2項目 もうひとりの日本人


 ……まるで、この国を象徴する様な巨大な城に入ると、驚きの連続だった。



 広く吹き抜けたエントランス部分には高級そうな赤絨毯が敷き詰められ、中二心をくすぐる様なアンティークの数々。


 所々には、この巨大施設に仕えるメイドや、司書と思しき者の姿が点在。



 そんな"ワンルームのアパート"に居住していた俺の生活とはかけ離れた"環境"の中、何本にも枝分かれする道の中を、"場に無相応"なオッサンは迷いなく足を進める。



「ところで、兄ちゃん達も、"ニホン"から来たんだろ? 」



 困惑と警戒に体を固める俺や朱夏に、気さくな感じでそう問いかけてきた。



 最中、何故、彼が"日本"を知っているのか、その事に疑問は深まる。



 しかし、持ち前の"コミュ症"が災いした結果、口を紡いでしまった。



 すると……。



「まあ、そうです……」



 オロオロとする俺をよそに、朱夏が代弁してくれた。



 すると、彼は再びガサツに笑う。



「アッハッハ!! やっぱりなっ!! それにしても、この二人がねえ……」



 ……その声からは、"悪意"の感情は読み取れない。



 故に、何となく彼らは俺たちを"酷い目"に遭わせないのでは、という安心感を覚えた。



 その可能性が、少しだけ余裕を産んだのである。



 だからこそ、長く続く階段をひたすら登る中、勇気を振り絞って、こう問いかけたのであった。



「……それで、これから俺達はどうなるのですか? 」



 彼は、ずっと震えたままだった俺から初めて"質問をされたこと"に気を良くしたのか、部活動の顧問である"子守先生"にも負けず劣らずの腕っぷしを思い切り振って肩を組んでくると、上機嫌でこう答えて来たのであった。



