8項目 不規則なチームワーク
「……それで、どうすれば良いと思う? 」
俺は、殺意に満ち溢れたバウンディ・スネイクと距離を取りつつ、アスタロットにそう問いかける。
それに対して、彼女はある説明を始めた。
「これは、昔、魔術を学ぶ中で素材となる"動物の生態"について調べた時の話。よく見ると分かるが、鼻と口の間に小さな"窪み"がある。そこはヘビが熱源を感知する"ピット器官"と言って、敏感な部分だから、そこを突けば……」
冷静な口調でそう呟くと、俺は敵の顔に目を凝らした。
……すると、確かに、彼女が指定した位置に、小さい"凹み"が何点かあったのである。
それに気がつくと、アスタロットが言っていることに賭けられるかもしれないと判断。
……だが、的が小さすぎた。
見た感じ、一つ一つが10センチと言ったところ。
俺と同様の速度で動く生物の"急所"をピンポイントで射抜くにしては、難易度が高い。
せめて、俺から意識を逸らしてくれる"盾役"がいれば……。
……悩むのも束の間、遠目でパレットからの治療を受けていたツァーキがすっかり立ち直ったのか、剣を構えているのを確認した。
それを見て、"これしかない"と思ったのである。
……立ち直ってすぐで悪いが、もし、一瞬でも蛇の動きを止められれば……。
俺はそう考えると、アスタロットにこう問いかけた。
「さっきの"一瞬で移動できるアレ"で、ツァーキの所まで移動出来るか……? 」
その言葉に、彼女は頷いた。
「可能……」
同時に、彼女は、何故か突然、俺を抱きしめた。
「ど、どうした、いきなり」
ちょっとだけ照れる。
だって、この魔族、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでるし、間違いなく"美貌"は士官学校でもトップクラスだから。
……そんな風に、状況にそぐわず"胸の高鳴り"を感じるのも束の間だった。
――――「ヒュン」
聞き慣れない音と共に、気がつけば、俺とアスタロットは、ツァーキとパレットの目の前に転移したのであった。
同時に、彼女は敵の警戒を危惧して、フロア内部を照らしていた灯りを消す。
「す、すげぇ……」
俺は思わず、そんな事を零す。
すると、暗がりの中、突然、瞬間移動をして来た彼女との"抱擁"を見たパレットは、状況とは全くかけ離れた怒りを見せた。
「ち、ちょっと、オバラくんっ! 何を、抱きしめ合ってるのっ! そんなの、破廉恥だよっ! ウチも頑張ったんだから、ハグしてっ!! 」
怒りながら両手を広げる姿は、まさに、子どもそのものだった。
しかし、今はそこをツッコんでいる暇はない。
それに、バウンディ・スネイクの方は、突然消えた俺達を、憤慨しながら探している。
ここなら、奴がアスタロットの言う、"熱源感知"が出来ない距離にあると、ハッキリと分かった。
ならば、この隙に、早く作戦を伝えねば。
だからこそ、アスタロットのハグから離れると、俺は呆然とするツァーキにこう指示を出した。
「生き返ってすぐで悪いんだが、もう一度、アイツの気を逸らせるか? 出来れば、一瞬で良いから、動きを止めてもらえると助かる。その隙に、俺がヤツの"弱点"と思われる部分を矢で射抜く」
俺が、若干の警戒をしながら尋ねる。
ぶっちゃけ、ここでも意地を張られたら、流石に……。
……だが、今回の彼は素直だった。
「まあ、仕方ねえな。さっきは、バカ正直に突っ込み過ぎて反省してる。今度こそはしっかりと"お前の言う通り"にしてやるよ」
その言葉に、ホッとする。
……すると、そんな俺達のやり取りを聞いたアスタロットは、こんな提案をした。
「それならば、ツァーキには、ワタシの秘術である"ライフロック"を掛けよう。これは、一定期間、"致死量のダメージ"を受けても生きられると言うもの。……ただ、痛みは伴うので、ショック死の可能性はあるから気をつけるべき」
