66項目 魔法に取り憑かれて
――――思い出す、2年半前の出来事。
『あ、あの、これって一体……』
困惑の表情を浮かべながら、この部屋を訪れたのは、よく知る人物。
彼の右手には、何処か不気味さを放つ、見慣れない"謎の書物"があった。
しかし、それを見ると、何故か親近感が湧く。
……そう、僕の甥っ子である"小原周"が持つ、その"古びた本"を見ると……。
彼が言うには、目が覚めたら、それを抱えていたらしい。
家族に問いかけても、何も答えは得られなかった。
それどころか、妹から"中二病"だと、馬鹿にされたとの事。
だからこそ、こうして"周くん"は、この"理事長室"を訪ねてきたのかもしれない。
僕の趣味は、アンティーク集め。
その知識の一端から、"不気味な本"の謎を紐解きたいと考えている事は、容易に想像が出来たのだ。
「パッと見た感じ、思いつく手掛かりは分からないなぁ……」
動揺する彼に、そう告げる。
すると、周は、妙な事を口にした。
「やっぱり、叔父さんでもわからない事はあるんだね……。でも、何故か、この本の中には"日本語"で変なことが書いてあったんだよ」
僕は、そんな甥っ子の一言に、興味が湧いた。
……この、何語で表記されているかも分からない表紙の中に、日本語。
あまりにも、アンタッチャブルではないか。
そう思うと、僕は彼にこうお願いをした。
「ならば、少し見させてもらっても良いかい? 」
そう頼むと、周は小さく頷いて、それを差し出した。
……そして、この不思議な本は、僕の手に渡った。
――――その瞬間、まるで、身体全体から"電流"が流れた様に、"記憶の波の応酬"が押し寄せたのであった。
……心の何処かで探し続けていた、ぽっかりと空いた穴を埋めて行く。
今、ハッキリと思い出した。
いや、思い出してしまったのだ。
この本の"持ち主"について。
同時に、これまで感じ取れなかった膨大な"魔力"が優しく全身を包み込んでゆく。
「こ、これは、【叡智の書】……」
僕が、呆然としながら、思わずそう呟くと、彼は"中二的な発想"で目を輝かせた。
「やっぱり!? じゃあ、これって、アニメやラノベに出てくる様な、"魔法の書"って事で間違いないのか?! 」
エキゾチックな瞬間との出会いに、心をときめかせる甥っ子の姿。
……しかし、僕は決して、笑えなかった。
何故ならば、この書物を所持している。
その意味って……。
……つまり、彼は"あの世界"から戻って来たという事だ。
この書物の事を、僕はよく知っている。
だって……。
そう考えると、冷や汗をかきながら、周に真剣な目つきでこう問うた。
「き、君、"帰還した記憶"はないのか? 」
あまりにも、真面目にそう尋ねてきた僕に、彼は焦りを抱く。
それから、首を振った。
「い、いや、知らないよ。起きたら、持ってたってだけ。叔父さん、いきなりどうしたんだよ……」
甥っ子の言葉を聞いて、僕はホッとした。
何故ならば、彼には"あの世界の記憶"が無いとすぐに理解出来たから。
心底、ホッとした。
……どちらにせよ、今、周に【叡智の書】を所持させ続けるのは、危険。
いや、これは、独善的な考えだ。
この本さえ、手に入れれば……。
そう判断すると、僕は"思い出したばかり"の"魔法"を、彼に施した。
「ファンタズマゴリア……」
詠唱を終えた途端、彼の身体を"紫のモヤ"が包み込んだ。
同時に、周の視線は、ぼんやりとして行く。
それを確認すると、僕は"大切な書物"を、急いで、机の引き出しに仕舞ったのであった。
完了すると、指を一つ「パチン」とした。
……すると、彼はハッと意識を取り戻した。
「あ、あれ? 俺、なんで、叔父さんを訪ねてきたんだっけ? 」
その言葉を聞くと、僕は笑顔でこう言い訳をした。
「何を言っているんだ。君は、"玉響学園"の学校見学がしたくて、ここに来たって言っていたじゃないか」