「……まあ、あれだ。お前も、"ヤツ"に会えば分かるってもんだっ!! 一つ言えることは、悪い様にはしねえから、心配はすんなって話よ!! 」




 ……とりあえず、俺の"予想"が正しかった事に気がつく。



 つまり、最悪の結末は免れると。



 正直、俺や朱夏といった"この世あらざる者"を不審に思った"国家"かなんかによって、拷問や処刑を受けるものだと思っていたから。



 ……正直、めちゃくちゃ怖かった。



 それに、マンガやラノベでの"異世界転移"とは違って、俺はどんなに心の中で"魔法的なイメージ"を浮かべても、何も起きなかった訳だし。



 つまり、"ただの凡人"である事を痛感させられた。



 そうなると、これから、どうしたら朱夏を守れるか、その事ばかりを考えていたんだ。



 そんな気持ちで、人知れず危機を脱出した事にホッとしていると、彼は、既に、20階層は登って来たであろうフロアの一室で立ち止まる。



「よし、着いたぜ……」



 名前も知らないオッサンにそう言われる。



 ……俺は、日頃の運動不足によって、息は上がっている。



 流石に、疲れるわ……。



 そんな情けない俺の姿を前に、隣にいる涼しい顔をした朱夏は肘打ちをした。



 まるで、『シャキッとしなさいっ! 』とでも言わんばかりの顔で……。



 そして、すっかりと息が整った所で、オッサンは勢いよくドアを開いた。



 すると、そこに控えていたのは……。



「おう、"コタロー"っ!! また"異世界人"を連れて来てやったぜっ! 」



 彼が自信満々で告げたその先には、一人の"青年"が居たのである。



 何語で書かれたか分からない、大量の資料が山の如く積み重ねられた部屋の中で。



「おう、"バサック"よ、ご苦労……」



 その男は、年齢の頃は20代の真ん中辺り、黒髪で丸眼鏡、中肉中背で、まるで、中世の"軍人"を彷彿とさせる衣服を身に纏っていた。



 胸には、きっと"偉い人"なんだろうなと想像をさせる数多の勲章。



 ……しかし、何よりも……。



「お前達が、新たな"同胞"か」



 顔色ひとつ変えずに視線を移してきたその顔は、明らかに"日本人"だった。



 それに、今、バサックという名のオッサンは、聞き慣れた名前を……。



 思わず、直立不動になる俺に対して、そのコタローと呼ばれる男は、ゆっくりと立ち上がると、応接用のソファに座るよう促したのであった。



「まあ、事態を把握出来ないのは分かる。とりあえず、お前達には諸々の"事情"を説明したい」



 そう言われると、俺と朱夏は目を合わせて頷く。



 続けて、すっかりとお互いの意思が統一された所で、俺達はゆっくりと腰を落としたのであった。



 ……この、"非現実的"な状況についての答え合わせをする為に。



*********



 あまり表情が変わらない、コタローという彼の説明を受けた。



 彼のフルネームは、"朝霧あさぎり 虎太郎こたろう"。



 今は、この城の持ち主である"ガーディナル王国"という国家に"総司令官"として仕えているらしい。



 "リーベ"という王女が"長"として君臨するこの国の軍を指揮する、"最高責任者"だったのだ。



 つまり、"権力者"であるのは、容姿や肩書きからすぐに把握する事ができた。



 それに、やはり、彼も俺達と同じく"転移者"との事。



 そんなやり取りの最中で、俺は"核心"に通ずる質問を問いかけた。



 『誰が、どんな理由で、なんの目的の為に、日本人を異世界に飛ばしているのか』と……。



 ……しかし、結論から言うと、この"異世界転移"についての"理由"については、不明らしい。



 そんな中、ここ数十年、日本からの転移者は増え続けている傾向にあるらしい。



「……そこで、こうしてバサックなどの運搬稼業の者を雇って、積極的に"保護活動"をさせてもらっているって訳だ」



 彼が後ろに控えるオッサンにアイコンタクトをとりながらそう告げたのを聞くと、まずは一安心した。



 ……だって、俺達は"保護対象"だった訳だし。



 それってつまり、ここで酷い目に遭う危険性が無くなったと、証拠を持って証明されたという話だから。



 その事実は、俺を落ち着かせた。



 ……だが、最中、疑問が浮かび上がる。



「事情は分かったが、何で、あなたはこんな如何にも"豪華絢爛"な城に仕えているんだ? もし、日本人を保護するだけという話なら、他にもやり様がある気が……」



 幾ら偉い人とはいえ、同族に対する親近感に安堵する俺は、不意にそんな質問をする。



 ……すると、途端に、彼の表情は曇った。




「それは、この世界が抱える"問題"を解決する為だよ……」



 憎悪に満ち溢れた顔で、何かに対する"怒り"を露わにしながら、そう呟く。



 ……どうやら、俺は聞いてはいけない"禁忌"に触れてしまったのかもしれない。



 そう思って、焦る。



 朱夏は、"不謹慎"な俺の脇の辺りに、先程よりも力を強めて肘打ちをした。



 ……痛っ。俺も、分かってんだよ。やっちまったって。



 だが、虎太郎はそんな俺達を前に、小さくため息を吐く。



 それから、こう続けたのであった。



「……まあ、これは毎回、現れる"日本人"には説明しているのだが、オレが積極的に"保護"を続ける理由は、"もう一つ"あるんだ」



 彼は、そう告げると、真剣な顔で質問主である俺を見つめた。



 ……そして、こう言い渡したのであった。



「この世界に来てしまったお前達には、"二つ選択肢"がある。一つは、"理想郷ユートピア"と呼ばれる地で別の日本人達と共に、衣食住を約束された上で慎ましやかな生活を続ける事。そして、もう一つは……」



 両翼の片方を述べた所で、彼は間合いを持った。



 それから、こう続けたのであった。



「"日本人"によって、壊されてしまった"世界の秩序"に立ち向かう為、"共に戦う"かだ」




 その言葉を聞いた途端、俺の心拍数は上がった。




 ……つまり、それって……。



 そんな気持ちで呆然とする俺を他所に、彼はこの不思議な世界に起きた"悲劇"についてを語り始めたのであった。



「この世界は、元々、"唯一神ニル"の下で、平和を保たれていた。しかし、数十年前に彼女が長い眠りに就いてからというもの、"新たな支配者"の権利を巡って、人間や魔族関係なく、戦争が巻き起こる動乱の時代に突入する。そこで……」



