11項目 再会と開催


 ガーディナル士官学校に入学して、約1年が経過した。



 今となっては、すっかり"我が校"と言えるだけの愛着は持てる様になった。



 日々行われる授業のおかげで、ヒョロガリ陰キャだった俺の身体は、すっかり出来上がって来ている。



 豪雪地帯での歩行訓練や、ジャングルでのサバイバル演習では、危うく死にかけたが……。



 我ながら、よく一年もの長い期間をしがみ付いて来れた物だと、感慨深い気持ちにさせられるのだ。



 ……そんな"我が校"には、上級生を見送る上で、少し変わった"卒業式"がある。



「……それで、お前は"武道会"に出るのかよ」



 すっかり俺の"居場所"となった中央広場の片隅のベンチで、ツァーキが弁当を食べながらそう尋ねて来た。



 なんだかんだで、いつの間にか"余り者パーティ"は集うようになっていたのである。



「まあ、日々の成長を試すのには打って付けの舞台だからな。出ない手はないよ」



 朱夏の存在を脳裏にチラつかせながら、そんな返答をした。



 俺の言葉に、彼は「つまんねえ理由だな……」と、悪態づく。



 すると、パレットは"黒焦げの弁当"を頬張りながら、顔を真っ赤にして口を膨らませていた。



「ちょっと、ツァーキくんは、いつもいつも"デリカシー"がなさすぎだよっ! 」



 それから、二人はいつも通り口論を開始した。



 ……ただ、もう止めなかった。もうこのケンカにも慣れてきたし。



 すると、そんな"当たり前"となった"昼食会"を目の前に、アスタロットはサンドイッチを齧りながらボソッとこんな事を言う。



「確かに、"リーダー"は謙虚。この"卒業式"は、ある意味、軍に対する"最高のアピールチャンス"」



 いつの間にか"リーダー"というニックネームが定着しているのには引っかかるが、彼女の言葉を呑み込むと、俺は少し考えた。



 そう、今回、俺たち1年生が。上級生を見送る間に行われる催し。



 ……それこそが、"武道会"だ。



 選考コースや学年を問わず、個の強さだけが査定基準となる"模擬戦"。


 立候補形式で行われ、毎年、校内の実力者達がトーナメント形式で腕を競うというもの。



 大会には、王女陛下や軍の幹部なども参列していて、そこで優勝した者には、国王軍の"幹部候補生"となることが約束されており、一年の中で一番の盛り上がりを見せるイベントなのである。



 過去には、現地人で珍しい"スキル持ち"が現れた事もあるらしい。



 ……まあ、大会の本質は、隣接国に対する"軍事力の誇示"という一面が強いらしいが、どちらにせよ、学生にとって、これはある意味で"チャンス"なのだ。



 とは言え、俺には、まだまだそんな力はない事は自覚していた。



 もっと強くなって優勝レベルになれるのならば、"幹部候補生"となって朱夏との距離を近づけられるのだろうが……。



 だからこそ、特にこれと言ってツァーキ程のハングリー精神を持つ事はなかった。



 つまり、現在の自分の"能力"を把握する為だけ。



 そう思うと、俺はアスタロットにこう返答をした。



「……まあ、そのチャンスを掴む実力はないからなぁ。倒される覚悟で頑張るつもりだよ」



 控えめな返答に、彼女はジーッと俺を見つめた。



 表情は変わらないが、なんだか、不満そうに見える気がする。



 ……それに、かなり気まずい。



 故に、慌てて話題を逸らした。



「……ところで、お前は出るの? 」



 苦笑いを浮かべながらそう尋ねると、彼女は小さくため息を吐いた。



「ワタシは、この類の催しに関して、特に興味はない。……だが、教官がしつこく『魔術において学年トップの成績を持つキミが出なければ学校の顔が立たない』としつこく説得されたが故、渋々、参加することになった」



 まあ、それは成績上位者にはそんな待遇をするよね。



 俺には、何もなかったけど。立候補した時も、渋い顔をされたし。



 ……にしても、アスタロットは俺達と出会った時から比べると、だいぶ変わった気がする。



 以前は、何も喋らない変なヤツだったのに、今はこうして普通に会話が成り立つし。



 ……それに、幾ら教官からの強引な圧力を受けたとはいえ、まさか武道会に出場すると思わなかった。



 もしかしたら、この"余り者パーティ"との交流の中で、俺が思っている以上に彼女のコミュニケーション能力は成長しているのかもしれない。



 そんな風に、あらぬ"過信"を携えて、胸を張っていると、パレットは悔しそうな顔をしていた。



「みんな、良いなぁ……。ウチは、"ヒーラー"だから、出れないんだよね。一か八かで先生に『出たいです』ってお願いしたんだけど、『……キミは、治癒魔法しか使えないよね』って突き放されちゃった」



