4項目 きっと俺にだって



「そこまで"自信"があると言うのなら、まずは実力を示すがいい……」



 俺の土下座を見た結果、虎太郎は"温情"のチャンスをくれた。



 そこで、連れて来られたのは、王城の真横に建設されている"ガーディナル王国国王軍"の訓練施設。



 日本の首都にある某ドーム球場と同じくらいの大きさを誇るその場所が、今回の"仕合"の会場となったのだ。


「……ホント、アンタは、何を考えているのよ……」



 朱夏は、まだ引き留めようとしているのか、目にいっぱいの涙を溜め込んで、俺の襟を掴んでいる。



 だが、それに反応している余裕は、俺に残されていなかった。



 何故ならば……。



「これを使え」



 虎太郎は、物置から一本の"剣"を取り出すと、俺に差し出した。



 それを受け取る事が、今、この"バトル"に対する"最終確認"であるのを意味するのは、容易に想像が出来た。



 ……もう、引き下がれない。



 だからこそ、そっと朱夏から離れると、俺は確かな手つきでその"武器"を受け取った。



 すると、軍服の上着を脱いで、すっかりストレッチを終えている猪俣は、訓練所の中心にある正方形で仕切られた"場内"で声をかけてきた。



「……まあ、素人相手に"本気を出したら"可哀想ですからね。とりあえず、今日のところは、スキルも発動させないし、"愛槍"は使わないであげますっ! 」



 そう言われたのを聞くと、俺は何故か"馬鹿にされた"気がした。



 ……本来は、ビビるところなのだろう。



 でも、吹っ切れた事で溢れ出たアドレナリンが作用したせいか、『なんだかやれそうな気がする』という不確かな自信が脳裏を刺激したのであった。



 ……俺は、"無能力者"だと聞かされた。



 でも、その"スキル"とやらの力を使わない生身の人間同士の闘いならば、少しくらいは"可能性"があるのでは、と、思ったのである。



 それに、ここは、いわゆる"ファンタジーの世界"。



 俺は、数多のラノベやアニメに触れてきたが故、窮地に立たされる事で、眠れる能力が"覚醒"するなんて展開にも期待した。



 ……だって、朱夏にだって、"強大なスキル"が備わっている訳だ。



 先程の"適性検査"は、何かの間違いなのだ。



 俺にだって……。



 そう、何度も自分に言い聞かせた。



 きっと、"妬み"もあるのかもしれない。



 ……気がつけば、俺は安い"プライド"に取り憑かれているのかもしれない。



 だが、どうしても、朱夏を一人にしたくなかったんだ。



 その気持ちだけは、本物。



 そんな"嫉妬"と"本心"が入り乱れる中、俺は闘いに挑む決意を固めた。



 ……続けて、深く深呼吸をすると、「行っちゃダメっ! 」と泣き叫ぶ朱夏を振り切った後で、俺は、ゆっくりと猪俣の元へと向かったのであった。



 同時に、虎太郎は指を「パチン」と鳴らした。



 ――――すると、まるで俺と彼女を包み込む様に、サークル状の半透明な"結界"と思われる何かが現れたのであった。



「周っ!!!! 絶対に死なないでねっ!!!! 」



 朱夏は必死に"それ"を叩いていた。



 ……どうやら、中には入れない様子。



 それを見て、思った。



 ……要は、逃げられない様にする為の布石って訳だ。



 俺は、その状況を理解すると、彼女に"不思議と軽い剣"を突き立てた。



 ……ごめんな、迷惑をかけて。



 ――――そして、「はじめっ!! 」という虎太郎の合図を以て、仕合は開始したのであった。



「うおーーーー!!!! 」



 俺は、全ての力を振り絞って、猪俣へと駆け寄り、剣を振り下ろす。



 初手から、本気で挑む、そう決めていたんだ。



 経験の差を埋めるには、これしかないと思ったから。



 ……だが、俺の渾身の一振りは、簡単に躱された。



「なんだか、昔を思い出して、懐かしいですぅ〜」



 なんて、軽口を叩かれながら。



 それに苛立ったが故、地面で軽い金属音を鳴らす"相棒"を、今度は胸めがけて突き刺そうとした。



 でも、それも、空振りに終わった。



 すると、そんな調子で攻撃一点に集中していたのが災いしたのか、猪俣は身長とは裏腹に軽い足取りで背後へと高速で移動。



 ……ま、まずい……。



 そう思うのも束の間、彼女は俺の腰の辺りを思いっきり蹴り込んだのであった。



「ボコっ!!!! 」



 ……うっ。重い……。



 思わず、顔を歪ませると、俺はそのまま数メートル吹き飛ばされて、結界に全身を強打した。



「ぐ、グフ……」



 途端に、全身からはこれまで感じた事がない程の"痛み"を感じる。



 多分、今の、たった一回の攻撃だけで、数本の骨が折れたのを実感した。



 しかし、彼女は加減をしなかった。



「やっぱり、甘々じゃないですか」



 苦しみに打ちひしがれてる間にも、目にも留まらぬ速さで眼前に現れる。



 それから、今度は俺の顔面を躊躇なく殴りつけたのであった。



 ……何度も、何度も。



 一発一発撃ち抜かれる度、腫れ上がって行く顔に、口の中から漂う"血の匂い"。



 同時に、薄れて行く意識。



 そこで、俺の脳裏には、初めて"死"という文字が浮かび上がる。



 ……"恐怖"を感じた。



 そして、すっかり顔全体が真っ青になる程の殴打を受けた所で、猪俣は手を止めた。



「もう、これ以上やったら本当に死んでしまいます。……まあ、これで分かりましたか? 貴方の"力不足"を」



 一瞬で終わってしまった、俺の初陣。



 それは、あまりにも儚く、情けなく、惨めなものだった。



 起きようにも、起き上がれない。



 全身の痛みのゲージなど、とうに振り切っていた。



 だからこそ……。



「ドサッ……」




 両腕を広げたまま、倒れ込む事しか出来なかったのだ。



 ……やっぱり、"現実"はそう上手く行かない。



 ファンタジーな展開なんて、訪れることは無かったんだ。



 結局、異世界に飛ばされても、"俺は俺のまま"だった。



 そんな事を、痛感せざるを得なかった。



 きっと、この先、朱夏を守る事なんて、出来るわけがない。



 だって、今、感じている耐えられない程の"痛み"が、それをまざまざと証明しているのだから。



 ……本当に、俺はだせえな。



 この後、朱夏は俺を置いて"叙勲"させられてしまうだろう。



 先程、司令官は言っていた。



 朱夏は、『軍の宝』になり得ると。



 意地でも連れて行くに決まっている。



 彼女と永遠に会えなくなるかもしれないな。



 それで、良いのか?



 ……良い訳、ないだろうが!!!!