そんな説明に対して、彼は大きく頷いた。
「それは、願ってもねえっ! やれる自信が出て来たぜっ! 」
ニコッと笑いながら、得意げに豪語した。
……少しだけ心配だった。コイツは、あまり賢い振る舞いが出来ないのを知っていたから。
でも、ツァーキは、遠くで「ドシン、ドシン」と、恐怖の音を立てる大蛇の方を見つめながら、俺に向けてこう告げたのである。
「オレも、さっきの件で反省しているんだ。それに、お前の戦いを遠くで見させて貰った時、気が付いたんだ。『勇敢なヤツだ』ってな。だから、一緒に倒そうぜ、あの化け物を」
その言葉を聞いた時、俺は少し反省する。
……ツァーキという男の"本性"を見誤っていたのだと。
だからこそ、信じる事にした。
「ああ。みんなで生きて帰ろうっ! 」
そう言ったのをキッカケに、俺とツァーキは"身体強化魔法"を掛けてもらう。
加えて、彼は"ライフロック"の効果を付与された。
よし、準備は万端だ。
……すると、その最中、パレットは俺の袖を掴んで俯きながら、こんな事を呟いた。
「……ごめんね、何も力になれなくて。ウチも、もっと戦わなきゃいけないのに……」
その言葉に、小さく首を振る。
「いや、ツァーキの命を助けた時点で、一番の功労者はお前なんだよ。だから、また誰かが死にかけたら、治療を頼んだぞっ! 」
俺の励ましを聞いて、彼女は微笑んだ。
「オバラくんは、優しいんだね……。分かった。でも、死なないでね」
彼女の"釘刺し"に頷く。
……そして、すっかり覚悟を決めると、俺達は作戦を開始したのであった。
まずは、すっかり真っ暗だったフロアの明かりをアスタロットが灯す。
同時に、視界が開けたのを合図に、ツァーキは大声を放って走り出した。
「この、クソ蛇っ!! さっき殺しかけたオレならここにいるぞー!! 」
彼は、敢えて注意を向けられる様に、わかりやすく突進する。
……その姿を発見したバウンディ・スネイクは、名の通りの轟音を放ちながら大きなジャンプと共にツァーキへと突進をして来た。
ここまでは、さっきと同じ展開。
だが、今回は違った。
ツァーキは、本来持っている俊敏さを駆使して、軽々と敵の攻撃を避ける。
「どうだ、ゴルァーーーー!!!! 」
いちいち中二っぽいのは引っかかるが……。
この速度があれば、毒攻撃は免れる。
あとは、相手の隙を作る方法を……。
そう思っていた矢先、彼は、何かを企んでいるかの様に、先程と同じく胸元に入り込むと剣を撃ち込んだ。
すると、蛇の方も毒が"治癒"されてしまう事を学んでいたのか、今度は、彼に尻尾で絡まり始めようとする。
まあ、この動きなら、避けられ……。
……しかし、彼は決して逃げなかった。
「さあ、来やがれっ!!!! 」
むしろ、両手を広げて積極的に、攻撃を受けようとしていたのだ。
同時に、ツァーキの身体はすっかりヤツに拘束されたのだ。
「ち、ちょっと、待て……」
俺は、炎の魔法を凝縮させた矢を引きながら、そう動揺する。
いくら、"ライフロック"でダメージ量が低下しても、流石にアレは……。
……だが、そんな仲間の窮地を憂う俺に対して、アスタロットは淡々とこう述べた。
「今、彼は命を懸けて時間を作ってくれている。それを無駄にしちゃ、ダメ……」
その言葉に後押しされると、俺はハッと我に帰って機運を伺った。
……だが、標的が定まらない。
拘束を重ねつつも、ヤツは、まだ辺りへの警戒を怠っていないからだ。
でも、このままじゃ、ツァーキが……。
――――すると、そんな時だった。
「ざ、ざまあ、み、ろ……」
彼は捻り出した様にそう呟くと、締め付けでコントロールの効かない声で、"ある詠唱"を呟いた。
「サンドスクリーム……」
