10項目 宝箱の中身には


 ……汚い倉庫には、そぐわない豪華絢爛な"宝箱"。



 結局、掃除の手を止めて"その魅力的過ぎるモノ"の中身に胸をときめかせていたのであった。



 ……もちろん、俺もね。



 実は、ここ最近、気を張りすぎていたが故、この"補講"という名の"清掃"自体が、案外、気分転換になっていたのだ。


 故に、少し気が緩んだ。



 結果、現在は"中二心"が蘇ってしまったのであった。



「……にしても、これじゃ、そもそもが開けられねえよな」



 ツァーキは、ボックスのある部分を見つめて、悩ましい顔でそんな事を呟く。



 ……そこには、厳重で立派な、正方形の"金ピカの錠"がぶら下がっていたからだ。



 まあ、普通に考えたら開けられない。



 はたまた、ピッキングの技術でもあれば、簡単に解錠出来るのだろうが、この散らかった倉庫から鍵を見つけ出すのには、途方もない時間が掛かるであろう。



 まあ、それなら"掃除"しながら探せよって話なのだが。



 それこそが、最も効率的な気が……。




 ……だが、我が"余り者パーティ"の脳筋は、その思考には至らなかったらしく、宝箱に向けて右手を構えた。



 続けて、思いっきり拳を振り下ろす。



「開かないなら、物理攻撃だっ! おりゃーーーー!!!! 」



 そんな、奇声を上げながら。



「キーーーーン!! 」



 彼の攻撃は"ターゲット"にぶつかると、そんな"金属音"がする。



「い、痛えー!!!! 」



 結果的に、ツァーキの渾身の一打でも宝箱を破壊することは出来ず、それどころか、拳の痺れから苦悶の表情を浮かべて、のたうち回っていた。



 ……マジで、馬鹿すぎる……。



 にしても、彼の殴打は本気だった。



 それでも、びくともしない程に強固な箱の中身って……。



 まあ、仕方がないか。



 彼の情けない姿に苦笑いを浮かべると、俺はパレットの顔を見た。



「あっはは……。治してあげて」



 その言葉に、彼女は「全く、ツァーキさんは子どもなんだから〜」と、珍しくマウントを取れる事が嬉しかったらしく、ドヤ顔で処置を始めたのであった。



 まあ、一瞬だけ、ファンタジーっぽい展開にうつつを抜かしてしまったが、彼の滑稽な様を見て、すっかり冷静さを取り戻した。



 だからこそ、俺は立ち上がると、再び掃除に戻ろうとした。



「……まあ、鍵がなきゃ無理だよね」



 そんな言葉と共に。



 ……すると、すっかり諦めモードになって立ち上がろうとした俺の袖を、アスタロットは掴んだ。



「……待って。鍵ならさっき発見した」



 彼女はそう言うと、俺に"それ"を見せて来た。



 ……いや、だから、先に言えよ……。



 心の声が喉の先まで出かかった。



 だが、なんにせよ、これで俺の中二心は再燃した。



 ……どんなお宝が入ってるのだろうか、と。



 はたまた、とてつもない"禁書"とかが隠されているのかもしれない。



 そんな期待感に胸を膨らませていると、アスタロットは、俺に鍵を渡して開ける様に催促をした。


「ここは、リーダーが開くべき……」



 何故か、俺を"リーダー扱い"する彼女。



 なんにせよ、俺は好奇心に身を任せてその小さな金属を受け取ると、ゴクリと生唾を飲み込んだ。



 すっかり治療を終えたツァーキもパレットも、背後から覗き込む。



「……じゃあ、開くぞ」



 俺は、ゴクリと生唾を飲み込むと、ゆっくりとロックを解除した。



「カチッ」



 どうやら、アスタロットの拾った鍵は、合致していたらしい。



 ……そして、ゆっくりと箱を開いたのであった。



 ――――すると、そこには……。



「えっ……? 」



 俺はその中身とご対面した時に、実に間抜けな声を出した。



「なんだよ、コレ」



 ツァーキは、ウンザリする。



「なんか、カワイイかもっ! 」



 パレットは、ニコニコとする。



 アスタロットは首を傾げる。



 だって、そこには……。



 宝箱の中全体に敷き詰められた紫のふかふかな絨毯の上に、一本の真っ赤な"かんざし"が置いてあったのだ。



 思わぬ形で、"祖国"を感じさせる品とご対面した事で、呆然としたのであった。



「なんで、こんな所に……」



 驚きからそんな言葉を零すと、アスタロットはゆっくりとそれを手に取った。



 続けて、俺に渡す。



「もしかして、この綺麗な棒をご存じ? 」



 その声に、小さく頷いた。



「これは、俺の故郷、"日本"の女性が身につける髪飾りだよ」



 説明を聞いたパレットは、「そうなんだっ! じゃあ、ウチもそれを付ければ、可愛くなれるかな?! 」と、期待に満ち溢れた眼差しで眼前まで近寄ってくる。



 ……だが、そんな彼女を、立派な角の魔族は制止した。



「ならば、コレは貴方が持つべき……」



