5項目 初めの一歩はごく僅か


「おいおい、聞いたかよっ! 新しく入った【守護の勇者様】が、また東地区の国境にて、"敵国"から領地を守ったらしいぞっ! 」

「聞いたわっ! しかも、容姿も、とても美しいと伺っているわよ! 」

「良いなぁ〜。いつかアタシも、"勇者様"の下で働きたいなっ」



 教室の中からは、唐突に現れた"英雄の功績"を讃えている声が聞こえる。



 ……この、"ガーディナル士官学校"に通い始めてから半年、気がつけば、朱夏はこの国で欠かせない、"軍の要"を担う立場になっていたのである。



 対する、俺は……。



 ほぼ、"ボッチ"。



 昔と変わらずに。



 猪俣と名乗る女に実力の差を見せつけれたあの日、俺はこの学校に通うことを勧められた。



『軍の末席には入れるかもしれませんよ』



 この一言が決め手となって、入学を決意したのだ。



 それから、傷の治癒と共に、"剣術コース"に進むと、"非現実的"な生活はスタートしたのである。



 ……そこで、一つの問題にぶち当たった。



 なんと、ここに通う生徒の中で、異世界人は"俺だけ"だったのだ。



 ガーディナル王国の国民は、女神の慈悲の下、人間も魔族も関係なく平等が教義。



 故に、クラスメイト達の中には、ツノが生えた魔人が居たり、耳が頭に付いた亜人と思しき生徒も多く点在していた。



 ……そんな状況下においても、"異世界人"である俺だけは、たった一人の種族という事もあり、浮いていたのである。



 最初は、軍の中枢部を担う人間が多い転移者の一人として、チヤホヤとされたものだ。



 推薦人である"猪俣 乙乃"は、国王軍の"幹部"に当たる人物であったらしく、彼女からの指名を受けて入学した俺に対して、生徒達は"憧れ"の眼差しを向けていたのだ。



 ……しかし、俺が"スキル"を持たない"無能力者"と知った途端、彼らは興味を失った。



 ただの、背景に移り変わったって訳だ。



 よって、転移前の玉響学園の時と同じく、俺は"陰キャ"と化したのであった。




 ……正直、少し悲しいのは事実。



 でも、この士官学校に通い始めた理由は、"朱夏の隣に立つ事"。



 以前の様に、ただ、呑気に生活していた過去とは、全く違う。



 だからこそ、"一人の方が集中が出来る"と前向きに捉えた上で、早朝のランニングから、夕方の剣の素振りに至るまでの鍛錬を欠かさずに行なっていたのだ。



 ……それに、俺は完全に"ひとりぼっち"という訳ではない。



「ああっ! オバラさんっ! こんな所に居たんだっ!! 」



 俺が居場所のない教室を出て、学校の中央広場片隅にあるベンチで"ボッチ飯"を決め込んでいると、一人の小柄な少女が嬉々として駆け寄ってきたのである。



 ……だが、それも束の間、何もない場所で、彼女は躓いた。



「バタっ!! 」



 思いっきり頭から転ぶ。



 同時に、手に持っていた弁当は見るも無惨に地面へ散らばったのである。



「あいたた……。って、お昼ごはんがっ!! うぅ……」



 そんな風に、おでこを押さえながら涙目になる少女を見ると、俺は苦笑いを浮かべながらハンカチを差し出した。



「だ、大丈夫……? 」



 彼女の名前は、"パレット"。



 "魔術コース"に通う、同級生である。



 俺が無能力者だと発覚しても尚、『ニホンジンの方ぁ〜』と、尊敬を続ける変わり者だ。



 桃色の長い髪は一つの三つ編みに束ねられていて、頭頂部には、いわゆる、"アホ毛"。

 垂れ目の瞼からは、国のイメージカラーを彷彿とさせるブルーの瞳が覗かせる。



 卵の様にきめ細やかな肌に、小柄ながらもハッキリとした顔立ちからは、どこか"育ちの良さ"を感じる。



 ……正直、軍人を育てる"士官学校"にはそぐわない存在だ。



 詰襟の制服もブカブカで、"コスプレ"にしか見えないし。



 後、かなり成績も悪いらしい。


 先程の行動からも分かる通り、相当な天然だし。



