63項目 幸せへのおあずけ
周が生徒会に対して文芸部の活動方針を説明している間に、空ちゃんはコンクールに参加する事を決意した。
それは、火山副会長の『ボクからの"お墨付き"なんて、滅多に貰えないよっ! 』などという無駄に自信満々な"圧の強さ"に負けた結果ではない。
説得の最中、私は彼に彼女の説得を託された。
だからこそ、"魔法の言葉"を噛み砕いて口にした。
結果、首を縦に振ったという訳だ。
『さっき、周も最高の出来を期待してるって言ってたわよ!! 』
その一言を聞いた途端、彼女の目はハートマークになり、あれだけ頑なだったにも関わらず、簡単にコンクールへの参加を決意したのだ。
『周先輩に褒めてもらえる様な作品を書きますっ! 』
……この反応には、苦笑いせざるを得なかったけど。
まあ、空ちゃんの"ハングリー精神"を少しは見習わなければな、とか、少し考えさせられたのであった。
彼女の成長は、可笑しなくらい著しい訳だし。
……それに比べて、私はまだまだ……。
最中、周は『先に帰る』と、メッセージを送って来た。
そこで、早速、意気込みながら詩集の制作に取り掛かる彼女の邪魔になると判断した結果、帰宅の途に就くことにしたのであった。
一人で歩きながら思う。
……もしかしたら、私と空ちゃんが言い合いになっちゃうのに気を遣ったのかも。
彼なりの優しさなのかな。
そういう所も、好きなんだよなぁ。
気がつけば、口角は緩む。
そんな惚気た気持ちの中、私は、すっかりと住み慣れた自宅のアパートの扉を開けた。
……早く、周に会いたい。
その一心で……。
「ガチャッ」
帰宅するや否や、彼は私の所に駆け寄って来た。
「やあ、おかえりっ!! 待っていたよっ!! 」
なんだか、いつもよりもかなりハイテンション。
普段の行動とは打って変わった様に"違和感"を抱いたものの、勢いで握って来た両手の温もりを感じた瞬間、そんな事はどうでも良くなった。
後、ちょっとだけ、恥ずかしい……。
「た、ただいまっ! ど、どうしたのかしら?! 」
上ずった声でそう問いかけると、周は満天の笑顔を見せる。
「いや、今日は、なんとなく、早くお前に会いたかったんだ! そろそろ、高校2年も終わるし、これからたくさんの思い出を作ろうなっ!! 」
……突然、畏まった事を言い出す。
動揺と共に、嬉しさとトキメキが邪魔をして、思わず、『そ、そうねっ! 』と、変な音量で反応。
……ホント、私は彼の事になると、おかしくなる。
とはいえ、昨晩の"ツンデレ"な部分とは打って変わった妙な宣言。
それに、進級って、そんなに大切な事なのかしら……。
少なくとも、後一年程は学校での生活は変わりなく続くというのに。
そう首を傾げると、少し冷静さを取り戻した。
「……思い出は、これから先も"ずっと"作るつもりだけど、それって、わざわざ宣言するものなのかしら……」
正論を述べた結果、一瞬で、甘い空気をかき消す様な発言をしてしまった。
……こういう所は、まだまだ私も"恋愛初心者"だなと素直に反省。だって、本当なら、このままイチャイチャできるかもしれないのに。
要は、照れ隠しの一端だった。
すると、そんなデリカシーのない問いに対して、彼は小さく首を振る。
「いや、大切なんだよ。この日々も、この一瞬で過ぎ去る時間も、全ては記念日なんだよ」
なんか、随分と詩的な事を言われた。
普段なら、バカにする所。
……でも、嬉しさが優った。
だから、素直な気持ちで頷く。私だって、同じ気持ちだし。
こんな毎日を、永遠に過ごしたいって、本気で思うのだから……。
そう幸せな気分で浸る私。
すると、彼は追い討ちをかけるように、こう付け加えたのであった。
「……それに、後少しで朱夏がこの世界にやって来て"一年"になるだろう? 俺は、それを祝福したいんだよ。だから、たくさん、楽しい歴史を二人で作れたらって」