ニコニコとしながら、話をすり替えると、彼は頷いた。
「そ、そうだった……よな。じゃあ、悪いんだけど、叔父さん。色々と案内頼んだよっ! 」
こうして、愛する甥っ子に掛けた"記憶改ざんの魔法"によって、【叡智の書】を所持する事に成功した。
僕が、思い出した記憶。
……それは、ある、異世界から現れた"一人の女性"との物語。
彼女は、多くの知識を与えてくれた。
沢山の想い出も、心の中に残っている。
僕は、その人を愛していた。
きっと、彼女も。
今の、今まで、忘れていたのが、悔やまれるほどに……。
だからこそ、すっかり彼が居なくなると、一人で【叡智の書】を開く。
同時に、こう問いかけたのであった。
「もう一度、君に会いたい……」
その言葉の波が、真っ白なページを微かに揺らした時、こんな答えが返って来たのであった。
『ならば、"小原周"と、後に"偶発的な形"で現れし"異界の者"を支えるべし。2年半後、彼らは"キス"と共に現世から消失する。この作用によって、汝の望みし"異界の門'"は、開かれるであろう』
呼応する様に現れた"淡白な文面"を目にすると、僕の中には"希望"が生まれた。
【叡智の書】が示す答えは、いつだって正しい。
それは、"僕"が一番知っている。
だって、この本の持ち主の正体は……。
だからこそ、ニヤッと口元を緩めると、目標は決まった。
周、悪いけど、君には大事な用事に付き合ってもらうよ。
……だから、その、まだ見ぬ"異世界人"と、仲良くしてもらわなきゃ。
その為には……。
僕は、そう決意をすると、"異界の門"を確実に顕現させる為、早速、計画を練り始めるのであった。――――
美しい未来の夢を、叶える為に。
――――「やあ、君は、とっても良い仕事をしたよ」
決意を固めてから2年半、僕は、理事長室に訪れた一人の少女に対して、満足げにそう告げる。
すると、彼女は無表情の状態で、小さく頷いた。
『先程、二人の姿はこの世から消えました』
この報告を、どれだけ待っていた事か。
だからこそ、僕は少女の頭を優しく撫でた。
彼女の名前は、"風林涼"。
玉響学園に入学して間もなく、人気のない体育館の裏で泣いていたのが出会いだ。
僕は、彼女に手を差し伸べた。
続けて、何故泣いているのかを確認する。
すると、風林が溢したのは、"目標"だった。
『ワタシは、高校で地味な生活から変わりたい。でも、人見知りから、誰とも仲良くなれずに孤独なんです』
この言葉を聞いた時、僕は『使える』って思ったんだ。
彼女を矢面に立たせれば、周の"誘導"が出来るって。
だからこそ、こんな"契約"を持ちかけた。
『僕が使える"魔法の作用"で、君を、誰にも負けない"人気者"にしてあげよう。その代わり、暫くの間、"一部の感情"を借りても良いかい? 』
その言葉に、風林は目を輝かせた。
続けて、何度も頷いた。
『お願いしますっ!! 』
とても、簡単だった。
アッサリと、"支配魔法"を受け入れたのだから。
この契約を手始めに、僕の計画は滞りなく進んで行く。
周の父、即ち、兄が勤務する会社の経営者を操作して、"カナダ"への転勤を言い渡したり、『一人残すのは心配だから"玉響学園"で預かる』と、約束をこじつけたり。
更には、彼自身を"孤立"させる事によって、まだ見ぬ異世界人の人肌に縋る環境を作ったんだ。
……こっそりと、生徒達に期間を限定して"印象操作"を施して。
流石に、血の繋がる甥っ子という事もあり、情に流されて、以前より友人だった"土國駆流"や、教師たちにかけるのは躊躇したが。
後、何故か"豊後空"のみには通用しなかったが、彼女もまた、中等部で孤立していると知っていたので、計画には危険がないと判断。
……そして、すっかりと準備を整えたところで、"忍冬朱夏"は、この世界にやって来た。