 そんな現状が災いしてか、彼女も"ぼっち"という訳だ。



 まあ、だからこそ、こうして"外れ者同士"、仲良くしているんだけれども……。



 すっかりお昼ご飯を失った彼女は、ベソをかきながら俺を上目遣いで見つめる。



「う、うぅ……」



 その様子に見かねた結果、滞在する寮の厨房で作った"生姜焼き風弁当"を少し分けてあげたのであった。



「……まあ、落ち着いて」



 その言葉に反応したパレットは、悲しそうな顔から一転、満天の笑顔に移り変わったのである。



「ありがとうっ! オバラさんは、やっぱり、良い人だねっ! 」



 隣に座ってきた彼女は、子どものように無邪気な表情で真っ白な八重歯を見せると、嬉々として俺の弁当を口にした。



 ……実に、幸せそうな顔。



 ホント、絵に描いたような"アホの子"だ。



 マジで、裏口入学でもしたんかと疑う程に。



 ……まあ、俺にとっては"ボッチ回避"という意味で有難いんだけどね。



 とまあ、唯一の"友"と言える人間との昼休みを終えると、俺は午後に控えている"実技"の授業の準備を開始した。



 ……マメだらけの手で。

 


「じゃあ、また放課後にね〜!! 」



 そして、呑気に手を振るパレットから離れたのであった。



*********



 今日も、一日が終わった。


 でも、疲れている余裕はない。


 時間は有限である事を、俺はこの世界に来て痛感したからこそ。



 ガーディナル士官学校は、通常2年のカリキュラムを控えている。



 その中で、戦争に関する必要な知識や技術を学び終えた所で、"一般兵"として国王軍に入隊するという流れが主流だ。



 この国の兵士は、主に二つに分けられる。



 "幹部候補兵"と、"一般兵"。



 その分別の方法は、たった一つ。



 "スキル"の有無だ。



 基本、現地人の中で能力を持つ者は、稀。



 故に、スキルなき者は、必然的に"一兵卒扱い"からは抜け出せないのだ。



 以前は、ファンタジーアニメの定番とも取れる、"魔法"が、戦争の主な攻撃手段だったらしい。



 "魔法"の概念は、要約すると、該当の呪文を唱えることにより、奇跡が起きるというもの。



 炎や水、時には樹木なども具現化出来るという、テンプレートなモノ。



 ……実際、響きだけを聞くと、かなり強そうだ。



 でも、飽くまでも、"スキル"の下位互換に過ぎないのだ。



 それは、突然変異的に現れる。



 過去は、世界の中でも使用できる存在はごく僅かだったらしい。



 だからこそ、女神に代わる"指導者"を争った時は、稀に顕現する"スキル持ち"が指揮を取り、魔法をぶっ放し合っていたとの事。



 ……だが、数十年前、"異世界人"の流入によって、常識は覆されたのである。



 なんと、彼らには、例外なく"スキル"が備わっていたから。



 気がつけば、そんな"チート達"の出現が、戦争自体の理念を変えてしまった。



 簡単に言えば、"魔法"が戦国時代の合戦だとするならば、"スキル"は戦車やミサイルといった現代戦。



 それだけ明白な"差"があれば、差別化を図られるのも当然の話。



 要は、基本的に現地人は、ほぼ例外なく"一般兵"にしかなれないのだ。



 そんな事実があっても尚、国の為に"戦う志"を持った者達が集う学校。



 それこそが、"ガーディナル士官学校"なのである。



 彼らは、力がなくとも、本気でこの国を愛し、この国を憂いている人間達。



 ……正直、俺の様な"邪な理由"で入学をしている人間が浮くのも、ある意味、当然の話かもしれない。



 ……でも、ここから這い上がる覚悟を決めたから、特に気になる事はなかった。



 だからこそ、今日も文化系の部活動出身の俺からしたら"過酷の極み"とも言える鍛錬を終えて寮の自室に戻ると、筋肉痛を喘ぐ身体で【魔法理念の教科書】に目を通しているのであった。



