52項目 今日のわれ哀しみにあり


 年末年始があっという間に過ぎ去り、気がつけば、短めの冬休みは終わった。



 そう、憂鬱な学校生活の再開なのだ。



 この休暇の間に、俺は何かの成果を残したか。



 ……答えは、"否"、だった。



 初詣以来、朱夏の態度は変わった。



 以前、喧嘩をした際などに"その瞬間"はあったが、今回は全く別物だった。



 分かりやすく言えば、何かにつけて、"過敏"になっていたのだ。



 普段、肩やら腕やらをバシバシと叩いて"スキンシップ"をとってきたものだが、今は真逆。



 テーブルの下でつま先が当たった程度でも、『……きゃっ! 何触ってんのよ、この変態っ!! 』とか、大袈裟に騒いで来たり。



 まあ、要するに、知らぬ間に好感度が下がってしまったのは、分かりやすく理解できたのである。



 もしかしたら、晴れ着姿を褒めなかったのが原因なのかもしれない。



 『後輩の事は褒めたくせに』とか、思っているのかも。



 ……正直、焦りよりも先に、ショックを受けた。



 俺は、朱夏を惚れさせなきゃいけない。



 それはさておき、嫌われてしまったなどとなれば、落ち込む他、何もないだろう。



 ……だって、そもそもミッションを除いたとしても、朱夏が好きだから。



 そう思うと、"元の世界に帰す"以前に、この絶妙に気まずい雰囲気を打破しなければならないのだ。



 しかし、俺はまだまだ弱かった。



 結局、何かのアクションをすれば、もっと嫌われてしまうのかもと思うと、何も出来ないままだった。



 ただただ、時間だけが過ぎ去って行く。



 ……マジで、どうすれば良いんだ。



 "恋"って、難しすぎるだろ。



 そんな気持ちで、登校初日を終える。



 『あけおめ』が周囲を埋め尽くす教室の中心で、話題を振る、朱夏の姿を遠くで見つめながら……。



 ……すると、惨めな姿で帰り支度をする俺に、彼女からこんなメッセージが届いた。



『ごめん、今日はクラスメイト達と夕飯を食べる事になったから、部活も行けないわ』



 朱夏は、コチラを一つも眺める事なく、要件を伝える。



 その所作を目の前に、分かりやすく落ち込んだ。



 後、これまでの彼女はずっと、学校の仲間と放課後に何処かへ出かけるなどという行動を取った事がなかった。



 ……つまり、完全に避けられている。



 その事実をまざまざと見せつけられると、俺は俯き様に教室を出て行った。



『了解、楽しんで来い』



 などと、強がって返信した後で。



*********



 ブルーな空気のまま、薄ら寒い部室に着く。



 旧校舎という事もあり、暖房が設備されていない部屋の中は、旧式のストーブが本領を発揮するまでの間、上着を手放せない。



 ……そんな些細な出来事にすらも、苛立ちを覚える。



 今、ハッキリと分かった。



 ……俺は、どうやら、朱夏に嫌われてしまったみたいだ。



 そんな事実が胸を突き刺す度に、次第に、表情は曇ってゆく。



 同時に、当初の目的も忘れる。



 それ以上に、根本的な所で……。



 だからこそ、机の上に両腕を付くと、俺はしな垂れたのである。



 ……これから、どうすれば良いんだよ。



 ――すると、その時、部室の扉が開いた。



「お、お疲れ様です……」



 中に入ってきたのは、豊後さんだった。



 そこで、俺は本心を隠す為に慌ててテンションを切り替えた。


「おっ、お疲れ様っ!! この前は、偶然だったねっ!! 」



 初詣の時を思い出しながらそう告げると、彼女は、ニコッと笑った。


「はいっ! 空も、お二人とお会いできて、とっても嬉しかったですっ! 」



 その一言を聞いた瞬間、俺はこんな事を思った。



 ……あれっ? 豊後さん、いつも通りに戻ってる……。



 ここ最近、俺と会った時、彼女はまるで他人の様にぎこちなかった筈。



 それに、この前、偶然会った時も失言をして変な空気を作ってしまった。



 ……なのに、今日の豊後さんは、まるでこれまでの態度が嘘だったかの様に、普通に俺と接しているのだ。



 強い"違和感"を感じる。



 ……でも、ホッとした。



 だって、今はただでさえ、大好きな人に避けられている訳だし。



 だからこそ、どんな理由があったとしても、"別の部分"が修復されているのならば、安心するのは当たり前の話なのだ。



 ……まあ、そんな感じで、俺と豊後さんのみでの部活動は、始まった。



 相変わらず、会話の少ない状態で。



 心、ここにあらずの状態で、ラノベを読み進める。



 ……朱夏は今ごろ、何をしているのだろうか。



 そんな気持ちの中で。



 今日は、久しぶりの"ひとり飯"だなぁ。