彼女は、【叡智の書】が示した通りの日時で現れたのである。
まさか、"物語からの転移"などという"不可解な現象"が起きるとは思わなかったが……。
なんにせよ、これによって、先程の"印象操作"は解除される。
まるで、彼女との"出会い"によって、学園生活が充実して行く様に演出したのである。
結果は、成功。
途中からは、無事に生徒会長になった風林を操って、彼らを結ばせる為の誘導をしたのだ。
……彼が望む、ベストタイミングで不安を煽る様に、細心の注意を払って。
こうした、絶え間ない努力の結果、今を迎えたのである。
ボーッと僕を見つめる操り人形。
その姿は、まるで無感情だった。
「じゃあ、"目的"を果たした今、君との契約を解除しようではないか」
僕はそう告げると、風林のオデコのあたりに人差し指を立てた。
……それから、ゆっくりと詠唱を開始した。
「キャンセレーション……」
――すると、途端に彼女は、感情を露わにした。
「や、やった……」
実に少女らしい、感情豊かな笑顔を見せたのだ。
これが、本来の彼女の姿。
同時に、風林は、深々と頭を下げた。
「ありがとうございますっ! おかげさまで、ワタシは学園の"人気者"になれました!! 」
その一言を聞くと、フフッと笑う。
僕の"計画以外"の記憶は、しっかりと保っているのだ。
「いや、気にしなくても良いさ。僕は、君の手助けをしたかっただけだから」
僕の言葉に、いたく感動したのか、目にいっぱいの涙を溜め込んで、もう一度感謝を述べた。
「本当に、返せない程の恩を感じています……」
そう告げられると、僕はこう促した。
「気にする必要はないよ。それよりも、早く"慕い人"の元に向かった方がいいんじゃないか……? 」
僕の提案に後押しされると、彼女はハッと気がついた後で、理事長室を走り去って行った。
「今、行くよ、"薫"っ!!!! 」
そんな言葉を残して……。
……2年半にも及ぶ操作の中で、不覚にも、少しだけ情を抱いてしまった風林を解放する。
しかし、この世に対する"未練"はすぐに捨てた。
同時に、清々しい"爽快感"が、優しく全身を包み込んだ。
「……これで、やっと……」
僕は、感慨深い気持ちの中、そうボソッと零すと、嬉々として【叡智の書】を取り出した。
そして、ゆっくりと真っ白なページを開くと、自信に満ち溢れた声で、こう伝えたのである。
「すべての準備は、整った」
これに対して、書物は閃光を放って反応。
『汝の願いは、今、叶った。"異界の門"を開こう』
その文字が浮かび上がると同時に、部屋の中央には、豪華絢爛な一際大きい"扉"が現れたのである。
僕は、数十年前に"愛する人"が帰還した際と同じ形をした"懐かしい存在"を前に、込み上げる想いを胸に抱いた。
考えるだけで、涙が溢れる。
……また、君に会える日が来るなんて……。
そんな抑えきれない感情を抱き締めながら、僕は"異界への門"に躊躇なく手をかけた。
「いま、会いに行くよ。"マキナ"……」
そう呟くと共に、僕はゆっくりと扉を開くと、眼前で歪みを放つ"暗闇"へと踏み込んだのであった。
……周。
君はまた、"あの世界"に旅立ったんだね。
本当に不憫だよ。
だって、一度は奇跡的に戻って来られたのに、再び、記憶を無くした状態で、"2回目の転移"を果たしてしまうなんて。
でも、悪く思わないで欲しい。
僕は、僕の目標を果たす為なら、どんな"犠牲"だって厭わないと決めたからね。
また会った時は、ゆっくりと"答え合わせ"でもしようか。
その時を楽しみにしているよ……。
そんな風に、近い将来、彼との"再会"する事を予見しながらも、僕は"異世界"に足を進めたのであった。
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