51項目 一人の空回る男
「アッハハ〜!! それにしても、偶然だねぇ〜!! 」
豊後父は、いつもの声よりも2トーン程高い声でそう言った。
それに対して、俺は苦笑いを浮かべながらも「ま、まさか、こんな所で会うなんて……」と、ぎこちなく返答。
……首を傾げる朱夏と豊後さん。
なんか、明らかに何かを疑っている気がした。
そうなると、流石にまずい。
……だって、俺と彼の間を結び付ける"理由"を詮索されかねないから。
朱夏の産みの親である事も、言う訳にはいかないし。
という訳で、俺は慌てて話題転換を含めた上で、"豊後さん"の晴れ姿を褒め称えた。
「……ところで、その格好、とても似合っているよ。なんていうか……。いつも以上に素敵だね」
ニコニコと笑いながらそう告げる。
その言葉を聞いた彼女は、分かりやすく爆発した。
「しゅ、しゅてきって……」
その姿を見て、俺は、また間違えた"対応"をしてしまったのでは、と、気がつく。
だって、父との関係を疑われぬ様に焦った結果、あまりにもストレートに気持ちを伝えてしまったから。
ただでさえ、豊後さんは恥ずかしがりで臆病。
そんな性格を知っていながら、妙な事を口にしてしまった。
だからこそ、俺は朱夏に助けを求める為、視線をずらす。
……しかし、そちらの方が深刻だった。
「あのさぁ……。私の振袖姿には、ノーコメントだったクセに……」
怨念の込もった表情でそう漏らした彼女。
……えっ?
いやいや。
俺は、朱夏に嫌われたくないからこそ、"敢えて"、着物について褒めなかった訳で。
本当は、もっともっと賞賛したかったんだよ?
某漫才コンテストの審査員だったら、満点を付ける勢いだったし。
……だが、そんな言い訳は、通用しないと痛感した。
だって、明らかに不穏な空気感を醸し出して、俺を睨みつけているし。
また、怒られる。
……それに、嫌われる。
今は、絶対にその様な"失敗"は許されないのだ。
だからこそ、慌ててフォローをしたのだ。
「……いや、お前も、すごく似合っていたよ。思わず、"二度見"しちゃうくらいにな。だけど、照れ臭かったんだよ。だから、許してくれ」
核心を控えた上で、素直にそう告げる。
……すると、朱夏の表情は次第に晴れて行った。
そして、すっかり口角が緩むと、こう呟いたのである。
「……そっか。なら、許す」
……とりあえず、危機を回避できた事に、ホッとした。
マジで、コイツの頭の中がわからない。
でも、まあ、機嫌が直ったみたいで一安心。
……そんな中、今度は、対面から妙な視線を感じる。
「あの……。豊後さん、どうしたの? 」
彼女は、爆発状態から復帰するや否や、俺と朱夏のやり取りの後、ジーッと見つめていた。
……ウルウルと目を潤ませながら。
こっちの問題もよく分からん。
それに、何故か、最近は関係がぎこちなかったし。
さっき"問題発言"をしてしまったのも相まって、気まずい……。
だが、そんな中、彼女はボンヤリした表情で俺を眺めながら、こんな言葉を発したのであった。
「……小原先輩も、素敵です……」
……んっ? なんで俺もだ?
