6項目 残り者たちのダンジョン


「では、皆、ここからは気を引き締めて行けよっ! 」


 引率の教官である"ブライネ"は、俺たちに対して、そう忠告をした。



 ……ついに、この時が。



 ガーディナル士官学校に入学してから半年とちょっと。

 俺達はある"特別授業"を受ける為に、王都"セイントブレア"から離れて、郊外の森にやって来ていた。



 そこには、過去の遺跡があり、魔物が吹き溜まった、いわば、"ダンジョン"とも言える場所だ。



 今回は、学生である俺達でも危険が少ない"調査済み"の迷宮への潜入を指示されたのである。



 ミッションは、近隣の村の農作物を食い荒らす繁殖期の"モス・ラット"の討伐。



 基本的に、しっかりと連携を取って、適切な手順を踏めば、簡単に倒せるという、"チームワーク"が求められる課題なのだ。



 これは、剣術コースと魔術コースから2名ずつの計4名に分かれて、各々の役割を決めた上で、実習を開始する。



 ……簡単に言えば、初めての実戦だ。



 各チームは、国内で抱える軽微な問題を、"課題"として引き受けていて、俺の所属するパーティは"この遺跡"だったと言う訳だ。



 そんなステップアップに繋がるイベントを前に、気を引き締める。



 ……のだが。



 外でブライネ教官と別れてから、薄暗いダンジョンの入り口を潜り抜けてから暫くの話。



「ケッ、なんで、よりにもよって、お前となんだよ……」


 大剣を背負った短髪の少年"ツァーキ"が、早々に嫌味を放って来た。


「…………」



 横には、頭の両側に立派な"ツノ"を生やした黒髪ロングの魔族、"アスタロット"が何も喋らずに無表情でジーッとこちらを見ている。



 そんな状況の中、「みんな、仲良くやらなきゃいけないんだよっ! ……ねっ? オバラくん? 」と、聞き慣れた声で確認を取る小さな少女。



「そ、そうだな、"パレット"……」



 実は、この3名は、今回のモス・ラット討伐に当たって、急遽組まれたパーティのメンバーなのだ。



 ツァーキは、馬鹿で粗暴な一面が祟って、ボッチ。

 

 アスタロットは、賢いが無口で奇行が目立つが故、ボッチ。


 俺や、パレットは言わずもがな。



 ……つまり、全員"余りもの"で編成されたって訳だ。



 よくあるでしょ?



