50項目 眠気を捨てよ初詣に出よう



 結局、俺のクリスマスは、空回りをしたまま終わった。



 やはり、カップルの魔窟に行くには、陰キャには、まだ時期尚早だったらしい。



 ……まあ、花火の時と違って、朱夏はイルミネーションを楽しんでいたから良かったけどね。



 俺は、目の前に広がる幻想的な景色より、"彼女"の事ばかりを見ていた気がするが……。



 おかげさまで、イルミネーションの途中、『な、何をジロジロと見てんのよっ! 』って怒られる始末だし。



 なんか、意識しすぎて、いつも通りに振る舞えなかった。



 ……つまり、クリスマスデートは失敗だった。



 正直、ここが狙い目だと思ったのだが。



 まあ、仕方がない。



 朱夏自身は、俺の変化をあまり気にしていない様子で安心したけど。



 ……そんな感じで、数日間、あまり成果が実らないまま、気がつけば、年の瀬を迎えていたのだ。



 おおよそ、後1分で新年を迎える。



 正直、あんまり興味がない。



 普段は、もう既に寝ている時間だし。



 今も、かなり、眠い……。



 本当は、もっともっと、朱夏の気を惹かなきゃいけないのに。



 クリスマスの汚名を返上しなければいけないのに……。



 クソ、体力ゲージ振り切ってくれよ。



 ……でも、俺の慕い人は違う。



 彼女は、有名な寺からの中継模様を確認しながら、「……あと、少し」と、ソワソワとしている。



 手には、無理やり作らされた年越しそば。



 まるで、子どもにでも戻ってしまった様に、とても元気だ。



 ……そんな中、テレビからはカウントダウンが始まった。



 同時に、抗い難い眠気にウトウトとする俺に「ほら、アンタも言いなさいっ! 」と、無理やり肩を揺さぶられた。



「5、4、3、2、1…………」



 朱夏は、こっちの現状も気にせずに、得意げにそう秒数を刻む。



 ……そして、時計が『0:00』のゾロ目に揃った瞬間、彼女は両手を広げて、こう告げたのであった。



「周、新年、明けましておめでとうっ!! 」



 眠たまなこの俺に向けて、そんな歓喜の声を上げる。



「……あ、ああ……。今年も宜しくな……」



 最後の力を振り絞って、挨拶をする。



 すると、朱夏はそんな俺の姿に、うんざりしていた。



「……アンタねぇ。新年も祝えないから、いつまで経っても"ぼっち"なのよ」



 "初嫌味"を言われる。



 ……にしても、何故、彼女が今、元気なのか。



 それには、理由があった。



 ……昨日の話。



『拝啓、愛しの息子と同居人さん』



 そんな手紙と共に、ある荷物が届いた。



 ……中を開けると、そこには"真っ赤な振袖"が入っていた。



 送り主は、母みどりだったのだ。



 手紙には、こう書かれている。



『せっかく、朱夏ちゃんと一緒に住んでいるんだから、初詣でも行ってくると良いですよ。この着物は、私が"嫁入り道具"として貰った大切な品。きっと、彼女にも似合うはず』



