7項目 守護の勇者と学生風情


 ――――「おいっ!! "スキル"来るぞぉ!! 」



 南部国境都市、サウスモカ付近に突如現れた"ヴィクトリーナ国"の異世界人2名。



 完全武装という訳ではない"普通の格好"をしている。



 彼らは、防衛の為に監視を続けていた数千人の"ガーディナル王国国王軍"を前にしても、特に気負う雰囲気はなかった。



 何故ならば……。



 糸目で不適に笑う一人の青年は、彼らを見るや否や、全身から"真紅"の膨大なオーラを放った。



 それを危惧した指揮官は、慌てて「放てぇー!! 」と、魔法や弓矢を撃つ指示を出した。



 七色の光を放つ大量の攻撃は、彼ら2人一点に集中する。



 ……しかし、その攻撃は、青年の背後に立っていた青髪ロングヘアーの少女が前に立った瞬間、勢いを失う。



「無駄だね……」



 そう呟いた彼女は、すっかり目の前に立ちはだかった脅威に対して、そっと右手を広げる。



 すると、数万を超える攻撃一つ一つに蜘蛛を連想とさせる"粘糸"の様な何かが絡まって行く。



 ……そして、音を立てる事なく彼らの会心の一撃は、"無益なモノ"になってしまったのであった。



 途端に黙り込むガーディナル国王軍。



 たった一人の人間によって、余りにも一瞬で"力の差"を見せつけられてしまったから。



 すると、相変わらず真っ赤に包まれている青年は、まるで、"何かの準備"を終えたかの様にニコッと笑う。



「……さあ、通してもらうよ」



 そう呟くと、彼のオーラは形を変えて行く。



 まるで、自我を持った様に。



 その不可解な現象が終わった時、国王軍は絶望した。



 ……何故ならば、その真紅のオーラは、気がつけば、一匹の巨大な"龍"の様な形に変わっていたから。



 地面に芽吹く草原は、その"仮想生物"の業火によって、燃やし尽くされて行く。



「ま、まずいぞ……」



 指揮官は、全身を震わせながら、思わずそう呟く。



 しかし、何も気にする様子を見せない青年は、口元を緩めながらこんな事を口にした。



「……じゃあ、さようなら」



 そう呟くと、焦りから統率を失った軍に向けて、その"危険すぎる攻撃"を放ったのであった。



 同時に、勢い良く進む"龍"。


 防衛の為に掘られた水を溶かし、周囲の木々を焼き尽くしながら進んで行った。



 一度触れれば、"死"よりも悲惨な状況が待ち構えている。



 それは、"現実"を見れば一目瞭然だった。



「も、もうだめだ……」



 兵士の中からそんな声が点在した。



 ――――だが、諦めかけたその時。



「ドォーーーーン!!!! 」



 その龍の様な形をした攻撃は、"何か"と衝突すると同時に、激しい轟音を放ったのである。



 慌てて目を開く指揮官。



 ……そして、眼前で広がった景色を見つめて、安堵したのであった。



「守護の勇者様……」



 彼は表情を緩めてそう呟かざるを得ない。



 ……何故ならば、青年の放った"龍"は、まるで神が降臨したかの様に街全体を包み込んだ"純白のバリア"によって、見るも無惨に消失したからだ。



 同時に現れる、金髪のツインテールには似合わない"褒章だらけ"の軍服を身に纏った一人の少女。



 彼女は、焼け爛れた"焦げ臭さ"を放つ周囲を見た瞬間、小さくため息を吐く。



 それから、動揺する二人の"スキル持ち"を睨み付けて、こう呟いたのであった。



「……これ、アンタらがやったのは間違い無いわね……」



 その声を聞いた途端、青年は舌打ちをした。



「チッ。まさか、こんな"大物"を呼び付けるとは……。おいっ。撤退だ」



 そう呟くと、彼らはブレスレット状の"魔道具"を使って、足早にその場から消え去ってしまったのであった。



 すっかり居なくなった"脅威"。



 ……それを確認すると、国王軍は沸いた。



「「「やったー!!!! 」」」



 そう、街を脅かす"悪魔とも取れる存在"は、たった一人の少女によって撃退されたのだ。



 ……だが、そんな"武功"に対しても、彼女は浮かれる事はなかった。



 むしろ、震えていたのである。



 そして、すっかり"窮地"を救った少女は、ボソッとこんな事を呟いたのであった。



「……怖かったよ、周……」



 思わず口から出た"弱音"が歓声に掻き消されると、彼女は泣きそうな気持ちをグッと堪えてサウスモカを去ったのであった。



*********



 バウンディ・スネイク。



 この魔獣についての情報は、入隊の為の勉強の中で、学んだ事がある。



 ……ヤツの強さも。



 正規軍の小隊でやっと倒せる程の存在だ。



 これが何を意味するか。



 ……つまり、学生4人程度で倒せる様な"タマ"ではないという事。



 何故ならば、過酷なカリキュラムを終えて、戦闘の為に心血を注ぐ軍人数名がかりでも手こずる相手なのだから。



 だが、奴はもうすでに、俺達を"標的"にしているのは視線や"殺意"からすぐに感じ取れた。



 今も、機会を伺って、睨みを効かしているし。



 ……正直、勝つのは難しい。



 ならば、どうやって、ここから逃げ帰るか。



 俺は、そんな事ばかりを考えていた。



 たとえ、気を逸らしたとしても、"速さ"で回り込まれるだろう。



 アスタロットの"身体強化魔法"を駆使したとしても、全員での脱出は不可能。



 かと言って、気を逸らす為に何かのモーションを掛ければ、ヤツを象徴する"猛毒"を放たれて、全滅しかねない。



 そうなったら……。



 教科書には"弱点"についての記述がなかった。



 簡単に"攻略法"を教えると、軍人としての成長に繋がらないという学校の方針からだ。


 

