3項目 彼女と彼氏の力の差


 あまり気が乗らなそうな朱夏が"鑑定の魔道具"に手をかざした瞬間、水晶は純白の閃光を放った。



 更に、連動するように、彼女の身体からは同色の膨大なオーラが放たれる。



 ……その姿は、彼女が"ラノベから現れた美少女"という事実も相まって、より一層、ファンタジーな雰囲気を醸し出した。



「こ、これは……」



 軍の総司令官である虎太郎は、彼女の様子に、衝撃を受けていた。



 これまで、多くの"猛者達"を見てきたであろう、戦争のプロが。



 ……そして、すっかり、水晶が元に戻った所で、彼は連絡用の"魔道具"と思われる小さな宝珠が埋め込まれたネックレスを取り出すと、"誰か"に向けて、こう告げた。



「……早急に、来い。とんでもない"戦力"が現れたぞっ!! 」



 すっかり連絡を終えると、彼はポカンとする朱夏を見つめた。


「な、なんなのよ、一体……」



 突然の出来事に、動揺を隠せずにそう呟く彼女。



 すると、虎太郎は、実に"指揮官"らしい表情に変わった上で、こう宣告したのであった。



「すまない、お前には、否が応でも"ガーディナル王国国王軍"に入隊して貰う。こんなモノ、"適正"どころの騒ぎではない。何故ならば……」



 そう真面目な声で叙勲を伝えると、彼女の"スキル"についての説明をした。



「お前の能力は、"守護"。我が軍にも、数名はそのスキルを持つ者がいるが、桁違い。正直、ここまでの"魔力"を有した人間など、見た事がない。……きっと、とんでもない"力"を秘めているであろう」



 ……その言葉に、朱夏は呆然としていた。



「私、に……? 」



 突然の"チート宣言"。



 本来ならば、喜ぶべき案件であろう。



 ……しかし、俺だけは手放しに喜べなかった。



 何故ならば……。



 先に、適正検査を受けた俺の結果が"散々"だったからだ。




 彼女と同じく、水晶に手をかざした時、"身体から"は膨大な真っ青のオーラが現れた。



 ……しかし、水晶が反応する事はなかったのだ。



 それが、意味する事は……。



『幾ら"魔力"が膨大でも、"スキル"が伴わなければ、無意味なのだよ』



 吐き捨てるように言われた、虎太郎からの一言。



 どうやら、身体に反応するのが"魔力"で、水晶に反応するのは、"スキル"。



 つまり、俺は、"無能力者"という結論が導き出されたのであった。



 結果的に、入隊の権利がないとの結論が出された。


『崇高な目的の上で覚悟して貰って悪いが、お前は、必然的に"理想郷ユートピア"に……』



 ……絶望した。



 更には、"おまけ"の様に検査を受けた朱夏には、最強の"守護スキル"が宿っている。



 軍は、彼女を切望している。



 ……この事実こそ、俺を闇の底へと突き落としたのである。



「ま、まあ、仕方ねえよ。こう言うことも、あるってもんだ」



 気まずそうに、俺を慰めるバサック。



 しかし、声が届く事はなかった。



 ……そうこうしている間に、先程、虎太郎が呼び出した部下と思われる一人の"日本人女性"が現れた。




「お待たせしました、上官っ! まさか、これまでずっと求めてきた"護りの核"が現れるなんて……」



 背が高く、"槍"を背負った銀髪でショートカットの女がそう涙ぐむと、虎太郎は、小さく微笑んだ。



「来たか、猪俣いのまた。そうだな。これで、先の戦争における"弱点"の克服が……」



 ……しかし、そんな風に盛り上がる二人を他所に、朱夏はしなだれる俺をそっと抱きしめた後で、こう首を振った。



「周に"権利がない"なら、入隊なんかしないわよっ! さっきも言ったでしょ? 私は、彼と運命を分かち合うって決めているんだから」



 キッパリと断る。



 ……だが、彼女の否定に対して、途端に、虎太郎の態度は変貌していった。



「……いや、それは許されない。目の前に、"軍の宝"となる存在がいるのに、『ああ、そうですか』と納得する人間が何処にいる」


「ですですっ! 上官の言う通りっ! これまで、どれだけ貴方の"能力"を待ち望んでいたか、わかっているのですか?! 」



 猪俣という名の女と共に、強引な"勧誘"は、始まった。



 だが、決して首を縦には振らない朱夏。



「何度言っても、変わらないわよ!! 」



 ……そんなやり取りを、俯きながら聞いている内に、少し考えた。



 無能力? つまり、俺は、この世界においても、何も変わらずモブ。



 それで良いのか? また、元の世界みたいに、"陰キャ"として生きて行くのか?