 ……いや、むしろ、参加しようとしてたのかよ。



 剣も魔法も攻撃の術がない時点で、倒されるのは確定じゃねえか。



 ……まあ、とはいえ、彼女には"二日目"で大いに活躍してもらわなければならない。



「……って事で、団体戦は、"オレ達4人"で出場って事で良いのか? 」



 パレットの"いじけ"をさりげなくフォローする様に、ツァーキはそんな事を口にした。



 それに対して、全員は頷く。



 実は、今回の"武道会"は、個人戦と団体戦の二日間に渡って行われるのだ。



 団体戦においては、学生全員の参加が義務付けられている。



 この前の"特別授業"同様、4人編成で。



 そこで、友達のいない我々は、必然的に組まざるを得なかったのである。



 ……まあ、変に知らない奴らと組むよりも、すっかり仲間になった彼らとパーティになる方がよっぽど良いわけだが。



「まあ、パーティ戦では、"ヒーラー役"として頼むよ……」



 俺がツァーキの不器用なフォローに付け加える形でパレットを励ますと、彼女の機嫌はすぐに戻った。



「分かったっ! もし死にかけても、いや、"死んじゃっても"、すぐにウチが治してあげるからねっ! 」



 ……妙な返事が返ってくる。



 治癒魔法は本来、死者には通じない。



 つまり、彼女の言っている事は、頓珍漢の他、何者でもないのだから……。



「……まあ、頼んだ」



 いちいちツッコむのにも疲れたので、優しくそう返答。



 こうして、俺達"余り者パーティ"は、再結成されたのであった。



「もし、個人戦でシュウとぶつかっても、悪いが倒させてもらうぜ! 優勝は、オレの手にっ!! 」



 などと、自信満々で拳を上げるツァーキにうんざりしながらも。



*********



 いよいよ、この日がやって来た。



「それでは、学生の皆よ、日々の鍛錬の集大成を大いに奮ってもらおうっ! 」



 学長である"ジヨング"がそう高らかに宣言すると、所狭しと並ぶ場内からは、大歓声が沸いた。



 ……その場所は、以前、俺が猪俣の手によって自分の実力を痛感させられた因縁の地、"ガーディナル王国国王軍訓練場"だ。



 この"卒業式"という名の"武道会"は、国内でも一大イベントの一つの位置付けにあるらしく、スタジアム状の観客席には、多くの観衆が詰め掛けている。



 ……要は、日本で言うところの"甲子園"みたいな位置付けなのだ。



 そんな大衆の前で戦うのは、緊張したりもするが……。



 すっかり整列した列の中にいる俺は、ゆっくりと息を吸い込んで心拍数を整えていた。



 その最中、隣に立つツァーキをチラッと見た。



 ……すると、彼は大会用の模擬刀を握りしめながら、真剣な表情で、まだ誰もいない"来賓席"を見上げていた。



 いつものお馬鹿な態度とは違って。



 なんだか、その顔からは、並々ならぬ決意を感じ取れた。



 そこで、コイツと違うブロックに入った事にホッとする。



 ……だって、今となっては貴重な"仲間"となった彼の志を前にしたら、剣なんて構えられないし。



 とまあ、ツァーキの意外な一面を見たところで、学長の挨拶が終わると、司会を任されている教頭の"アルバ"は、来賓を紹介した。



「今日は、映えある舞台に、国王軍より、二人の"幹部様"がご足労くださった!! 」



 彼の紹介を受けると、スタジアムの最上階の一際豪華な来賓席に、2名の"異世界人"が軍服を纏って現れた。



 ――――その瞬間、俺は固まった。



 何故ならば……。



「まずは、"貫穿かんせん剛槍ごうそう"と呼ばれる、"猪俣音乃様"ぁっ!! 」



 そんな紹介と共に、"戦闘の師匠"が登場。



 正直、その堂々たる様子から、彼女が本当に"国王軍の幹部"であるのだと実感させられる。



 ……だが、それよりも……。



「……そして、"守護の勇者"である、"忍冬 朱夏様"だっ!!!! 」



 ……えっ……?



 その、あまりにも聞き慣れた"名前"を聞いた瞬間、俺は呆然と立ち尽くすしかなかったのである。



 大盛り上がりの会場とは、違って。



 朱夏、なんでここに……。



 俺は、遠くに見える"身知れた彼女"が現れた事に、衝撃を受ける。



 金髪のツインテールに、真紅の瞳、桜の髪飾り。



 幾ら似合わない軍服を纏っても、俺の大好きな"ラノベのヒロイン"には変わりなかったから。



 すると、彼女は颯爽と手を振る中、所狭しと並ぶ学生の中から俺を見つけ出したのか、ピタリと目が合う。



 ……同時に、切ない顔で、ニコッと笑ったのであった。



 しかし、そんな反応に対して、俺は目を逸らした。



 この世界においての明白な"差"を痛感して。



 だからこそ、今の自分の境遇に恥ずかしくなって、俯く事しかできなかった。



 こちらに向かって、大きく手を振る師匠の猪俣にすら。



 ……こんな形で、再会などしたくなかった。



 その気持ちが、全身に"卑屈"な感情を構築してゆく。



 気がつけば、メインの扱いとして現れたリーベ王女の姿など、見ている余裕は無くなっていた。



 だって……。



 だが、その最中、隣のツァーキは、陛下を目の前に、こんな事を呟いたのであった。



「……いつか、必ず貴方の"剣"に……」



 そして、"愛する人"の登場に困惑する中、"武道会"は華々しく開催されたのであった。

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