9項目 キッチリと、天然と、のんびりと、


 特別授業を終えて、無事に士官学校への帰還を果たした俺達"余り者パーティ"は、バウンディ・スネイク討伐を報せると同時に、教官室へ呼ばれていた。



 ……その最中、一人の男がやかましく騒ぐ。



「はぁっ!? なんでだよっ!! 」



 ……ツァーキだった。



 ブライネは、そんな言葉に苦笑いを浮かべる。



「仕方がなかろう。確かに、"上層部"がいう事も間違えておらん。本来、格上の敵が現れた場合は、撤退するのが基本。それを考えれば、"課題の失敗"を告げられるのは、当然の話なのだよ」



 ……彼は、帰宅の際、俺たちの勇敢な戦いを讃えてくれた。



『将来、我が国を担う生徒の将来性を感じたよ』



 などと、言いながら。



 ……だが、やはり突発的な危機であったとは言え、無謀な挑戦だった事は、否めなかった。



 それに……。



「何よりも、アスタロットが使う上級魔法、"空間転移"を利用すれば、簡単にその場を切り抜けられたであろう」



 教官に"図星"を突かれると、俺達はぐうの音も出なくなった。



 あの時、彼女が操った魔法。



 それは、俺が知らないものだった。



 どうやら、魔術コースでも使用出来るものが限られている高等なモノの一種らしく、術者の魔力に応じて、移動する距離が決まるとのこと。



「……まあ、ダンジョンの出口までなら、容易く転移できた」



 アスタロットが、ブライネの発言に対してそう付け加える。



 ……実に、間抜けな話だ。



 あの場面ですぐに"空間転移"を利用していれば、特に戦闘などに発展する事もなく、逃げ帰れたのであるのだから……。



「そういうのは、先に言えよ……」



 俺が、教官と同じく苦笑いを浮かべると、何故か、彼女は「ウフフ……」と、得意げに微笑んだ。



 ……すると、そんな"詰み"の状態の中、もう一人の"おバカさん"が熱く語り出す。



「で、でも、でもだよ?! オバラくんも、ツァーキくんも、アスタロットちゃんも、みんな、みーんな頑張ったから、あの化け物を倒せたのっ! それは、賞賛に値するんじゃないの?! 」



 パレットは、何故か、ドヤ顔で小さな胸を張りながら、やかましく説明をする。



 ……それに対して、ブライネは大きくため息をついた。



「……あのな、お前達。確かに、バウンディ・スネイクを学生が倒すなど、なかなか聞かない功績ではある。でも、やはり、上からしたら"戦地で命令に背く可能性"があると判断されるのが当然。懲罰を受けずに、"補講"で済んだだけ有り難く思え」



 彼がそう言うと、これ以上、抗うことは"退学になるかもしれない"と判断した。



 ……そうなったら、俺達は……。



 だからこそ、騒がしいツァーキとパレットの二人の間に割って入り、ペコっと頭を下げる。



「分かりました、教官。今回の"暴挙"の責任を取り、4人で"補講"に務めて参りたいと思います」



 その言葉に、彼らはすっかり冷静さを取り戻した。



 いや、"退学処分"が脳裏を掠めたのだろう。



 すると、ブライネは規律よく生やした髭を二、三回摘んだ後で、概要を説明し始めた。



「……では、備蓄庫の"整頓"を頼んだ」



*********



 ガーディナル士官学校の校舎から数百メートル離れた"体育倉庫"程の小屋に辿り着いた俺達は、中に入ると呆然とする。



「き、きったねぇ……」



 薄暗い室内の中に乱雑に散らばった剣や盾、兜や鎧などは、何年も手を付けていないかの様に、埃まみれになっていたのだ。



 ……いや、これを整理整頓とか、"補講"でも何でも無くない?



 ただの、"罰ゲーム"でしょ。



 俺は、そんな事を思ってしまう。



 だが、軍への入隊を希望する以上、こなす以外に選択肢は無かった。



 故に、諦めた。



「……まあ、そう言ってても始まらないし、さっさと終わらせようか」



 俺がツァーキを宥める様にそう告げると、パレットは何故か目を輝かせながら張り切っていた。



「そう来なくっちゃっ! ウチ、あの時の戦闘では全く役に立たなかったから、このお掃除を通して、挽回するねっ! 」



 嬉々として、ポケットからハンカチを取り出すと、三角巾の形にして頭に巻き付ける。



 ……ホント、この娘は切り替えが早いな。



 それに対して、「く、クソ、なんで"武功"を上げたのに……。とりあえず、早く終わらすぞっ! 」とか、ブツブツ文句を言いながらも、ツァーキは渋々、"補講"を受け入れた。