 この母による気遣いのおかげで、朱夏はいつにも増して元気なのだ。



 ……母さん、グッジョブ。



 正直、そう思った。



 しかし、ここ最近、悩みすぎて眠れない日々を送っていた弊害によって、俺の意識はどんどんと薄れて行く。



 ……いかん、もう、寝そう。



 ここが、正念場なのに。



 いつもそうだ。



 ……俺は、タイミングが悪すぎる。



 すると、そんな風に朦朧とする俺に、朱夏は小さくため息をついた後で、何故か優しく微笑んだ。



「……全く。ホント、周は、いつもいつも……」



 彼女はそう囁くと、ソファの上で眠りかける俺に、そっと布団を掛けてくれた。



 慈愛に満ちた表情で。



「ご、ごめん……。お前を"喜ばせなきゃいけない"のに……」



 思考が狂ったせいで、言わないようにしていた"心の声"を、思わず口にしてしまう。



 ……それに対して、朱夏は、ハッとした表情を浮かべる。



 なんだか、その顔は少しだけ嬉しそうな気がした。



 そして、俺の瞼が半分になった所で、彼女はこう言ったのであった。



「……もう寝なさい。明日は、ちゃんと"初詣"に付き合ってもらうわよ。……後、いつもありがとね」



 ……その言葉を最後に、俺は眠りに就いた。



 とても幸せな気持ちのまま……。



*********


 すっかり日の出が顔を出した朝、目を覚ますと足早に準備を終え、約束通り、初詣に訪れていた。



 向かった先は、地元で有名な近所の神社。



 長い長い階段を登った先にある境内に辿り着くと、朱夏は年明けに沸く周囲を前に、分かりやすく上機嫌になっていた。



 ……母から託された、華やかな振袖を着て。



「……あの娘、めっちゃ可愛くね? 」

「そうだよな。もしかして、モデルかなんか? 」

「オレ、飯に誘ってみようかな」



 辺りから聞こえるヒソヒソ話が、如何に彼女が、この場所において"いい意味"で浮いた存在であるかを証明しているのだ。



 まあ、可愛いよ。世界で一番。



 しかし、この前のクリスマスの際、素直に「綺麗だよ」と告げたら微妙な空気が流れたのを覚えているから、敢えて、誉めなかった。



 ……そこで不機嫌になっていたのはあったが……。



 本当に、乙女の感情というのは、理解に苦しむ。



 とは言え、完全にイベントモードに入った朱夏は、軽やかに下駄を鳴らしながら、俺にこう促して来たのであった。



「とりあえず、早く参拝しましょうよ! 」



 そう言われると、俺は、今、こんなにも美しい少女と新年を共有出来ている事に、若干の"優越感"を感じる。



 だからこそ、年甲斐もなく走る彼女に、「仕方ねえなぁ」とか言いながら、嬉々として行くのであった。



 ……本殿の前に暫く並んで、数分、俺達の番になる。



 同時に、賽銭を入れた後で、二礼二拍手一礼をする。



 続けて、願いを唱えた。



『……朱夏を、無事に元の世界に戻せますように……』



 俺の願掛けは、その一択だった。



 正直、あんまり嬉しい話ではないが、もし神様がいるならば、どうしても叶えて欲しい"想い"だ。



 だからこそ、例年にも勝る熱意を以て、真剣にお願いをした。



 ……どうしても、まだ現実味がない、その"望み"を……。



 そして、すっかり拝礼を終えると、俺は隣にいる朱夏の方を見た。



 彼女もまた、"何か"を真剣に祈っている様で、綺麗な瞳を閉じたまま、両手を合わせていた。



 ……なんだか、その姿を前に、俺は改めて思う。



 本当に、今、忍冬朱夏はこの世界にいるんだよな……。



 気がつけば、当たり前になっていたが、改めてそんな事を考えさせられる。



 すると、すっかり祈りを終えた彼女は、ニコッと笑うと、「……じゃあ、行こっか」と言った。



 最中、俺はこんな野暮な事を聞く。



「……ところで、お前は何を願ったの? 」



 それに対して、彼女は何故か頬を赤らめた。



 続けて、小さく首を振ると、ため息をつく。



「それを話しちゃったら、叶わないじゃない。だから、言わないわ」



 途端に素っ気なくなった朱夏に、俺は首を傾げる。



 ……マジで気になるやん。



 しかし、これ以上の詮索は、嫌われかねない。



 そう判断すると、すっかり初詣を終えた俺達は、神社から去ろうとしたのであった。



 ……しかし、長い階段の一段目を踏み出した瞬間。



「……あれっ? 小原先輩に、朱夏さん……」



 対面から現れたのは、学校で見慣れた後輩、"豊後さん"だった。



 彼女は、朱夏同様に、黄色い振袖を着ている。



 ……とっても似合っていた。



 すると、その姿を見た朱夏は、偶然出会った可愛い後輩を前に、歓喜の声を上げた。



「あらあら、空ちゃんっ! その着物、とっても可愛いわっ! 振袖って意味では、私とお揃いねっ! 」



 新年を迎えたテンションも相まってか、満天の笑顔で抱きつく。



「あ、朱夏さん……」



 辿々しくそう答えた彼女も、何故か、とても嬉しそうに思えた。



 これは、実に眼福な光景だ。



 だって、二人とも、めちゃくちゃ可愛いしね。



 だからこそ、俺は仲睦まじくする二人の"イチャイチャ模様"を、何も喋らずに眺めていた。



 ……てか、そもそもの話、この二人が俺しかいなかった文芸部に在籍しているって、奇跡なんじゃね?



 そんな気持ちの中で。



 同時に、一瞬だけ考える。



 もし、朱夏がこの世から居なくなったら、豊後さんはどう思うんだろう、と。



 正直、かなり落ち込むだろうな。



 だって、間違いなく彼女にとって、朱夏は大切な先輩な訳だし。



 俺は部長として、豊後さんの気持ちも背負い込まなければいけないのだと、自覚をさせられた。



 ……言い訳、考えておかなきゃな。



 すると、そう思っている間に、彼女の背後からはこんな声が聞こえた。



「……空、早すぎるぞ〜」



 息を上げながら、疲れ切った顔で階段を登って来たのは、紛れもなく、"豊後父"だったのだ。



 その姿を前に、俺は途端に背筋をピンっとした。



「あ、明けまして、おめでとうございます〜」



 ぎこちない口調でそう告げると、彼は、俺や朱夏の存在に気がつく。



 続けて、少し息を整えると、チラッと"ヒロイン"の顔を見た後で、俺にこう告げて来たのだ。



「あ、明けまして、お、おめ、おめでとうっ!! 」



 階段を登った事による疲労感とは違う、妙な汗をかいていた。



 ……彼も、俺同様、焦っていたのだ。いや、俺以上に。



 理由は、すぐにわかる。



 何故なら、裏で『朱夏をラノベの世界に帰す為に結託している』という背景があるから。



 だからこそ、二人ともぎこちなく接しているのであった。



 そんな俺達の姿を前に、後輩に頬擦りをしていた朱夏は、怪訝な表情を浮かべた。



「……えっ? どうしたの? 」



 分かりやすい、猜疑心満載の顔。



 そこで、俺は状況を打破する為に、こんな言い訳をしたのであった。



「い、いや、なんでもないよっ!! 」



 ……なんか、変なテンションになってしまった。



 そのおかしなやり取りが、我々に不穏な空気を与えるのである。

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