同時に、周囲に転がる死骸は、まるで大地に帰ってしまったかの様に、"砂"へと形を変えてゆく。
続けて、それは数本の帯状に纏まってゆき、地面を這う。
それから、蛇の首の辺りを拘束し出したのである。
正直、その様な脆弱な魔法で"絞め殺す"のは無理。
……だが、"隙"を作るのには、充分だった。
動揺から、バウンディ・スネイクの動きは止まったのである。
彼の勇気ある行動が作った行動のおかげで。
そう思うと、俺は先端に最小限まで炎を込めた後で、その小さな"的"を目掛け、躊躇なく矢を放ったのであった。
……昔から、自信がある"コントロール"を駆使して。
熱源に敏感なら、炎ほどの熱気には、耐えられないはずだ。
だから、当たってくれ……,
願いを込めた真っ赤な矢は、空気を切り裂きながら、グングンと進んで行く。
絞め付けのせいで、すっかり気を失っているツァーキ。
……お願いだ、じゃないと……。
――――すると、念願叶ってか、俺の矢は寸分の狂いもなく、ヤツの急所に当たったのである。
「グサっ」
そんな小さな音が一瞬だけフロアを支配する。
暫くすると、途端に、バウンディ・スネイクは、耳を覆いたくなる程の"呻き声"を上げた。
「シ、シャーーーーー!!!! 」
ヤツは、耐えかねぬ"痛み"から、ツァーキを乱暴に吹き飛ばすと、暫く、のたうち回ったのである。
そんな時間が暫く続く。
――――そして、すっかり暴れ回った大蛇は、最後に大量の血を吐いた後で、ピクリとも動かなくなったのであった。
戦闘が始まってから、ずっと、劣勢だったのが、まるで嘘のように……。
「お、終わった……のか……? 」
俺は、泥だらけの身体で、思わず、その場で膝から崩れ落ちる。
張り詰めた空気から解放されて、腰を抜かしてしまったのだ。
……だが、まだ……。
そう思っていると、背後に控えていたパレットは、慌てて「ツァーキさぁ〜んっ!! 」と叫びながら、彼の治療へと向かった。
俺も、功労者である彼の安否が気になって、急いで向かおうとする。
「ツァーキ、よく頑張って……」
……だが、その瞬間、"身体強化魔法"の効力が消失した。
同時に、俺は動けなくなった。
どうやら、体力はとうに限界を超えていたらしい。
……おい、ツァーキ、死なないでくれよ……。
……しかし、そんな俺の心配をよそに、すっかりと処置を終えたパレットは、俺に対して、"グッドポーズ"を示したのだった。
「……これで、もう大丈夫だよっ! 」
彼女の"無事"の知らせを聞くと、俺はホッと胸を撫で下ろす。
すると、アスタロットは、ヘナヘナになって座り込んだ俺の対面にしゃがみ込んできた。
それから、初めて"笑顔"を見せたのであった。
「誇るべき。みんなの力で、勝ったんだ……」
……この声を聞いた事で、俺は初めてバウンディ・スネイクを"我々だけ"で討伐できた事を、実感した。
同時に、パレットは亡骸となった大蛇をツンツンと棒で突いた後で、万歳のポーズで勝利を喜ぶ。
「やったー!! 勝ったんだ〜!! 」
……だが、俺はあんまり喜べなかった。
何故ならば、反省する点が多すぎたから。
それに、まだ気を失っているツァーキを、二度も死の淵に立たせてしまった。
……これは、然るべき問題だ。
もし、今回よりも危険な境遇だった場合、間違いなく犠牲を出していた訳だし。
要は、"偶然勝てた"のだ。
だからこそ、もう一度、気を引き締めた。
……もっともっと、頑張らないと。
じゃなきゃ、"アイツの隣"には、辿り着けないのだから。
そんな意気込みを持つと、俺は身体の限界を痛感して、「ドサッ」と、その場に倒れ込む。
……その中でも、初めて経験した"パーティでの実戦"を通して、また少しだけ成長出来た気がしたのだった。
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