顔を出したのであった。



 大歓声を上げる多数の学生達に目を向けると、じっくり目を凝らす。



 ……そして、やっと見つけたんだ。



 周……。



 彼の顔は、以前よりも逞しくなった様に思える。



 それに、容姿や雰囲気はすっかりと"軍人"になっていた。



 成長が、少しだけ切なさを感じさせる。



 すると、ジーッと眺めた私と目が合ったのである。



 ……ただ、その瞳を見た瞬間、私の中で強い"罪悪感"が生じた。



 安心感と共に。



 きっと、あの時、あの瞬間、『入隊したい』と選択した事を、力づくでも止めていれば。



 そうすれば、適性検査を受ける事もなく、もしかしたら、二人で"理想郷"の中を楽しく過ごしていられたのかもしれない。



 あんな、トラウマになる様な、"辛い現実"を受けさせなくて済んだのかな。



 きっと、今も、彼は傷つき続けているだろうから……。



 だからこそ、気がつけば、泣きそうな気持ちで心は一杯になった。



 でも、無理やり微笑んだ。



 ……しかし。



 彼は、卑屈な表情を浮かべて、私から目を逸らした。



 そこで、ハッキリと理解したんだ。



 ……私の"選択"も、間違えていたんだって。



 そんな悲しい想いを抱いたまま、ガーディナル士官学校の"武道会"は、始まってしまったのであった。



*********



「よしっ。とりあえず、これでオッケーだな」



 ツァーキは、一回戦に向けて纏っている鎧や兜、それに剣の最終確認を行うと、そんな風に気合を入れた。



 俺達、"余り者パーティ"は、そんな彼の手伝いをする。


「死なないように……」



 アスタロットは、冷静な口調でそんな激励の言葉を告げる。



 ……だが、その間も、俺の頭の中は"来賓席"で見つけた"彼女"の事でいっぱいになっていたのだ。



 この場所に、朱夏がいる。



 その事実は、俺に動揺をもたらした。



 今のこんな現状を見て、彼女はどう思うんだろうって。



 結局、あの日、この場所で朱夏と別れてから、話すタイミングは一度もなかった。



 もしかしたら、俺の単独行動を怒っているかもしれない。



 ……だって、彼女は、自分の身を"犠牲"にしてまで、俺を守ろうとしたのだから……。



 それに先程、目が合った時、とても"哀しそうな顔"をしていたんだ。



 でも、ダサい俺は、俯いてしまった。



 その事が心残りで仕方がない。



 それに、現在の"実力"を見たら、彼女はどう思うのだろうか……。



 不安や罪悪感に押し潰されて、ボーッとしていると……。



「……オバラさんっ!!!! 」



 パレットは、大きな声でそんな声を掛けた。



 そこで、ハッと我に帰る。



 ……いかんいかん。想像以上に、ボンヤリとしてしまっていた。



 すると、俺の様子が変わった事を心配する彼女。



「なにかあったんですか? それに、さっきの開会式の時、"守護の勇者様"がオバラくんに笑いかけた様な……。猪俣さんも、なんだか親しげに手を振っていましたし」



 ……どうやら、気付かれていたみたいだ。



 何人かの学生に睨まれたりもしたし、多分、学校の話題になってしまっているだろう。



 だが、今の俺が朱夏と交際しているという事実など、到底言えるはずもなかった。



「いや、気のせいだろ……」



 その回答に、パレットはホッとしていた。



「それなら、良かったよ〜。もし、あのお二人と"親密な関係"にあったら、ウチなんか捨てられちゃうと思ったし」


「いやいや、あんなお偉方と知り合いな訳が……」



 そんなやり取りをしていると、すっかり準備万端のツァーキは、「ちょっと、来い」と言いながら、少し離れた位置に俺を連れ出した。



 それから、強めに肩を組んだ上で、こう耳打ちをしたのでいる。



「……オレが軍の入隊を志すのは、王女陛下の"剣"になる為だ」



