54項目 世界一大好きなあなたと
クラスメイトとの食事の帰り道、私はひとり、夜の商店街を歩いていた。
今日、打ち上げなどのイベントを除いて、初めて、放課後に学園の友達とお出かけをした。
もちろん、誘われた事も嬉しかったし、長谷川さんを始めとした女子達とのガールズトークは、花が咲いたのである。
……途中、周との関係についての話題になった時は、ビクッとしたけれども。
『ところで、忍冬さんはなんで文芸部に所属しているの? それに、たまーに小原くんとコッソリ話している姿を見かけるし』
そんな話をされた瞬間、条件反射的にはぐらかした。
『私、実は本が好きだからね。それに、一応、彼は部長だしね』などと言い訳をした。
一緒に住んでいるなどとは、打ち明けられないし。
……それに、正直、お友達には悪いけど、今日は、自宅に帰りたくないからこそ、彼女達の誘いを受けたというのが、事実としてある。
だって……。
最近の私は、どうかしてしまっているから。
……彼の事が"好き"という疑惑。
妙なふた文字に取り憑かれてしまったが故、連休の間も、ずっと、上手く話す事ができなかった。
それは、想像以上に深刻な問題で、彼の顔を見るだけで、心拍数は鰻登りに上がって行く。
朝、あくびをする姿から、夜、まるで子どもの様に幸せそうに目を閉じる寝顔まで。
……毎晩の様に、彼が眠る顔をコッソリ眺めていると、思わず、あらぬ衝動に駆り立てられる。
……きっと、唇、柔らかいんだろうな、って。
衝動的に、顔を近づけそうになるのだ。
でも、そんな自分のワガママな感情で、彼の"ファーストキッス"を奪う訳には行かない。
そうよ、朱夏。理性的にいなければ。
欲望に打ち勝つ為に、何度も、首を振って邪念を棄てる。
そんな、毎日だ。
正直、自分の気持ちの答えは、まだ出ていない。
……だけど、そう考えれば考える程、恥ずかしさが優って、逆の行動を取ってしまうのだ。
狭いアパートで、少しでも手や足が触れただけでも、過剰に反応してしまうほど……。
そんな日々に、息苦しさを感じていた。
一旦、冷静にならなければ、私はどうかしてしまう。
そう考えたからこそ、今日は切り替えの為に、彼と距離を取る事にしたのだ。
……後、周も周で、最近はおかしい。
なんて言うか、また、何かに悩んでいる気がする。
それに、空ちゃんのお父さんとの関係。
この前、疑った内容が、頭の中をこだまする。
……もし、家族ぐるみで二人をくっ付けようとしているのならば……。
考えるだけで、泣きそうになる。
そうしたら、私は、どうなるのよ……。
素直に、病む。
バカ周。バカバカ。ホント、バカ。
彼に対する、罵詈雑言が止まらないのだ。
……だって、不安にもなるでしょ。
私は、空ちゃんの"気持ち"を知っている訳だし。
彼女は、ハッキリと"恋"を宣言していたんだ。
でも、周自身は、特に、気にしている様子を見せていなかったから、安心はするけど。
……流石に、ないよね?
クラスメイト達と解散するや否や、着信音が鳴り止まないスマホを気にする事なく、私は不覚にも、妙な思考を膨らませるのであった。
それよりも、早く帰らなきゃ。
だって、今日は、初めて、"周との暗黙の掟"を破っちゃったんだもん。
これまで、夜には必ず夕食を摂っていた。
それは、仲が良い時も、喧嘩をしてしまった時も。
今回は、私の"ワガママ"な気持ちが先行して、崩してしまった。
もしかしたら、寂しがっているかもしれない。
アパートでぼっち飯を決め込んで、泣いている可能性だってある。
何故か、一瞬だけ、楽観的な感情を抱くと、私は途端に、彼の顔が見たくなった。
……周、今、帰るから。
そう考えると、私は歩く速度を上げたのであった。
――――だが、その時だった。
暗がりの中、遠目に見えるバス停。
そこには、"見慣れた二人"の姿。
……あれは。
私はそう思うと、気づかれない様に物陰に隠れる。
同時に、よく目を凝らす。
……その瞬間。
小さな女の子は、覚悟を決めた様に、まっすぐ、彼の背中に"抱きついていた"のだ。
……えっ?