『好きな奴らで組んでいいぞ〜』



 ってやつ。



 アレの異世界バージョンって思ってくれれば。泣いてええかしら。



 まあ、何にせよ、俺的には一人でも"友達"がいたから安心している訳だけど。



 ……何にせよ、モス・ラットは、"下級魔獣"とは言え、侮れない。



 攻撃手段が安易な体当たりと、せり出た"前歯"のみではあるものの、体躯は2メートルを超えているし、繁殖力の高さから群れでの遭遇が予測されるから。



 だからこそ、一歩一歩階層を下って行くたびに、緊張感が全身を包み込んで行くのであった。



 ……今日、これから、俺は……。



 そんな風に、胸に手を当てて心を落ち着かせていると、パレットはヒョコッと隣にやって来た。



「これから、楽しみだねぇ〜」



 彼女は、まるで"修学旅行"にでも来たみたいに嬉しそうな表情で、貰ったばかりの杖を振り回していた。


「……いや、"思い出作り"みたいなイベントではないぞ」



 その言葉を聞くと、彼女は分かりやすく「ガーン!! 」となった。



「そ、そうだったねっ! ネズミちゃんには悪いけど、今回は"訓練"の一環だったよねっ! "オバラくん"と一緒になれるのが嬉しくて、思わず舞い上がっちゃったよ! 」



 ……ピュアな笑顔で、くすぐったい事を言い出した。



 朱夏と出会う前の俺だったら、一秒で惚れていただろう。



 ……まあ、おかげさまで、俺のプレッシャーは、少しだけ溶かされた気がした。



 すると、そんな時……。



「これだから、"異世界人"はよ……。下らない馴れ合いはやめろ」



 ツァーキは、ウンザリした表情でそう皮肉を口にした。



 コイツの先程からの態度。



 そこからは、ヤツが俺のような"日本人"をあまり宜しく思っていない事が窺えた。



 何があったのかは知らないが、これだけ分かりやすく敵意を向けられては、良い気分がしないのは事実。



 ……だが、この実戦は、メンバー同士の連携が不可欠。



 故に、我慢した。



「よ、よろしくな、ツァーキ」



 俺が周囲を気にしながらも、そう右手を差し出す。



 しかし、彼は無視した。



 ……若干、イラっとした。



 でも、また堪えた。



 彼には、これから"前衛"として大いに活躍してもらわなければならないから。



 ……実は、事前に作戦を組む上で、四人での会議を開いたのだ。



 その際、俺と彼が剣技の使い手とあって、二人で前衛をやろうと提案したのだが……。



『剣の使い手は、おれ一人で十分だ。お前は、"弓矢"でも持って、後方支援でもしてやがれ』



 この一点張り。



 結局、話は平行線を辿ったので、俺が折れる形になったのである。



 そんな風に、事前からのフラストレーションが溜まった結果、今も尚、パーティの和を乱す言動を繰り返す彼には、苛立ちを覚えざるを得なかったのである。



 アスタロットも、何も喋らんし。



 一応、同じ魔術クラスに所属するパレット曰く、魔術の能力は著しく高く、成績もナンバーワンとの事なので、身体強化や防御などの役割を依頼した。



 その際、何故か小さく頷いた後で「ニヤッ」と不適な笑みを浮かべたのが怖かったが……。



 まあ、勉学の才能だけは突出しているらしいので、多方面での活躍が期待が出来た。ツァーキよりもよっぽど。



 ……そして、パレット。



 彼女は、"治癒魔法"のみの研究ばかりしていたとの事なので、それ以外の活用方法はない。



 ちなみに、人の傷を治す術自体は扱うのは難しく、俺もまだその能力は使えない。


 いつも猪俣にボコボコにされる際は、彼女に治してもらってるし。



 ……まあ、要は、ヒーラー役。



 "別の理由"で気合が入っているのか、買ったばかりの神官風の白衣を身に纏っているのには、何の意味もないが。むしろ、戦闘で目立つからやめて欲しいところだ。



 ブライネ教官にも怒られてたし。



 最後に、俺。



 ツァーキの強い否定を受けた結果、渋々"弓矢"での後方支援に回った。



 正直、これまでの訓練で得た剣の腕を試したい所ではあったが、これはチャンスだと思った。

 入隊後、遠方からの戦闘を行わなければならない状況も多くあるだろう。

 それならば、弓などの技術の習得は、プラスになるはずだ。

 これは、実戦の中で"それを学べる絶好の機会"。



 だからこそ、受け入れる事にしたのである。



 ……とまあ、そんな編成で、ダンジョンを進む。



 バラバラな状態で。



 目的の"モス・ラット"は、地下の5階層に存在していると言う。



 今は、順調に足を進めているのだ。



 ……順調過ぎる程に。



 本来ならば、階層ごとに"魔物"が現れてもいい筈なのだが……。



 約数時間をかけて4階層まで進むも、どこにも脅威は感じられなかった。



「つまんねえなぁ〜。もっと、こう、"デカくて強そうな敵"が現れてくれたら、おれの愛剣"グランドクロス"で一刀両断にしてやるところなのによ」



 ツァーキは、早歩きで足を進めながら、そんな文句を言っていた。



 ……実に、中二病らしい発言と共に。



 まあ、でも、確かにそうだ。



 少し、静かすぎる。



 一体、何が……。



 それに、不思議と地下に降りてゆく度、血生臭い匂いがする様な……。



 そんな違和感を胸に、暗がりの中、アスタロットの灯した光を頼りに進んで行く。



 ……流石に、敵との距離が近づいて来た事で、ツァーキも空気を読んだのか、慎重な足取りになっていてホッとしたのだが。



 そして、教官からの指定を受けていた"第五階層"にたどり着いた。



 奥までは暗くて見えない。モス・ラットの気配もない。



 ……ただ、異常に臭い。




 そんな状況に痺れを切らしたのか、ツァーキは、「誰もいねえか確認して来てやるよっ! 」と、啖呵を切って走り出したのであった。



 続けて、奥の方まで行くと、彼は指先に"炎の魔法"を灯して辺りを確認した。



 ……その瞬間、こんな声を出したのだ。


 

「ひ、ヒィッ!! 」


 先陣を切ったツァーキは、ビクッとしたのである。



 ……んっ? どうした?


 そう思って首を傾げながら、俺も同じ魔法で視界を明るくした後で、よーく目を凝らしながら足を進めた。



 ――――すると、そこに広がっていたのは……。



 なんと、ぐちゃぐちゃに食いちぎられた、"モス・ラット"が点在していたのだ……。



 それも、一体や二体ではない。



 数えきれないほどの。



 そこで、上の階層で魔物が現れなかった理由を痛感した。



 ラットと同様に、先に教官から『各階層で現れる』と聞かされていた多くの魔物の亡骸も、そこにあったからである。



 俺は、その異臭と余りにもグロテスクな絵面を前に、思わず吐きそうになった。



 ……や、やばい……。



 その場で膝をついて口を押さえていると、パレットは俺の異変に気がついて駆け寄ってくると、背中を摩った。


「だ、大丈夫? オバラくん……」


「ご、ごめん……」



 どうやら彼女にはある程度の"耐性"がある様で、目を覆いたくなる光景を前にしても平然としている。


 ツァーキは、俺と同じく絶望の表情をしている。



 背後の、アスタロットは……。



 まあ、いつも通りだが。



 何にせよ、その不可解な状況が、直感的に告げる。



 ……この場所にいるのは、まずいと……。

 


 正直、この数のモンスターを簡単に屠れる存在との戦いなど、どう考えても不利に決まっているから。



 皆を、死なせる訳には……。



 だからこそ、俺は慌てて立ち上がると、「一旦、教官の所へ戻ろう」と、小さな声で働きかけた。



 ……しかし、その提言に不服な顔をする者が、一人いたのだ。



「お、お前の意見なんか聞くかよ……」



 先程まで恐怖に溺れていた筈の彼は、そんな言葉を口にする。



「いや、待て。少し考えれば……」



 ――――だが、そんな"まずい状況"は、"最悪な形"へと移り変わって行ったのであった。



「いや。もう、無理かも……」



 アスタロットは、無表情のまま初めて口を開くと、階層の先の暗闇を指差した。



 ……すると、そこには……。



「シャーーーーー!!!!!! 」



 体長おおよそ5メートルは超えるであろう巨大な"漆黒の蛇"が、雄叫びを上げながら現れたのであった。



 俺は、その存在を教科書で習った事がある。



 国が指定している"危険生物"の一匹として。



「ば、バウンディ・スネイク……」



 呆然としながら、突如現れた"異変の元凶"を目にした瞬間、俺はこの"窮地"から逃れられない事を悟ったのであった。

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