「魔法、かぁ……」



 そう呟くと、俺は狭い部屋の中で「唯一神"ニル"の名の下に、空間を照らし出せ……」と、呪文を唱える。



 ……すると、指先からは"マッチを灯した程度の炎"が現れた。



 気がつけば、過酷なカリキュラムをこなす中で、一通りの"魔術"は操れる様にはなっていた。



 それに、体力や剣術に関しても"日本"にいた時と比べると、格段に上がっているのを実感出来る。



 ……これも全て、努力の結晶が故。



 だが、結局、まだまだ力不足。



 いや、もしかしたら、これ以上の"成長"は見込めないのかもしれない。



 俺は、今、自分が産み出した"奇跡"の灯火を目の前に、小さくため息をついたのであった。



「……もっと、強くなりたい……」



 そんな"願望"を溢しながら……。



 ――――すると、人知れず落ち込む俺を他所に、部屋を叩く"ノック音"が聞こえた。



 ……今日も、始まるのか。



 俺はそれが何を意味するかを、すぐに理解する。



 だからこそ、生唾を呑み込むと、ゆっくりとドアを開けた。



 ……すると、そこには、動きやすい服装をした"猪俣"の姿があったのだ。



「じゃあ、今日も始めましょうかっ!! 」



 妙に明るい口調でそう言われると、俺は愛用の"支給された木刀"を手に、彼女の後ろをついて行くのであった。



 彼女は、入学からずっと、忙しい合間を縫って、"特訓"に付き合ってくれているのだ。



 ……まあ、いつも一方的に殴られるだけなんだけど……。



 でも、実戦形式で行われる"その時間"は、かなり為になっている。



 猪俣は、さすがは"幹部"とあり、バリエーション豊かな攻撃手段で俺を追い込んでくる。



 それは、敵との間合いの取り方であったり、"剣術"を学ぶ上で、非常に参考になるのだ。



 ……だからこそ、今日も小一時間、誰もいない訓練施設でボコボコに殴られた。



「……い、痛ぇ……」



 俺が顔面を腫らしながら両手を広げて倒れると、彼女は笑った。



「でも、だいぶ"型"も取れる様になってきましたし、それに、"二発"も攻撃を避けられたじゃないですかっ! 最高記録ですよっ! 」



 汗一つかかずに涼しい顔で隣に座った猪俣の声。



 それを聞くと、少しだけ自信が湧いた。



 先程までは、自分はこれ以上伸びないのではないかとネガティブになったが、"少しずつ"でも成長を実感できたから。


「忙しいのに、いつも、悪いな……」



 俺が腫れ上がった顔でそう感謝を口にすると、彼女は肩をポンっと叩く。



「気にしないでください。それに、コレはワタシのストレス発散にも……」



 ……聞きたくない"本音"が耳を掠める。



 だが、すぐに切り替えた猪俣は、ニコッと笑いながらこう続けたのであった。



「……やっぱり、ワタシは貴方の"覚悟"を応援したいですからね……」



 その言葉は、本心を口にしている気がする。



 気がつけば、この半年間で、朱夏と俺との"力の差"は、ミジンコと象くらい離れてしまっていた。



 そんな状況にも関わらず、猪俣は俺を"厚遇"してくれている。



 もしかしたら、あの時、二人を引き離した"罪悪感"がそうさせているのかもしれない。



 ……だが、今となっては、それすらも"有難い"と思える様になったのだ。



 だからこそ、彼女が顔面の腫れを"治癒魔法"で治した事を確認すると、俺は再び、立ち上がった。



「もう少し、手合わせしても良いか? 」



 その意気込みに、彼女は小さく微笑むと、「また、ボッコボコにしてあげますよっ! 」と、嬉しそうに拳を構えた。



 こんな風に、すっかり"日常"となった"異世界生活"は続いて行くのであった。



 ……全ては、【守護の勇者】と呼ばれるまでに急成長を遂げた、"朱夏"と再会する為に。



 俺は、決してブレない。



 だって、小さくても、少しずつでも、進み続けるしかないのだから。

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