思わず、呆然と立ち尽くした。
だって、そんな"ラブストーリー"の一幕を演じていたのは、紛れもなく、"周と空ちゃん"だったのだから……。
これまで、ずっと、二人がその様な関係になることはないと、否定を続けてきた。
それが、自分に安心感を与えていた。
……しかし、まざまざと見せ付けられた光景。
彼らが、この広い日本で、"一つになっている"という、受け入れ難い現実。
もし、単なる先輩と後輩の関係ならば、そんな距離感になるはずがない。
同時に、私の心臓は、破裂してしまう勢いで激しく音を立て始めた。
「……なんでよ」
自然と弾き出された、そんな言葉と共に。
気がつけば、私はその場から走り去っていた。
次第に膨れ上がる感情。
周の、バカ。
周の、アホ。
周の、裏切り者……。
止まらない愚痴の中、気がつけば、景色は歪んでいた。
凍える様な寒さも、感じない。
ただただ、辛い現実だけが、胸の中を波打つだけ。
そこで、私はやっと気がついた。
……周、私は、アンタを愛しているんだ、って。
やっと気がついた本当の気持ちを目の前に、"想い出の公園"に辿り着くと、どうしようもない"哀しみ"に打ちひしがれながら、年甲斐もなく、嗚咽を漏らすのであった。
*********
やっと気持ちの整理を付けると、私は真っ赤に腫らした目で、帰宅した。
……明かりが灯っていれば、鍵も、開いている。
つまり、"今一番会いたくない相手"は、もう既に家の中にいるのだ。
そんな最中、ドアノブに手を掛けると、先程の"受け入れたくない現実"が脳内にフラッシュバックする。
周は、空ちゃんと……。
しかし、いつまでこうしていても仕方がない。
だって、私の帰る場所は"ここ"しかないのだから……。
だからこそ、意を決して、震える手で玄関の扉を開いた。
……すると、彼は、部屋の奥でいつも通りの姿で寛いでいたのであった。
「た、ただいま……」
恐る恐る、私がそう呟くと、彼は普通のトーンで「おかえり」と、応えた。
……あれ? なんで……。
そんな、あまりにも日常的なやり取りに疑問を持ちながらも、辿々しい足取りでリビングに足を進める。
続けて、こう問うのであった。
「アンタ、今日はずっと家にいたの? 」
探る様に、ビクビクとしながら尋ねると、周は当たり前の様に首を振った。
「……いや、今日は豊後さんに誘われて、外食していたぞ」
あっけらかんとした表情で、飾らない口調。
……なんで、こんな普通でいられるの?
私は、首を傾げた。
もしかしたら、さっき見た光景は、何かの間違いだったのかしら。
そう思わされる。
「そ、そうなのね。楽しかったかしら? 」
まだ頭の整理が付かない状態で、そんなことを聞く。
その言葉に、周は、ニコッと笑った。
「ああっ! やっぱり、豊後さんとは"気が合うな"と思ったよ。文芸部の後輩としてではない形で、彼女との"友情"が深まったなとか思ったし、行って良かったわ!! 」
彼から"友情"という言葉が出て、私は先程までの"涙"を忘れて、心底ホッとした。
だって、周の口調からは、嘘偽りを感じ取れなかったから。
……でも、それならば、何故……。
そう考えると、どうしても確認したい"本題"を、思わず問いかけようとした。
「じゃあ、なんで……」
すると、彼は「んっ? 」と、首を傾げる。
その所作を見た瞬間、私は口を紡いだ。
……真実を知るのが、怖くなったんだ。
「……いや、なんでもないわ。それよりも、今日は疲れたから、お風呂に入ってくるわね」
結局、私は聞けなかった。
何故、空ちゃんはアンタを抱きしめていたのかを。
同時に、この溢れ出る"不安"と、しっかり向き合わなければいけないのだと痛感した。
私は、周と付き合いたい。
誰にも奪われたくない。
だって、この世の誰よりも、彼のことが好きな自信があるから……。
それならば、いちいちこの気持ちを否定したり、恥ずかしがっている時間などないんだ。
まだ、空ちゃんへの感情が"友情"であるうちに。
そう思うと、私は覚悟を決める様に、上着を脱いだのであった。
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