……ニコッと白い八重歯を見せる彼。
とっても可愛いと思った。
それに、そこで初めて気がついた。
そっか。
もう、この現代日本にやって来て、1年も経つんだなって。
正直、日々の生活に一生懸命で、日付についてなんて、全く考えられていなかったなぁ。
最初は、とっても不安だったし。
戸籍も身分もないんだもん。
それは、そうでしょ。
……だけど、私は、本当に"ラッキーだった"と思う。
だって、"あの世界"では掴めなかった"素敵な日常"を、ここで手に入れる事が出来たんだもん。
学校にも通わせてもらって、友達や可愛い後輩も出来て、更には、"本心"で生きられるようになった。
……その影には、いつも彼がいた。
頼れる存在は、気がつけば、私の"一番大切な人"になっていたんだ。
"大好きな彼氏"に……。
これからの未来、私達はどんな日々を歩むんだろう。
本来ならば、何もない明日に対して、不安になる所だろう。
でも、不思議と、ネガティブな思考には陥らない。
だって、周がいるんだもの。
彼は、私の"最高に格好悪くてカッコいいヒーロー"だから。
絶対に、楽しい時間が続くに決まっているわよ。
これからも、ずっとずっと……。
そう思うと、私は彼の手を握る力を強めて、頷いた。
「……うん、そうね。じゃあ、一年の記念日は盛大に祝ってくれるのを期待しているわ。二年目も、三年目も、十年目も……。これから、"私と一緒に"最高の幸せを作りましょうね……」
素直な気持ちを伝えた。
「そ、そうだな……」
……彼は一瞬だけ切ない表情を浮かべた、気がした。
でも、気にならなかった。
何故ならば、もう"結ばれた"って事実があるんだもん。
こうして、私達はお互いの"気持ち"を確認すると、甘い雰囲気の中で、再び、素敵な空気感を堪能するのであった。
まだ、ぎこちない距離の中で。
何にも代えられない、大切な刹那を……。
*********
気がつけば、あっという間に2ヶ月近くの月日が流れていた。
その最中、彼はまるで"何かの呪縛から解放"されたみたいに、積極的に私を誘ってくれる様になった。
休日は、横浜や湘南などに連れて行ってくれたし、食事だって好みの料理を作ってくれる。
たまーに、私がエプロンを着ようとすると必死に宥められるのは、少しだけ不満だけど。
これから、ちゃんと"花嫁修行"もしなきゃ。
……少し気が早いかもしれないけど、可能性も、無きにしもあらずだし。
その最中、特に無理をしている様子はなく、ただ、単純に"交際の日々"を楽しんでくれている気がした。
後押しされる様に、私も彼の"変化"を本心から喜べる。
次第に、スキンシップも増えていった。
だからこそ、有頂天になっている私の目には、以前、バカにしていた【フレンチなひとときは部室から】さえ、素晴らしい作品に感じさせてくれたのだ。
……実は、彼は天才なのかもしれない。多分、惚気ているだけなのだろうけど……。
とは言え、周が以前言っていた『全ては記念日』の意味を、本当に、実感出来る。
互いが互いを尊重し合って、惹かれて行く。
それはまさに、私の思い描いた"恋愛像"であるのだ。
……ホント、彼と出会えて良かった。
そんな気持ちで胸がいっぱいになった。
……だけど、一つだけ不満な点がある。
それは、まだ"キス"をしていないという点。
何度も、いい雰囲気になった瞬間はあった。
でも、彼は、それだけは頑なに拒んだ。
『ファーストキスは、最高の思い出にしたいから』
これが、常套句になっているのだ。
確かに、私だってした事はないからロマンチックな初めてを望んでいるわよ?
後、考えるだけでもすっごく恥ずかしいし。
毎晩、寝る前にその光景を妄想したら、爆発しちゃうくらい。
……でも、でもだよ?
