61項目 慕い人に穏やかな眠りを


 また、放課後を迎えた。



 深夜、最終的に不機嫌になっていた筈の朱夏は、起きたらいつも通りに戻っていて安心したのも束の間。



 まだまだ学校で交際の事実を告げる事は出来ないらしく、今日一日、教室ではいつも通りの"距離感"で接していた。



 ……おかげさまで、池谷のように彼女を狙う面々からのヒガミを受ける事はなかったのだが。



 駆流にだけは義理を果たしたくて、メッセージで伝えておいた。



『俺は、朱夏と付き合う事になった』



 そう告げると、彼は大いに祝福してくれた上で、『高校生らしからぬ行為だけには、気をつけろよ』と、実にデリカシーのない文章を送りつけて来たわけだが……。



 まあ、なんにせよ、相談に乗ってくれた幼馴染が、こうして喜んでくれているのは、素直に嬉しかった。



 とまあ、基本的には、変わらない学園生活を送れていられるのは、実に有難い。



 ……だからこそ、今、一番の問題点が際立つのだ。



「あっ、"周先輩"っ! 今日も早いですねっ! 」



 そう言って、部室に入るや否や、駆け寄ってくる小さな少女。



 ……そう、昨日フッた筈の、"豊後空さん"だ。



 これまでは、苗字で呼んでいた名前は、いつの間にか、ファーストネームになっている。



 彼女は、今日も恋人を連想させる距離感で近づいてくる。



 ……それに気がつくと、やはり、俺を諦めていなかったのが、すぐに分かった。



「や、やぁ……」



 苦笑いを浮かべながらそう返答。



 すると、彼女は俺の顔をジーッと見た後で、こんな事を言い出す。


「……もしかして、昨日、寝不足ですか? 」



 随分と、勘が鋭い。



 確かに、深夜、朱夏が俺の唇を奪おうとしていた結果、防御体制に入った俺はほぼ寝ていない。



 だが、今は、特にそれを思わせる仕草など見せる事なく、こうして普通に接している訳で……。



 そんな風に、隠していた筈の真理を突かれて動揺していると、豊後さんはおもむろに床へブルーシートを敷き出す。



 ……一体、何を……。



 そう思うのも束の間、突然、首を傾げる俺の腕を力強く掴んだ。



 続けて、大外刈りにも似た技を使われ、無理やり寝かされると、その場で膝枕をされたのである。



 同時に、小柄ながらも柔らかい太ももの感触を感じる。



 頭上には、そこそこ実った果実が二つ。



 ……えっ? この娘、何をしているんだ?



「よしよし。周先輩、ゆっくり寝てくださいね〜」



 ……マジで、なんだよ、コレ。



 そう思って、急いで起き上がろうとする。



 しかし、彼女はガッチリと腰の辺りを左手でロックしていて、動けない。この娘、容姿と裏腹な強キャラタイプか?



 対比するように、優しく撫でる手。



 ……これは、寝れる……。



 ……訳ないだろうが!!!!



 こんな所、アイツに見られたら……。



「い、いや、豊後さん、ちょっと待って……」



 俺は、この状況を"カノジョ"に見られた時の事を考えて、冷や汗をかきながら何とか逃れようとする。


「良いんですよ。空は、周先輩を癒しているだけなので〜」



 ――――すると、その瞬間。



「ガラッ」



 朱夏、が、部室に、たどり着いてしまった。



 同時に、今、目の前で起きている"不審な出来事"を前に、唖然とした表情をしたまま固まっていた。



 ……ま、まずい。



 これじゃ、また嫌われる。付き合って二日目で。



 そう苦笑いを決め込むと、まるでジェットコースターに乗る時の安全装置の如く、脇の辺りにガッチリとロックされた豊後さんの左腕を振り払おうとする。


「ち、違くて、コレは……」



 ……絶対に、殴られるだろうし。俺が。



 焦りから、豊後さんの胸の中でジタバタと動き、そんな言葉を発する。



 その様子に対して、彼女は目を見開く。



 や、やばい……。



 ……だが、その動揺とは裏腹に、朱夏は豊後さんを真っ直ぐに見つめた後で、こう告げたのであった。



「ごめん、空ちゃん。"私の彼氏"を、返してくれるかしら」



 堂々と、交際を宣言した。



 しかし、どうやら、その事実を予測していたのか、彼女は首を振った。



「そうなんですね。でも、『おめでとうございます』とは言いませんからっ! 空の方が、周先輩を笑顔に出来る自信がありますしね」



 ……俺の頭を抱きしめながら、そんな風に抗う後輩。



 や、柔らかいマシュマロが……。



 そこからは、昨日と同じ展開だった。



「……はぁ?! 何を言っているのよ! 空ちゃんは、負けたのっ! それすらも認められないの?! 」


「そちらこそ、ですよ。きっと、周先輩は優しいから"おてんば"な朱夏さんに慈悲を与えただけな筈です」


「ち、違うに決まってるじゃないっ! 」



 ……気がつけば、豊後さんは俺を地面に置き去りにして、立ち上がって朱夏と口論になっていた。



 ブルーシートの上に、寝転んだ姿で取り残される俺。



 実に、シュールだ……。



 まあ、一瞬、また"同居人"改め、"恋人"に物理攻撃をされるのではと怯えていたから安心しているが……。



 ……そんな口論が続く中、部室の入り口から、"妙な視線"を感じた。



 ……んっ? 今度はなんだ?



 俺がそう思いながら、寝そべった状態のまま、目線をずらす。



 ――――すると、そこには、呆然としながら固まった"副会長火山くん"の姿があったのだ。



「……え、えっ? 」



 すごい形相で喧嘩をする我が部員二人を前に、若干、怯えている。



 まあ、良いタイミングかもしれない。



 きっと、生徒会は何らかの"用事"を持ってやってきたのだろうし。



 だからこそ、俺は二人を制止するように、こう問うのであった。



「や、やあ、火山くん。一体、どうしたんだ? 」



 俺がわざとらしく立ち上がってそう問うと、彼は慌てて素に戻って一つ咳払いをする。



「実は、キミたちの頑張りが認められて、学園として正式に"文芸コンクール"に参加して欲しいとの依頼があったのだよ。だから、そこにいる豊後くんには、大会に相応しい"詩集"をまた作って欲しい」



 ……その言葉を聞くと、二人の怒号は止まった。



 まあ、元々、教師たちには言われていたからな。


 しかし、当人である豊後さん自体が、あまり前向きじゃなかったから有耶無耶になっていたのだが……。



 まさか、生徒会まで使って来るとは、本当に文芸部に対して、学園側も"本気"なのだな。



 そう考えると、自分の手柄でもないクセに、誇らしく思えた。



 ……だが、当人は相変わらずだ。



「べ、別に、空は"周先輩"に認められれば……」



 そんな風に首を振る。



 しかし、そんな強情な後輩の意志を気にする事なく、朱夏は彼女を褒め称えた。



「……すごいじゃない、空ちゃんっ! まさか、廃部の危機を救うどころか、学校の"代表"にまで抜擢されるなんて! 」



 まるで、さっきまでの喧嘩がウソのように、抱きつく"恋人"。



 それに対して、「や、やめてくださいよ〜」と、照れながらも微笑む後輩。



 ……マジで、"俺の事を除く"と、本当に仲良しなんだよな、この二人。



 そんな感じで、やっと落ち着きを取り戻した部活動に安心感を抱く。



 ……すると、そう安心している俺のところに、火山くんは近づいてきた。



「……後、キミには一人で生徒会長の所に行って欲しい。何かは分からないが、"別件"で話があるとの事なんだ。その間、僕は豊後くんを説得しておく。だから、行ってくれ」



 彼の耳打ちに、俺は一瞬で緊張感を抱いた。



 ……何故ならば、風林会長からの呼び出しの理由なんて、一つしかないから。



 まあ、俺も【叡智の書】に問いたい事が沢山ある。



 このタイミングでの接触は、願ってもないチャンスなのだ。



 だからこそ、頷いた。



「分かった。二人を頼んだぞ」



 俺はそう告げると、「さあ、これからじっくりと豊後くんを"説得"させてもらおうじゃないかっ!! 」と、逃げ惑う後輩を捕まえた彼に安心した後で、部室から出て行った。



「周せんぱ〜いっ!! 」



 という、豊後さんの無情な叫び声に心を痛めながら。



 ……すると。



「……周、どこに行くの? 」



 すっかり廊下に出た俺を、引き止める朱夏。



 これから、『お前の未来について話して来る』なんて言えるわけもない。


 だから、こう言い訳をした。



「これから生徒会に今後の部活の方針について説明して来る。だから、豊後さんの説得は任せた。お前なら、出来るよな? 」



 若干の猜疑心を感じる彼女に、ハッキリとした口調でそう告げる。


 それに対して、彼女はソーッと頭を突き出した。



「……なら、その前に、さっきの"破廉恥"な行為の謝罪に、ほら……」



 つまり、豊後さんに無理やりされた"例の行動"を俺に求めてきたのだ。



 ……若干、照れ臭い。



 だが、埒が開かないと考えた俺は、周囲に誰もいないことを確認した後で、頬を赤らめながら、彼女の頭を優しく撫でたのである。



「……こ、これで、良いのか? 」



 彼女は、「……ウフフ」という声を漏らしながら、とろけるような笑顔を見せていた。 



 ……それから暫くすると、すっかり満足したのか、朱夏は小さく頷くと、優しく俺を送り出したのであった。



「じゃあ、行ってらっしゃい。空ちゃんの事は任せてっ!! 」



 その言葉に、「頼んだぞ」と言った所で、俺は一人、会長に会いに行く事になったのであった。



 ……昨日見た"あの夢"を再現する為に、必要不可欠なピースの一つを得るために。

 

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