 考えてもみれば、どんな状況であっても、絶対に食事は"二人一緒"に摂っていたな。



 俺には外出をする様な友達があまり居ないから、クラスメイトとの外食など、"一度たりとも"行った事がないし。



 でも、朱夏は違う。



 数多の誘いを断った上で、必ず帰ってきていたんだ。



 しかし、その籠城も、今日で崩れ去った。



 この事をきっかけに、彼女は忙しい放課後を過ごして行くのかもしれない。



 そうなれば、俺との心の溝は更に深まるに違いない。



 ……朱夏を元の世界に帰して、幸せになってもらうなんてミッションは、どんどんと遠ざかる。



 俺の心が擦り減るのと共に……。



「はぁ……」



 考えているうちに、思わず、ため息をついてしまった。



 ……すると、俺を前に、過敏に反応したのは、豊後さんだった。



「あの、どうしたんですか……? それに、今日、朱夏さんは……」



 彼女は、まるでタイミングを伺っていたみたいに、恐る恐るそんな問いかけをしてきた。



 ……まずいな。不意に態度に出てしまった。



 せっかく、豊後さんは普通に戻ったのに。



 ここで、また格好悪い所を見せたら、また避けられてしまうかもしれない。



 ……ならば。



「いや、今読んでる本の展開が、あんまり良くなかっただけだよ。後、朱夏は今日、クラスメイトと晩御飯を食べに行くって言ってた」



 俺がそう伝えると、豊後さんは、何故か、顔を真っ赤にして俯いた。



「そ、そうなんですか……」



 ……やばっ。もしかして、俺と二人きりは嫌だったか?



 すっかり卑屈になった俺は、そんな事を思う。



 でも、そうかもな。



 何をやっても、ずっとずっと空回りし続けている訳だし。



 これが、今まで培ってきた"コミュ症"の弊害なのかもしれない。



 ごめんな、豊後さん。



 俺なんかのせいで、嫌な思いを……。



 そう思うと、今ある空気感に居た堪れなくなって、部室を去ろうと立ち上がった。



 ……きっと、邪魔だろうし。



 ――――しかし、そう決め込んで、歩き出したその瞬間だった。



「あの、つ、つまり、今日の夜は、"空いている"って事ですか……? 」



 彼女は、辿々しくも小さな声で、そう問いかけてきた。


「ま、まあ、そうだけど……」



 心を抉る事実確認に、泣きそうになりながら返答。



 意外に、豊後さんも"ドS"だな……。



 俺はすっかり捻くれた頭の中で、そんな事を考える。



 ……だが、次に出た言葉を受けて、今、感じている想いが、皆目見当違いであった事を自覚させられたのであった。



 豊後さんは、立ち尽くす俺を目の前に、しばらくモジモジとしている。



 ……んっ? いきなり、どうしたんだ?



 ……そして、何かを決意したのか、彼女は勢いよく顔を上げると、俺の目をジーッと見つめた後で、こんな"提案"をしてきたのであった。



「じゃあ、今日は、空とご飯を食べに行きませんか?! 」



 彼女は、完全に喋るトーンを間違えていて、いつもの2倍以上の声量で、食事の誘いをしてきたのだ。



 その瞬間、俺は呆然とした。



 真意が分からなかった。



 ただ、一つわかる事。



 別に、彼女は俺を嫌がってはいない。



 豊後さんは、とても優しい性格。



 もしかしたら、俺の異変を察して、"あの仲直り"の時の様に、気を遣ってくれたのかもしれない。



 ……正直、嬉しかった。



 心が擦り切れた俺にとって、願ってもないお誘い。



 今、孤独の淵に打ちひしがれていたから。



 豊後さんにすら、避けられてしまっていたと考えていたから。



 だからこそ、俺はその唐突な"食事"を断る理由がなかった。



 ……朱夏も、帰ってこないし。



「お、俺で良ければ……」



 狐に摘まれた様な表情で、そう頷く。



 すると、豊後さんは胸に手を当てながら、まるで、窮地を脱出した様な顔で安堵していた。



「ありがとうございます……。じゃあ、近所の"蕎麦屋"に行きましょう」



 その表情から、彼女が勇気を振り絞ってくれたのがよく分かった。



 同時に、感謝をした。



 きっと、分かりやすく凹む俺を慰めてくれようと考えてくれている心遣いに。



 "蕎麦屋"という、女子高生らしからぬセンスには、一瞬だけビックリしたが……。



 だからこそ、ほんの少しだけ"前へ進む勇気"を彼女から貰うと、俺達はやっと暖まり始めたストーブをOFFにした後で、部室から離れたのであった。



 ……考えてもみれば、豊後さんと二人で出かけるのは、初めてだな。



 そんな楽観的な思考が、一瞬だけ浮かんだところで。

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