まあ、確かに今日の服は、クリスマスの祭、朱夏が温情的にプレゼントしてくれた"よそ行きの格好"をしている。
もしかしたら、俺が"オシャレ"になった成長を喜んでくれたのかもしれない。
以前、フィールドワークの際に披露した衣装は、あまりにもダサかったし。
素直に嬉しかった。
だからこそ、ニコッと笑いながら彼女の発言に対して、こう返答したのであった。
「ありがとうっ! 実は、この服は、朱夏がチョイスしてくれたんだ! 『いつもダサいから』ってな。おかげさまで、これだけ洒落た格好に生まれ変わったって訳だよ! 」
柄にもなく天狗になって、胸を張る。
『ドヤ、俺凄いだろ』状態で。
……だが、そんな模範解答に対して、豊後さんは口を膨らませていた。
「そうですね……」
とても、素っ気ない。
再び、あまり宜しくない空気が漂った。
同時に、隣にいた朱夏から、蹴りを一発喰らった。
「ボコっ!!!! 」
……臀部に強い痛みを感じる。
「な、なんで……」
何の意味も分からずにそう問うも、すっかり不機嫌になった朱夏は、「自分で考えなさいっ! 」と、声を荒げた。
……マジで、何なんだよ。
そんな気持ちで、何故か空回りを続ける俺。
……だが、後輩の父はその様子を、何とも言えない複雑な表情で見ていたのである。
「……う〜ん。なんて言うか、小原くんは、想像以上に、"ラブコメ"の主人公をやっているみたいだね」
……この雰囲気に追い討ちをかける様に、彼はそんな発言をした。
同時に、気を失う豊後さん。
顔を真っ赤にする朱夏。
……結局、収拾がつかなくなった。
「アッハハ〜!! 彼は、一体、何を言っているのかしらっ!! ……あらっ。もうこんな時間。そろそろ"お昼ご飯"を食べなきゃいけないわねっ!! じゃあ、私達はこれでっ!! 」
朱夏のテンションは、壊れた。
同時に、そんな事を彼らに伝えると、俺の首根っこを掴んで、急ぎ足で、その場を後にした。
……一体、なんなんだ。
でも、俺は間違いなく、二人の女の子に無礼を働いたのは事実。
だからこそ、今後、もっと女の子の気持ちを理解しない限り、彼女との進展は見込めないと、強く実感するのであった。
……後、想像以上に豊後父は、ポンコツである事も理解した。
とても、"夜桜漆枝"と同一人物ではないかの様に。
*********
私は最近、情緒不安定だ。
一日の間で、感情の移り変わりが激しい。
そのキッカケとなった出来事は、空ちゃんが想いを伝えたから。
今日は、偶然、神社で初詣をしている最中、彼女は現れた。
正直、今でも可愛い後輩であるのには変わらないから、新年早々に会えた事は、とても嬉しかった。
……でも、彼女のお父さんと周のやり取りを見て、そこはかとなく胸が騒ついたのだ。
だって、二人はまるで、何かを隠す様な素振りでぎこちなく接していたから。
それに、この前、学校で初めて挨拶をした時、彼は周を遠くに連れて行き、何かを話していたのだ。
気になって仕方がなかったので、周に「どうしたの? 」と問いかけたが、口を紡いだ。
……そこで、嫌な憶測が浮かび上がった。
もしかしたら、あの時、お父さんは空ちゃんの事を"託した"のではないかって。
彼女が、親に相談をした結果、周との恋をサポートしているのではと……。
だからこそ、今日のあの態度なのでは、と。
それに、空ちゃん自身も、勇気を振り絞って周を褒めていたのも見たし。
……相変わらず、陰キャ特有の"残念な勘違い"のおかげで、真意については伝わってなかったっぽいけど。
でも、そのやり取りを見ている内に、私は焦りを抱く。
結果、彼を蹴ってしまった。
……本当は、そんな事をするつもりがなかったのに。
それに、あの苦手な"お父さん"が、空気も読まずに言った、『ラブコメの主人公みたいだね』という一言。
些細な一言を聞くと、私は想像を遥かに超える程の"恥ずかしさ"を感じたのであった。
最近の私は、本当におかしい。
アイツとは、別にそんな甘ったるい関係である訳ではないのに。
……だけど、どうしても独り占めしたいと思う自分がいた。
この前のクリスマスも、彼とお出掛けがしたくて、敢えて、全ての誘いを断った。
それに、彼が喜ぶと思って、服も一生懸命調べて選んだ。
だって、いくらクラスメイト達と本心で話せる様になっても、彼はそんな物では語ることが出来ない程に、"特別な存在"なのだから。
だけど、私はある"目標"を作ってしまったが故、誘うタイミングを失っていた。
そんな時、彼から声をかけてくれた。
……本当に、嬉しかった。
結局、アイツは根っからの"卑屈体質"を発動させた結果、空回りを続けていたけど。
でも、それでも、あの記念すべき日に、二人っきりでいられた事に意味があったから。
どんな形であれ、素直に嬉しかったんだ。
今思えば、私の気持ちは、想像を遥かに超える程、彼に近づいているのかもしれない。
だからこそ、空ちゃんを見ていると、不安になる。
"喫茶モアイ"の帰り道、一人で何度も悩んだ"二人の未来"が何度もフラッシュバックして。
そこで、自分の気持ちと向き合う事にした。
これって、彼のことが……。
私は、そんな、あり得ない"疑い"を胸に抱くと、先程のやり取りについて反省している素振りを見せる彼を連れて、自宅のアパートへと戻るのであった。
……もしかしたら、私は周の事が、"好き"、なのかもしれない。
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