「ち、ちくしょう……」



 俺は、消えかけた気力を奮わせて、真っ赤に染まる視界の中、フラフラと立ち上がった。



「周ーーーー!!!! 」



 一瞬だけ、朱夏の泣き叫ぶ声が、耳を掠める。



 その悲痛な叫びを耳にすると、もう一度、力を振り絞ったのだ。



「あれ? まだやるんですか? 次の一発を食らったら、"死ぬ可能性"があるというのに……」



 首を傾げる猪俣。



 だが、そんな心配、どうでも良かった。



 俺は、必ず……。



 そう強く覚悟を決めると、歩く事もままならない不確かな足取りで、もう一度、剣を振り上げた。



「ぜっ、たいに……」



 ……だが、やはり彼女に届くことはなかった。



 そして、猪俣は、小さな声で「……ごめんなさい」と、小さく溢すと、俺の顎めがけて、拳を振り上げようとした。



 ……ああ、俺は、ここで死ぬのか。



 多分、この一発を受ければ、きっと……。



 だが、もう身体は動かなかった。



 まるで、身体を置き去りにして、魂が抜かれてしまった様に。



 同時に、思う。



 ごめん、朱夏。



 迷惑をかけた。



 もし、願いが届くのならば、お前を"幸せ"にしてやりたかった。



 本当に、すまなかった……。




 俺は、そんな気持ちを以って、自分の"最期"と向き合ったのであった。



 ――――だが、そんな時だった。



「ドォーーーーン!!!! 」



 突然、不可解な轟音が響き渡る。



 同時に、辺り一帯は、目を覆わざるを得ない程に眩い"純白の閃光"に包まれた。



 ……そして、訳もわからぬまま、瞼を開いた。



 ――――すると、そこで……。



 泣き叫びながら血みどろの俺を、背後から強く抱きしめる朱夏の温もりを感じたんだ。



「周っ! 死んじゃ嫌よっ!! 周、周っ!!!! 」



 ……眼前には、俺を護る"バリア"のような何かがある。



 その先には、猪俣の拳。



「まさか、ここで"覚醒"するとは思いませんでしたよ。やっぱり、貴方の力は、"本物"ですね」



 彼女は、痺れた右手を二、三回振った後で、今起きた"状況"を嬉々として見つめていた。



 すると、そんな光景を前に、虎太郎は、"仕合"の終了を告げる音を「パチンっ」と鳴らしたのであった。



 同時に、先程までの結界は消えた。



 ……一部が"破損"した、頑丈な"それ"を……。



「そこまでだっ! 」



 彼はそう言うと、ゆっくりと俺達の元へとやって来た。



 それから、無惨にもボロボロになって死にかけている俺に対し、もう一度、こう告げたのであった。



「これで、わかっただろう。お前の、"弱さ"が。きっと、今、女が"強大なスキル"で結界を破っていなかったら、間違いなく死んでいただろう」



 あまりにも、分かりやすく痛感した、事実。



 正直、もう、声も出ない程に、傷ついていた。



 ……ち、ちくしょう、



 ――――だが、その悲劇を目の当たりにしたのは、俺だけではなかったのである。



「……あのね、"コタロー"だったかしら」



 そう呟いたのは、俯く朱夏だった。



 彼女は、涙を拭うと、そっと俺を地面に寝かしつけた後で、ゆっくりと立ち上がった。



 それから、こう嘆願したのであった。



「これ以上、周を傷つけないでほしいわ。もし、私が"入隊"しなかったら、"これよりも悲惨"な事をするんでしょ? 」