 彼は、そこで言葉に詰まる。



 それから、まるで"忌まわしき過去"を思い出すかの様に、こう続けたのであった。



「そんな時、"ある一人の日本人"によって、世界は救われた。数多の権力に立ち向かう最中、"目標"を達成したんだ。……でも、その先にあったのは……」


 

 虎太郎が言うには、転移者には、こちらの世界に移った際、特殊な"スキル"が与えられるらしい。



 つまり、"その日本人"は、力を使って"目的"を果たしたのだ。

 

 話の内容だけ聞けば、まるでアニメの最終回の様な、爽快感のある結末。



 ……しかし、そこから語られた歴史は、悲しみの連続だった。



 ……覇権を争う戦争に勝利した"転移者"。



 彼が女神に代わる"導き手"となり、絶対的支配者として君臨する時代が始まったのである。



 『ヴィクトリーナ国』という新たな国家を築き、周辺国を併合してゆく。



 その最中、彼は、偶発的に現れる他の転移者の"スキル欲しさ"から、積極的に受け入れて行く事で、力の一極化は更に進めたのだ。


 

 それからは……。



 一部の悪い"異世界人達"は権力を利用し、"上納"と称して、支配する街や村に対する課税を大幅に引き上げた上で、質素倹約を強要。



 些細な厄介事の一つでも起こせば、即刻処刑。


 権力者に縋るかつての王族や貴族達には、圧倒的な高待遇を与えて行った。



 結果的に、市民との格差は、明白に広がって行った。



 ……こうして、彼ら"転移者"に逆らう者はいなくなったのである。



 完全な、"世界の掌握"を成し遂げた上で。



「オレは、その姿を"幹部"として目の当たりにしたからこそ、命からがら逃げて、まだ奴らの息がかかっていない、この"女神の祠"から程近い"ガーディナル王国"に仕えたという訳だ。……ここから、再びこの世界を"この世界の人達"に返したいと思っているんだよ」



 その声からは、これまでの苦悩が読み取れた。



 同時に、この世界で起きている出来事の"深刻さ"を痛感した。



 本来ならば、共感するには程遠い"ファンタジー"な話。



 しかし、俺自身も転移してしまった以上、他人事ではないのだと自覚した。



 ……そんな妙な納得をしていると、彼は更にこう告げた。



「何より、今は、時間がないんだ。"女神の復活"。それは、我が国家の唯一神を崇める教会が所有する【開闢かいびゃくの書】によって示された。そこに書かれた内容は、『近い将来、神は目覚める。さすれば、異界の門は、具現的に開かれるであろう』だった。どうやら、"奴ら"もその事実を把握しているらしく、最近は、この国にもちょっかいをかけて来る様になってくる始末……。もし、門が開いたと同時に、大量の"日本人"が押し寄せて、彼らの配下に下ったとしたら……」



 虎太郎の懸念を耳にした時、俺は不謹慎にも、「ハッ」と、別の目的を考えてしまった。



 ……つまり、神が目を覚ましたタイミングで、俺達が帰れるかもしれないと……。



 それどころか、朱夏を元の世界に帰せる"可能性"があるのではないかって。



 そう思うと、すぐに俺の意思は固まった。



 ……もし、ほんの少しでも、"忍冬朱夏"を、ラノベの世界に帰せるかもしれないのならば……。



 そう思うと、俺は立ちあがろうとする。



 ……でも、その行動を、朱夏は止めた。



「話はある程度、理解したわ。……でも、それって、つまり、私達にも"軍人"になれって事でしょ? 」



 彼女が核心に触れると、虎太郎は小さく頷いた。



「そういうことに、なるな……」



 その返答を聞くと、朱夏は俺の両頬を力強く掴んだ。



 ……ち、ちょっと、いきなり、何をしているの……?