 そう言われると、俺は"謎のかんざし"を手に取った。



 ――――瞬間、何故か、不思議な感覚が全身を包み込んだ、気がした。



 なんだか、懐かしい気持ちにさせられる。



 同時に、力が漲ってくるような……。



 だが、心当たりのない為、気のせいだと思った。



 その最中、"財宝"の類ではなかった事にウンザリしていたツァーキは、すっかり興味を無くしたのか、こんな事を伝えた。



「とりあえず、中身を確認した事だし、さっさと掃除を終わらせようぜ! 」



 そんな声を聞くと、俺達は本来やらねばならない仕事を思い出して、倉庫の清掃を再開したのであった。



 "かんざし"をポケットに仕舞った後で。



 ……結果的に、パレットのポンコツも相まって、6時間も掛かってしまったが……。



*********



 無事に"補講"を終えた夜、俺は今日も相変わらず、猪俣にボコボコにされていた。



 大切な失った時間を取り戻すように。



 まあ、今日も、全く相手にならない。



 "バウンディ・スネイク"の討伐を経て、少しは強くなったと思ったのだが……。



 それから、立ち上がれない程の殴打を受けた俺は、いつも通り大の字になって倒れ込んでいた。



「痛ってぇ……」



 思わず、そんな声を出すと、彼女は隣に座り込む。



「まあ、簡単には強くなれないって事ですよ。……でも、流石に"実戦"を経たからか、少しは"マシ"になってましたよ」



 励ましとも取れる返答。



 これが、ある種の"気遣い"である事は、すぐに理解できた。



「いやいや、まだまだ到底及ばないよ」



 俺がネガティブな返答をすると、猪俣は素直に褒めた。



「……なんにせよ、あの厄介な蛇を討伐したのは、誇るべきですよ。"補講"を受けさせられたのは、ドンマイでしたが……」



 そこで、素朴な疑問が浮かび上がった。



「……もし、猪俣さんなら、あの怪物を一人で倒せるか? 」



 俺の質問に対して、彼女は「う〜ん」と少し考えると、その後で答えを出した。



「二秒……ですかねっ! 」



 ……やっば。超強えやん。



 先程、倉庫の清掃に掛けた時間を思い出しながらも、"幹部級"の人間の強さを痛感して打ちひしがれた。



「もう、チートじゃねえか……」



 思わずそんな言葉を漏らす。



 すると、彼女は俺に"治癒魔法"を掛けながらこんな事を言った。



「……努力すればあの蛇くらい簡単に倒せるようになれますよ。それよりも、"わざと散らかした"倉庫の清掃をさせられるなんて、不運でしたね」



 ……えっ? 今、この人なんて言った?



「それって……」



 俺がすっかりネガティブな気持ちを忘れて、真顔になると、猪俣はヘラヘラと笑った。



「あそこは、通称"お仕置き部屋"って言いましてですね。悪事や失態を犯した生徒に反省させる為だけに作られた場所なのですよ〜」



 ……つまり、あの倉庫は、反省させる為だけに"人工的"に散乱されただけの無意味な部屋。



 ならば、あの苦労には、なんの意味もなかったと……。



 俺は、その事実を目の前に、ウンザリとせざるを得なかったのであった。



「軍も、趣味が悪いな……」



 そんな風にしなだれていると、俺はあの"かんざし"について思い出した。



 だからこそ、すっかり自由になった身体でポケットからそれを取り出すと、彼女に見せた。



「清掃の最中、こんな物を見つけたんだけど、何か心当たりはある? 」



 そう告げられたのに対して、猪俣は首を傾げながら真っ赤な祖国の品をマジマジと見つめた。


「いや、分かりませんね。もしかしたら、過去の日本人が残した物かもしれません。でも、特に"魔法やスキル"と言った作用は感じられませんし、せっかくだったら、貰っちゃって良いんじゃないですか? 見た所、とても美しいですし。いずれ、"忍冬さん"にプレゼントするとか……」



 彼女からの言葉を聞くと、俺はホッとする。



 もし、この品に危険な作用があるのならば、すぐにでも手放すべきだと判断したから。



 ……にしても、何故、あんな豪華な宝箱に入っていたのだろうか……。



 それに、あの時の"感覚"って……。



 そんな疑問を持ちつつも、猪俣の提案である『いつか朱夏にプレゼントする』という目標は、悪くないと思った。



 きっと、この綺麗なかんざしは、彼女に似合いそうだし……。



「分かった。これも何かの縁だし、大切にさせてもらう事にするよ」



 俺がそう言って、もう一度、それをポケットに仕舞い込むと、彼女はニコッと笑った。



「……じゃあ、再開しましょうか」



 こうして、俺にはもう一つの"目標"が出来た所で、再び、幹部との"秘密の特訓"は始まったのであった。

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