周とだったら、いつ、どの瞬間であったとしても、嬉しいの一言で片付くのに。
それくらい、私は本能的になっているのかもしれない。
だけど、こっそりと、その"神聖な行為"を終えようとするのはやめた。
何故ならば、彼からの"愛情"は充分なくらいに伝わったから。
大切に思ってくれているからこそ、接吻を"素敵な記念日"にしたいだもんね。
それは、私も同じだよ。
……とは強がりながらも、無意識に彼の唇に視線を向けてしまうのだ。
まるで、おあずけを食らった飼い犬のように……。
――――しかし、そんな悶々とする日々は、思わぬ形で終わりを迎えた。
年度末の終業式を控えた日の朝、彼は珍しく私よりも先に目を覚ましていた。
……しかも、ちゃんと支度を済ませた上で。
その姿に、すぐに働いた頭の中で動揺する。
「……あ、あら、今日は随分と早いじゃないの」
私は、眠気など気にせずにそう問いかける。
すると、周は真剣な顔をした。
まるで、"なにか"を決心した様な。
……そして、一つ深呼吸をすると、こんな事を私に告げたのであった。
「……今日の放課後、俺はお前と"キス"がしたい」
……突然、そんな宣言をした。
「……えっ? 」
ずっと待っていた瞬間の筈なのに、何故か、言葉に詰まった。
だって、タイミングがおかしいじゃない。
それに、本来、キスっていうのは、雰囲気に身を任せるもの。
二人の抑えられない欲求が重なり合った時、その行為は行われると、ドラマや映画を観ていたから。
故に、この不自然な"宣言"には驚かされる。
……後、爆発しそうになる。
それに、予想していた彼との儀式の日取りは、私が転移して来た"一年記念日"だと思っていた。
だからこそ、『何故、今日なの? 』と、首を傾げる。
でも、そんな事はどうでも良かった。
きっと、彼も彼なりに、我慢を重ねて、高まっていた衝動を抑えきれなくなったのだろうと。
……それは、そうよね。
大好きな彼女が、常に隣にいるんだもの。
彼も、まがいなりにも男の子。
少しくらい前倒しで唇を合わせたくなるのも、当たり前の話。
ホント、周は"ツンデレ"だなぁ。
そんな風に余裕を見せようと思いつつも、気がつけば、胸の鼓動は速度を上げていった。
……それは、ね。
「分かったわ……。じゃあ、初めてのキッスは、花火を観に行った"あの公園"にしましょう」
私は、小さく微笑むと、段取りよく彼の提案に頷いた。
それに対して、彼は、何故か"切ない笑顔"を見せた。
だが、すぐにいつもの"頼れる小原周"に戻ったのである。
「ありがとう。とても、嬉しいよ……」
不思議と、瞳が潤んでいる気がする。
でも、きっとそれは、私が"キスの予約"を受け入れてくれたからであろう。
そう思うと、実に誇らしく思えた。
これから、何度も彼とは唇を合わせるのだろう。
もしかしたら、それ以上の事も……。
想像するだけで、体温は数℃跳ね上がった。
……今日の学校生活は、多分、何も身に入らないだろう。
それは、そうだ。
随分と待たされたんだもん。
だからこそ、昇天してしまいそうになる程の高揚感に酔いしれると、日課になっている"朝シャン"の中で、いつもよりも入念に身体を洗った。
というよりも、清めた。
そして、すっかり支度を終えると、いつも通り、時差での登校を開始したのだ。
先に出るのも、いつも通り、私の方だ。
まだ、教室のみんなは"交際"の事実を知らない。
……もう、学校のみんなにも堂々と宣言してもいいんじゃないかしら。
そんな気持ちの中で、私は頬を赤らめながらこう告げるのであった。
「……じゃあ、また放課後。とっても楽しみにしているわね」
すると、彼は、はにかんだ。
「おう、"ありがとな"、朱夏」
そう言って、優しく送り出してくれる周。
いつも通り、当たり前の風景。
だけど、その全てが美しく見えるのは、きっと、"恋"の副作用なのだろう。
早く放課後にならないかしら。
……私は、今日、小原周と、"キス"をする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます