56項目 文芸部の不思議な関係


「……ほら、空ちゃ〜ん、なんでこんなにも広い部室で、わざわざ"隣に座る"のかしら〜? それじゃ、周の読書の邪魔になるじゃないの? 」



 朱夏は、何故か苛立ちながら、そんな事を言い放った。



 今、豊後さんは、俺が腰掛ける椅子の左側に、"ピッタリ"と足がくっ付く程に近づいている。



「何も悪いことはありません。空は、小原先輩と一緒に本を読みたいだけですから」



 そう告げると、おもむろに【フレンチなひとときは部室から】を取り出した。



 垣間見える、俺の黒歴史。



 ……や、やめてくれ……。



 ……それに、これは流石に、距離を間違えすぎだろ。



 俺がそう思いながら、魂が抜けかけていると、朱夏は「それなら、私もその"権利"があるわよね! 」などと顔を真っ赤にしながら、俺の右隣に座って来た。



 同時に、突き飛ばされる勢いの中、慎ましやかな胸が当たる。



 必死さが故、その事実に気がついていない様子だ。



 ……ちょっとだけ、ドキッとしてしまう自分がいた。



 しかし、それどころではなかった。



 何故ならば、ヒートアップしている二人は、俺を隔てて、更に語尾を強めて言い合いを始めたのだから。



「なんで、朱夏さんまでお隣に……。それこそ、読書を阻害しているじゃないですか」


「ち、違うのよっ! これは、周の"ラノベ"とやらに、興味が湧いただけっ! 」


「いっつも、馬鹿にしていたじゃないですか! 空は、"詩集"という共通の話題がありますので」


「あんな"ダサいポエム"を参考にしちゃダメに決まってるじゃないっ! 私は空ちゃんの為を思って言ってあげてるのよ?! 」



 口論は、続く。



 ……豊後さんよ、幾ら何でも、キャラ変わりすぎだろ……。



「な、何をしているんだよ……」



 間に挟まれた状態で、弱々しくそう呟くと、逆に俺が怒られた。



「アンタは黙っててくれるかしらっ! 」


「そうですっ! これは、空と朱夏さんの問題なんでっ!! 」



 何故か、爪弾きにされた。



 ……実に、気まずい。



 てか、そもそも、なんでこの二人は喧嘩をしているんだ?



 確かに、俺を対象にしているのは、よく分かる。



 ……しかし、それにしても、理由が分からない。



 だって、ここ最近は、朱夏や豊後さんと気まずかった筈だし。



 なのに、両者との関係が修復したと思いきや、この始末。



 どんな理由が……。



 ……そんな思考を働かせているのも束の間。



「アンタも、言ってやりなさいよっ!! なんで、そんな小さくなってんのよっ!! 」


「そ、そうですよ! 小原先輩がビシッと『大人しくしろ』って言ってくれれば、全てが終わるんですからっ!! 」



 矛先は、完全に俺に向いた。



 ま、まずい。このままだと、今度は俺の"説教コース"だ……。



 この先の展開を察すると、俺は慌てて立ち上がる。



 ……そして、険悪感丸出しの部室から、急いで逃げるのであった。



「お、俺、用事思い出したから〜!! 」



 何故、二人はあんなに揉めているのか分からない。



 脱走する最中、ほんの少しだけ変な考えが頭を巡った。



 ……もしかして、彼女達は、俺に惚れたとか……。



「いや、ないか」



 一瞬だけ、あらぬ考えを浮かべてしまった自分に羞恥心を抱くと、俺は校内をウロウロと歩く事にしたのであった。



*********



 勢いで抜け出してきてしまったものの、やる事がない。



 元々、俺には文芸部の部室以外に居場所なんてない訳だし。



 教室でも、少しはクラスメイト達と話せるが、まだまだ放課後に居残りをする程の勇気はないわけで。



 その事実に気がつくと、次第に惨めな顔になって行った。



「俺って、まだまだ"陰キャ"から抜け出せてないんだな……」



 あまりにも哀しすぎる現状に泣きそうになると、俺は帰宅する以外の選択肢がないと判断した結果、猫背で靴箱へと向かうのであった。



 ……しかし、そんな時。



「おっ! 周じゃんっ! こんな時間に珍しいな!! 」



 五月蝿い声で声をかけてきたのは、紛れもなく、"駆流"だったのだ。



「お前こそ……」


 俺は、そう呟きながら、苦笑いを浮かべる。



 すると、彼はまじまじと俺を見た後で、こんな事を言い始めた。



「もしかして、お前また何かに悩んでいるのか? もし良かったら、今日は部活も休みだし、相談に乗ってやっても良いぞ!! 」



 嫌味のない満面の笑みを浮かべて、そう誘ってくる。



 ……確かに、俺一人では答えを導き出せない、あの展開の理由。



 正直に相談すれば、何かの解決になるかもしれない。



 それに、コイツは信用出来る。



 そう思うと、俺は駆流の肩を掴んだ後で、こうお願いをした。



「……頼んだ。多分、一人じゃ解決出来ないから」


 彼は、そんな格好悪い言葉を放った俺に対して、大きく頷いた。



「任せとけって!! オレ達、腐れ縁だろ? 」



 こうして、俺は朱夏と豊後さんの"異変"についての相談をする事になったのであった。



 ……ホント、駆流には男気がある。



 もっと、この"長所"を前面に押し出せば、クラスの女子達からもモテるだろうに……。



 そんな気持ちの中、二人で空き教室へと向かって行ったのであった。



*********



「……って事があったんだけど」



 俺は、今朝から現在にかけて起きた、"あり得ない展開"の連続について、事細かに話した。




 ……マジで、何故、こんな事になったのかも分からずに。



 しかし、最後まで黙って話を聞いた駆流は、「お前は、馬鹿かっ!! 」と、左脇腹を小突いた。



「痛っ! 何するんだよ! 」



 突然放たれたボディブローに、苦悶の表情を浮かべながらそう反抗する。

 


 すると、俺の顔を見た彼は、小さくため息を吐く。



「……ホント、これだから"陰キャ"はよぉ……」



 呆れ果てた口調で、そう漏らす幼馴染。



 だが、それでもなお、理由が分からない。



 ……そんな中、彼はその"理由"について話し始めた。



「まあ、オレからしたら羨ましい展開だよ」



 意味不明な言葉を前に、俺は首を傾げた。



「なにがだよ」



 そう抵抗をする。



 すると、駆流は大きくため息を吐いた後で、"妙な事"を言い出すのであった。



「つまり、つまりだな。周は今、"忍冬ちゃん"と、"後輩ちゃん"の二人から好意を寄せられているって話だ」



 ……はっ? 何を言っているんだ、コイツは。



 そんな訳ないだろうが。



 だって、今後、朱夏に"そう想って欲しい"からこそ、今もこうして、努力を続けている訳だし。



 ……まあ、嫌われるのにビビってばかりで成果は何もないが。



 つまり、今、駆流から告げられた"あり得ない憶測"は正しい筈がない。



 それに、豊後さんだって、きっと"信頼"の一部として、あんな距離の詰めかたをして来ているに違いないしな。



 だからこそ、そう結論付けた俺は、彼の反応をそっけなく否定した。



「いや、ねえだろ」



 しかし、彼は折れない。



 まるで、"確定事項"であるかの様に。



「い〜や、絶対にそうだね。これまで、どれだけオレが"数多のカップル"を見送ってきたか分かってないからそう言えるんだっ! ……考えてもみろよ。高校生にもなった女の子が、わざわざ男子に抱きついて来たりするか? それに、異性に伝える『好き』ってのは、"ライク"じゃねえんだよ。"ラブ"なの! 後、忍冬ちゃんもそうだよ。幾ら、一緒に暮らしているとは言え、わざわざ早起きしてお前の為に料理なんて振る舞うか? そんな二人が、お前を巡って喧嘩しているんだぞ。"恋敵"以外、あり得ねえだろうが、クソっ」



 情けない"経験則"と共に、彼の"結論"に信憑性がある事を、長々と説明したのであった。



 同時に、それが確率の高い"事実"である事を知ると、俺は呆然とした。



「……ま、マジで? 」



 まるで狐に摘まれた様な顔で、そう呟く。



「そうに決まってんじゃねえか」



 ……でも、確かに、言われてみれば、普通はあり得ないよな。



 豊後さんに関しても、本当に恋愛的な意味で告白してくれたのかもしれないし。



 何よりも、朱夏の今日の態度……。



 その全てが現実として胸の中に押し寄せると、俺は顔を赤くした。



 だ、だって……。



 すると、やっと実情を理解した俺を見た駆流は、ポンっと肩に手を当てる。


 

 それから、こう告げたのであった。



「あのな、お前は、誰が好きなんだ? "忍冬ちゃん"だろ? 後輩ちゃんには悪いが、そこはブレちゃいけないと思うぞ。じゃないと、二人に対して失礼だ。だから、ちゃんと"然るべき時"には、ケジメを付けるんだ。お前なら、その意味が分かるよな? 」



 献身的な口調でそう助言してくれた彼を見て、俺はハッと我に帰った。



 ……そうだよ。俺は、朱夏が好きなんだ。



 何よりも、彼女がこんな自分を慕ってくれているんだ。



 ならば、いつまでもこの"実情"を蔑ろにしていいわけがない。



 豊後さんには悪いけど、俺には大きな目標があるから。



 絶対に、彼女と"キス"をして、元の世界に帰すんだ。



 そう決めると、俺は自分の鈍感っぷりに呆れながらも、駆流にお礼を述べた。



「……相談に乗ってくれて、本当にありがとう。俺は、これから……」



 直立不動で直角のお辞儀を決め込んだ俺に対して、彼は小さく首を振った。



 ……それから、さわかな笑顔で、ニコッと笑った。



「気にすんなっ! オレもお前には幸せになって欲しいからよっ! 」



 こうして、俺は二人の"気持ち"に気がついた。



 正直、今でも、あんまり実感は湧かない。



 ……でも、この現状は、自分自身の力で打破しなければならないのだと、強く思った。



 そんな所で、俺は幼馴染の助けもあって、前進する決意をする事が出来たのであった。



 俺は、朱夏に告白する、と。

 

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