 先程、呟いていたのと同じ内容の事を、伝えてきた。



 一点の狂いもない、真っ直ぐな瞳で。



 ……何故、このタイミングでそれを伝える。



 そう思って、呆然とする。



 しかし、そんな俺を気にする事もなく、彼は続けたのであった。



「シュウもきっと、"同じ様"に背負いたい物があるんだろう? オレは、この大会で優勝を目指す。だから……」



 まるで、何かを察したかの様な顔でそう言葉に詰まると、ツァーキは最後にこう告げたのであった。



「……うちの"リーダー"が、そんな"しょぼくれた顔"をすんな。前だけ見つめろ」



 彼の不器用な励ましを聞くと、俺は、ハッとした。



 また、転移前の様に"空回り"をしてしまう所だった。



 そうだよ。



 こんな所で、ネガティブになっていてどうするんだ。



 それじゃ、アイツの隣に立つなんて夢、叶えられる訳がない。



 ……今は、隔てる物が多いかもしれない。



 でも、その決意をしたからこそ、こうして"士官学校"に入学したんだ。



 だったら、今の"足りない実力"も含めて、全力で戦う姿を、覚悟を見せなくてどうするんだ。



 それこそが、いつかきっと……。



 ツァーキの言葉で、折れかけた気持ちは、すっかりと元に戻ったのであった。



「……情けない所を見せてすまなかった。後、ありがとう。もう、振り向かないわ」



 俺がそう感謝を述べると、彼は顔を赤らめた。



「き、気にすんなっ! それよりも、オレの戦いを瞬きせずに見てろよ。きっと、度肝を抜いてやる」



 ツァーキの決意表明。



 それを聞いた俺は、小さく微笑むと、頷いた。



 ……そして、こんな激励の言葉を投げかけた。



「そうだなっ! "友"として、お前の勝利を願っているよっ! 」



 俺がそう言って背中を押すと、彼はニヤッと口元を緩めた後で、「任せとけ……」と返答すると、確かな足取りで競技場へと向かって行った。



 その間、彼はずっと"ある一点"を見つめていた。



 視線の先には、真っ赤な豪華絢爛のドレスを身に纏い、数多の宝石が散りばめられた"王冠"を被った、"リーべ王女陛下"の姿があったのだ。



 藍色の長い髪に、翡翠色の澄んだ瞳。



 端正に整った顔は少し幼さが残り、しかし、表情からは"芯の強さ"を感じる。



 先程は、朱夏の登場もあってマトモに見られなかったが、改めて眺めると、とても美しかった。



 ……何故、ツァーキが王女に拘るのか、それは分からない。



 きっと、"この国の国民として"などという理由では無さそうな気がした。



 しかし、明白な"信念"が彼を動かしている事だけは伝わった。



 故に、"大切な仲間"として、彼の夢を叶えてあげたいと心の底から思ったのだ。



 一瞬だけ、卑屈になりかけた自分を救ってくれた感謝も込めて。



 だからこそ、俺は舞台裏からゆっくりと進んで行く彼に対して、大声でこう叫んだのであった。



「勝ってこい、ツァーキっ!!!! 」



 ……すると、パレットやアスタロットも呼応する様に励ましの言葉を掛けた。



「頼んだよっ! ウチらの強さ、見せつけてやってねっ! 」


「心配ない、彼は、強いから……」



 そんな"余り者パーティ"からの声に、ツァーキは振り返る事なく右手を挙げて呼応した。



 ……彼の対戦する相手は、上級生の"ジャック"。



 体格で言えば、敵の方が有利だ。



 だが、そんなハンデなど、今のツァーキの覚悟を見れば、何の不安要素にもならなかった。



 故に、純粋な気持ちで彼の"勝利"を信じられたのである。



 ――――そして、各々の生徒達が持ち場に立って、すっかり舞台が整った所で、仕合は始まったのであった。



「それでは、第一試合、はじめっ!! 」

 

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