 そんなこんなで、相変わらず、"チグハグなチームワーク"の中、清掃は始まったのであった。



 ……壁にもたれ掛かって、昼寝を始めるアスタロットを除いて。



*********



 ……"補講"を始めてから約一時間が経過した。



 進捗状況はと言うと……亀レベル。



 俺は元々、一人暮らしという事もあって、手際良く武器を分別しながらも清掃をこなしていた。



 意外な事に、ツァーキも"綺麗好き"な一面がある様で、散らかる書類や魔導書を丁寧に片付けて行く。



 なんでも、"ある場所"に仕えているが故、だそうだ。



 そこについては教えてくれなかったが、まあ、彼の活躍は、この"罰ゲーム"において、かなりの功績をもたらす。



 ……しかし、そんな俺たちの活躍を、無意味にする者が、一人いたのだ。



 ――――「キャッ!!!! 」



「ガシャンっ!!!! 」



 もう何度聞いたのかもカウントしたくなくなる程の、物にぶつかる音。



 その張本人は、紛れもなく"パレット"だったのだ。



 彼女は、俺とツァーキが武器や書類の仕分けを行う傍ら、箒による掃除をしていた。



 ……だが、何故か掃けば掃くほど、散らかって行ったのである。



 故に、俺達の頑張りは、すぐにリセットされる。



「あいたた……」



 今も、先程収めたばかりの兜に当たって棚をひっくり返した結果、頭をぶつけた様で、涙目になって座り込んでいる。



 ……想像を超える、"ポンコツ"っぷりだ。



 よくラノベなんかに現れる"ドジっ子メイド"を彷彿とさせる行動。



 俺は少しだけ、そんな"あまり褒めるべきではない状況"において、ファンタジーを感じてしまったのだ。



 だからこそ、彼女を叱る様な真似をする事はなかった。



「……大丈夫か? 」



 そっと手を差し伸べると、パレットは申し訳なさそうにしていた。



「ご、ごめん。ウチ、もっと頑張らなきゃいけないのに……」



 一生懸命に動いた結果、邪魔になっている事に対して、反省している。



 ……その様子を見ていると、親近感が湧いた。



 以前、俺は元の世界で同じ様な経験をしたから。



 朱夏を幸せにする為に奔走したときに、『良かれ』と思って取った行動が空回りを続けた結果、逆に彼女を深く傷つけてしまった過去を。



 だからこそ、"当時の自分"を彼女に投影させると、どうしても見捨てられなかったのだ。



 故に、入学当初から付き纏って来るパレットを甘やかしてしまう。



 これは多分、良いことではない。



 ……だが、不器用にもピュアに進む姿を、見守りたくなるのだ。



 まるで、親戚の子どもみたいに。俺はまだ高校生だけど。



「……じゃあ、逆に次からは"頑張らないで掃除してみる"ってのは、どうだ? 」



 俺がそんな助け舟を出すと、彼女の瞳は「パァッ」と明るくなる。



「分かった! オバラくんの言う通り、『頑張らないように、頑張る』ねっ!! 」



 ……本当に、純粋だ。



 後、頑張っちゃってるじゃん、それ。



 そんな気持ちで、少しだけホッコリとした気持ちになっていると、ツァーキは大きなため息をつく。



「……おいおい、オバラ。コイツをあんまり甘やかすんじゃねえよ。もう、何度目だよ、"やり直し"は」



 ほとほと呆れた様子で、ウンザリとする彼。



 ……すると、パレットは口を膨らませて怒っていた。



「次からは、頑張るもんっ! そんな酷いこと言わないでよっ! 」


「何言ってんだ、オメエは!! あんまり邪魔ばっかりしてると、そろそろキレるぞ!! 」


「うるさい、うるさいっ! 散らかしちゃったのは悪いと思ってるけど、怒るのはナシでしょ! 」


「なにを〜!? 」



 両者が睨み合って、喧嘩を始めた。



 ……これは、流石にまずい気がする。



 止めないと、せっかく一緒に冒険をした仲間が……。



 そんな風に、慌てて間に入ろうとする。



 ――――しかし、その時だった。



「……アレ、こんな所に、なんで"宝箱"が……」



 すっかり眠りから覚めて、当てもなく倉庫内をウロウロとしていたアスタロットは、いきなりそう口にする。



 すると、その"宝箱"という言葉に、二人の言い合いはピタリと止まった。



 ……まるで、『おやつの時間だよ』と言われた時の、兄妹みたいに。



 それから、目を輝かせるパレット。



「えぇ〜? それってもしかして、"財宝"とかが入ってたりして……」



 彼女の発言に、需要のない"ツンデレ"を発揮しだすツァーキ。



「べ、別に興味はねえけど、一流の軍人になる上で、中身を確認しねえ訳には行かねえよな」



 ……何故か、二人の意見は纏まった。実は仲良しなんじゃないか?



 後、俺も少しだけ、元いた世界での"ロールプレイングゲーム"を思い出して、ワクワクした。



 それから、全員で顔を合わせて頷いた後で、「こっちこっち……」と、手招きをするアスタロットの元に身を寄せる。



 ……そこで見たものは……。



 なんと、四方に宝石が散りばめられた、如何にも"お宝"が眠っていそうな箱があったのである。



「こ、この中には、一体……」



 そんな風に、我々"余りものパーティ"は、一際"異彩"を放つその宝箱の魅力に取り憑かれてしまったのであった。



 ……掃除など、すっかり忘れた状態で。

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