 これから、"朱夏だけ"に辛い思いをさせるのか?



 それに、これは俺のワガママから始まった展開なんだぞ。



 ……『朱夏を元の世界に帰せる可能性』を信じた結果が招いたんだ。



 多分、どんなに抗っても、彼らは二人での"理想郷ユートピア"行きを決して許してくれない。



 もしその選択を迫れば、間違いなく、俺たちはここで戦闘に発展するだろう。



 ……まだ、力の使い方すら分からない状態で。



 そうなれば、朱夏はどうなる?



 ……"危険因子"と見定められて、俺共々、殺されるだろう。



 それは、絶対にダメだ。



 いや、何よりも、俺は……。



 ――――そう思うと、俺は朱夏の抱擁から離れる様に、ゆっくりと立ち上がる。



「ど、どうしたのよ、周っ! 」



 そんな彼女の言葉を無視して、虎太郎に向けて、こう告げたのであった。



「……ならば、やっぱり俺も"入隊"させてくれ」



 覚悟を決めてそう依頼をすると、彼はため息を吐いた。



「……無理だ。"無能力"の人間は、裸の赤子に等しい。せっかく、衣食住が備わった地での居住が約束されているんだ。そこで……」



 相手にしない素振りで、吐き捨てる様に言った。



 ……だが、絶対に嫌だった。



 これから先、"朱夏ひとり"が傷つく事が、許せなかったんだ。



 何より、この選択こそが、今を切り抜ける上で、一番重要な事。



 きっと、俺がこうしない限り、彼女は拒否を続ける。



 そうなったら、最悪な展開に……。



 正直、彼女を『元の世界に帰す』なんて目標は、どうでも良かった。



 それよりも、たとえ、俺が死んだとしても、朱夏の命を……。



 そう思っている間に、俺は彼らに向けて土下座をしていた。



「お願いです……。入れてください……」



 情けない"嘆願"。



 ただ、泥臭くても、格好悪くても、どうしてもこの現状を打破したかった。



 ……すると、そんな風に微動だにしない俺の姿に、虎太郎は怒りを露わにした。



「お前……。あまり戦争を舐めるなよ。安住の地を捨ててまで、"入隊"を望むのならば、"現実"を見せてやる。猪俣、"訓練場"で相手をしてやれっ!! 」



 彼は、威圧的な口調でそう言った。



 猪俣は、突然の指名にビクッとする。



 それから、虎太郎にこう釘を刺した。



「良いのですか? 下手したら、彼、死んじゃうかもしれないですよ……? 」



 そんな最終確認に対して、彼が許可を出す前に、俺は顔を上げて頷いた。



「ぜひ、やらせてくれっ!! 」



 これは、あまりにもみっともない選択だった。



 しかし、今更、覆すのは不可能。



 だからこそ、突然の行動に呆然とする朱夏に向けて、俺は優しくこう告げた。



「……きっと、奴等は何が何でもお前を入隊させる。ならば、どんなに泥臭くても、朱夏と同じ場所に立ちたいんだ。……"運命"を分かち合う為に……」



 そう言った途端、朱夏は現実を理解したのか、熱い涙を流した。



「バカじゃないの?! アンタ、『死ぬかもしれない』って言われてるのよ?! それを、止めない訳には行かないじゃないっ!! それなら、私一人だけでも……」



 ……心が傷んだ。



 でも、歯を食いしばった。



 だって、愛する人の危機を助けるのが、俺の役目なのだから。



 だからこそ、「じゃあ、行くぞ……」と、冷めた口調で歩き出す彼に着いて行く。



「……ごめん」



 そんな素っ気ない一言を、朱夏に告げた後で。



 これから、俺は人生で初めて"喧嘩"をする。



 それが、どんな結末を招くのかは、正直、分からない。



 でも……。

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