 もし、俺が教官に"それ"を聞いていれば、少しは状況が変わっていたであろう。



 ……これは、俺のミスだ。



 そんな風に反省している間にも、バウンディ・スネイクは、俺達との間合いをジワジワと詰めてきていた。



 ……やはり、勝てるわけがない。



 逃げられる可能性も薄い。



 ……いや、考えるんだ。



 弱い奴は、弱い奴なりに、頭を働かせて状況を打破せねばならない。



 俺はそう思いながらも、数多の死骸にすら臆することが無かったパレットが震えているのを見て、心は焦りを抱き始めた。



 ――――だが、そんな時だった。



「うおーーーー!!!! オレは、ツァーキっ!! お前を倒して、"武功"を上げてやるっ!! 」



 思考が足枷となり身動きが取れない俺を無視するかの様に、ツァーキは震える体で馬鹿正直に真正面から"巨大な蛇"に向かって走り出して行ったのである。



「お、おいっ! 待て!!!! 」



 慌てて引き留めるも、彼が足を止める事は無かった。



 そこで、戦闘を避けられなくなる事を悟ったアスタロットは、フロア全体に眩い明かりを灯したのである。



 そして、視界が開けると同時に、不意を突いて敵の懐に入った彼は、思い切り武器を振り下ろした。



「キンッ!!!! 」



 ……だが、強固な鱗がツァーキの攻撃を無にしたのであった。



 すると、蛇はすぐに反撃に出た。



 すっかり間合いに侵入した彼に向けて、口から"紫色"の液体を放ったのである。



 それが全身を包み込んだ途端、彼は悲鳴を上げた。



「う、うわぁーーーー!!!! 」



 そう叫ぶと共に、苦しみから地面でのたうち回る。



「ど、毒……。このままじゃ……」



 俺はそう思うと、急いで残りの二人に指示を出した。



「すまないっ! アスタロットは、"身体強化魔法"を掛けると共に、二人の守護をっ! パレットは俺が気を逸らしている間に、ツァーキの救済に当たってくれ! 」



 その声に、彼女達は頷いた。



 同時に、普段無口な彼女は早口で詠唱を唱えた。



 パレットも、覚悟を決めたように杖を握りしめている。



 それからすっかり俺の身体全体が軽くなった事を確認すると、できるだけ遠くに離れた上で、弓を引いた。



「おいっ、クソ蛇っ!! 敵はこっちだぞっ!! 」



 そう叫ぶと、ヤツは苦しんでピクピクとするツァーキを食べようとする動きを止めると、今度は俺を睨み付けた。



 ……その瞬間、敵の右目を目掛けて、"火の魔力"を練り込んだ弓矢を放ったのである。



 だが、想像以上にスピードのあるバウンディ・スネイクは、簡単にその攻撃を避けた。



 同時に、大きく口を開いたまま、目にも留まらぬ速さで俺に襲いかかって来たのだ。



 身体強化を施した事で、避けられた。



 しかし、空振りした地面は、その攻撃の"規模"を物語る様に、深い抉りを作っていたのである。



 その事実に対して、ゾッとした。



 ……正直、猪俣との"地獄の特訓"が無かったら、今頃……。



 とは言え、いつの間にか、彼女の一方的な攻撃を受ける中で、動体視力が高まっていたのに気がついた。



 そう思うと、俺は一度間合いを取る。



 ……速さだけなら、ついて行ける。



 あとは、どうやったら倒せるかだ。



 その最中、ツァーキの方に目をやった。



 ……すると、パレットの治癒魔法が効いた様で、「く、クソ……」と、小さく呟きながらも生存している事を確認出来た。



 しかし、それにホッとしている時間を、巨大蛇は与えてくれない。



 今度は、何度も、何度も、先程の"猛毒"を放って来たのだ。



 それを避けると同時に背後に回り、護身用に携えていた脇差を抜いてヤツを切り裂こうとした。



 ……でも、やはり弾かれた。



 身体強化を駆使しても、尚……。



 どうしても、致命傷にならない。



 ……そこからは、蛇の攻撃を避けつつも、闇雲に短剣を振る事しか出来ない。



 バウンディ・スネイクは、哀しくなる程に、無傷。



 次第に、消耗してゆく身体。



 だが、魔物の方は、無尽蔵な体力で俺に襲いかかって来ていたのだ。




「シャーーーー!!!! 」



 などと言う、雄叫びを上げながら。



 ……正直、ジリ貧だった。



 それから、俺は荒くなった呼吸の中で、再び距離を取った。



 ……ま、まずいな。



 これでは、俺が疲弊した隙に、やられてしまう。



 きっと、そうなれば、次はあの3人が標的になるだろう。



 そう思って、解決の"糸口"が見つけられずにいると、俺の隣に、スーッとアスタロットが現れた。



 ……今、どうやって、ここまで……。



 だが、そんな困惑の気持ちをかき消す様に、彼女はボソッとこんな事を口にした。



「……もしかしたら、"アソコ"を突けば、倒せるかも」

 

 

 無表情の彼女は、殺意満載で睨みを利かせるバウンディ・スネイクの"ある場所"を指差した。



 ……その場所は……。



 そう思うと、一度呼吸を整えると、不思議すぎる魔族の言葉を信じる事にした。



「と、とりあえず、やってみるよ」



 彼女は、俺の決心に対して、静かに頷いた。



「後方支援は、任せて」



 そして、思わぬ形で始まった戦闘は、アスタロットとの意思疎通が取れた状態で、"第二部"へと突入したのであった。

  

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