「それなら、悪いけど協力は出来ないわ。だって、私は"周"に傷ついて貰いたくないもの。だから、"理想郷ユートピア"を選ばせてもらう。もし、彼の身に何かあったらと考えると、私は、どうかしてしまうもの……。こうして保護して貰った事への恩は、必ず返す。だから……」



 朱夏は、俺の行く末を気遣って、ハッキリとそう否定した。



 その言葉に、虎太郎はあっさりとしていたのだが。



「……なるほどな。慕い人を守る為に、"理想郷ユートピア"を選ぶか。それは、正当な理由だ。ならば、早速、居住場所の手続きを……」



 彼は、そう零すと、朱夏は「ワガママを言ってごめんなさい……」と、謝罪をした。



 それから、虎太郎は、手際良く書類を取り出す。



 もし、このまま動乱に巻き込まれない生活を続ければ、少なくとも"女神が目を覚ます間"の月日は、安泰を約束されるだろう。



 その最中、朱夏と共に、衣食住を用意された場所で、幸せに暮らせる未来は容易に想像が出来る。



 ……しかし、同時に、その選択は、彼女を元いた世界に戻す"可能性"を放棄する事にならないか?



 もしかしたら、"理想郷ユートピア"とやらに滞在すれば、その中でも、手がかりを掴めるかもしれない。



 ……いや、そんなことは、絶対にないだろう。



 何故ならば、一国の軍事指揮を任される人間ですら、"その証拠"を掴めていないのだから。



 それに、幾ら、安住の地とはいえ、いずれは戦争が起きてしまう。



 その時、今の"弱い俺"が彼女を守れるのかと……。


 

 正直、この世界の平和なんて、まるで興味はない。



 ……だって、俺が求める"目標"は、たった一つなのだから……。




 そう思うと、すっかり話を進める二人を他所に、俺は震える手でこう告げたのであった。




「……いや、俺は"軍人"になるよ……。朱夏だけを"理想郷ユートピア"に保護してくれ……」



 その言葉に、朱夏は分かりやすく俺を引き留めた。



「な、何を言っているのよ、周っ! アンタ、馬鹿な事を言うものじゃないわよっ! 」



 両肩を掴みながら、そう訴える彼女。



 ……だが、俺はブレなかった。



「あのな、朱夏。俺は、お前と幸せになる為に、"元の世界"に戻りたい。"女神の目覚め"とやらに賭けたいんだ。だから……」



 大事な部分をカモフラージュした上で、そう告げる。



 俺の言葉が何を意味するか噛み締めたのか「ば、ばか……」と、俯いた。




 そんな二人のやり取りを見た虎太郎は、"理想郷ユートピア行き"の手続の手をピタリと止めた。



 続けて、俺の目を真っ直ぐに見た上で、こう念を押した。



「……なかなか面白い"志望動機"だな。その選択に、後悔はないか……? 」



 迷う事なく、はっきりと頷いた。



 それを確認すると、彼は、初めて口元を緩めた。



「じゃあ、目的は違えど、共に戦ってくれ……」




 こうして、俺は、"ガーディナル王国軍"への叙勲を約束したのだ。



 ……だが、そんな時。



「もうっ! 仕方がないわねっ! それなら、私も人肌脱がせて貰うわよ!! 」



 朱夏は、俺の覚悟を汲み取ったのか、そんな事を言った。



「……いや、お前は、安全な所で……」



 だが、決して、首を縦には振ってくれなかった。



 こうなった時の彼女は、絶対に折れない。



 その事は、良く知っていた。



 ……だからこそ、何度説得しても応じてくれない朱夏を前に、俺は受け入れざるを得なかった。



「じゃあ、そう言う事だからっ!! 」



 結局、押し切られてしまった。



 俺は、本当に情けない人間だ。



 だって、愛する人ひとりすらも、説得出来ないのだから。



 しかし、同時に思った。



 俺は、その"スキル"とやらに期待して、彼女を守り通すと。



 そう覚悟を決めると、彼は引き戸の奥の方から"紫色の水晶"を取り出した。



 ……そして、こう告げたのであった。



「では、ここに手をかざしてくれ。お前らが軍に相応しいかの"適正検査"を始める」



 ……えっ?



 これだけの覚悟を口にしておいてアレだが、適正検査なんてあるのかよ。



 どうやら、この水晶は、その人間が持つ"魔力"と"スキル"を示す魔道具らしい。



 まあ、俺も"異世界人"。



 きっと、人智を超えた"能力"が備わっているはずだ。



 そう、自信に満ち溢れた顔で、水晶に手をかざした。



 ……結果は、"不適正"だった。

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