 途端に冷静になった朱夏の問いに対して、虎太郎は、平然とした態度で頷いた。



「そうだな。お前が入隊を拒否したら、二人は"危険因子"として扱わなければならないのは、事実だ」



 その言葉を聞いた途端、俺の心は"焦り"を抱いた。



 何故ならば、じっくりと噛み締める様に耳を傾ける朱夏の顔は、何かを"決心"した様に見えたからだ。



 ……このままじゃ……。



 そう思うのも束の間、彼女は、もう一度、お辞儀をしたのであった。



 ――――そして、こんな事を口にしたのであった。



「それなら、私は"一人"で入隊するわ。その代わり、周をこれ以上傷つけないと約束して!!!! 」



 ……彼女は、ハッキリと"軍に入る事"を口にしたのだ。



 その事実を目の前に、俺の頭は、次第に混乱して行った。



 ……朱夏が、居なくなる……。



 しかし、結局、俺は先程のダメージが祟って、引き留める事もできなかった。



「……やっと、決心してくれたか。もちろん、この男の無事は約束してやろう。お前は、軍に必要不可欠な存在になり得るだろう。心から歓迎しようではないか……」


「はい……」



 すっかりやり取りを終えると、朱夏の"徴兵"は決まってしまった。



 それから、彼女は、しゃがみ込むと、俺の頭を優しく撫でた。



 ……でも、もう泣いていなかった。



「私が守るなんて言っておいて、痛い思いさせちゃって、ごめんね、周……。必ず、また戻るから……」



 声は、震えていた。



 だが、決断が本物である事は、すぐに分かった。



 ……ま、待ってくれ……。



 俺は、動かない身体で、何度も声にならない叫びを続けた。



 でも、伝わる事はなかった。



 ……そして、彼女は、"朝霧虎太郎総司令官"に「では、ついてこい」と促されると、切ない笑顔で俺から離れ、訓練所を後にしてしまったのであった。



 ……すっかり取り残された俺は、何も話せずに泣いていた。



 自分の力不足に、打ちひしがれながら。



 あまりにも悲惨な結末に、立ち直れずに……。



 もう、夢も希望もない。



 ……あるのは、"絶望"だけだ。



 ――――だが、そんな時だった。



「あのぉ……。貴方、なかなか"ガッツ"がありますね。いつも来る"異世界人"とは違うと思いましたっ! 」



 明るい口調で寄ってきたのは、先程、俺をボコボコにした猪俣だった。



 ……だが、相変わらず声は出ない。



 ただ、空っぽの状態で泣く事しかできない。



 すると、そんな俺の様子を見かねたのか、彼女は俺の肩にポンッと手を置くと、こんな提案をしてきたのであった。



「もし、少しでも"あの子"に近づきたいと思うなら、"ガーディナル士官学校"に来ると良いですよ! "無能力者"でも、軍の末席くらいには入れるかもしれませんよ? 」



 呑気な声で放った、その"救い"。



 名称から察するに、"軍事養成所"である事は、明白だった。



 俺は、どうしたい?



 朱夏を救いたいんだ。



 こんなに弱い俺が、少しでも、強くなれる可能性があるのなら……。



 決意をすると、最後の力を振り絞って、大きく頷いた。



「お、お願い、します……」



 ……そう告げた所で、俺の意識は、暗闇へと堕ちて行った。

 

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