49項目 おかしなおかしなこの気持ち


 ……随分と早かったな。



 僕は、彼からの電話を受けると、素直にそう思う。



 どうやら、小原くんは、僕が産み出した"ヒロイン"が帰還する方法を発見したらしい。



 正直、もう少し時間がかかると思っていた。



 ……だって、異世界転移だよ? 当たり前な訳がないじゃないか。



 それは、アニメや漫画、などのサブカルチャーが好きならば、誰もが憧れる代物。



 にも関わらず、彼は簡単にその"やり方"を早々に見つけ出した。



 ぶっちゃけ、適当に嘘をつかれているのでは、と疑ってしまう。



 それに、転移方法を発見した経緯ついては、核心を避ける様に"はぐらかされた"気がした。



『怪しいアンティーク店で"禁書"に出会い、そこに記されていた』



 まあ、展開的には、定番っちゃ定番だけどさ。


 あまりにもベタすぎるでしょ。



 それこそ、もし本当ならば、"何かに導かれている"様にしか思えないのだ。



 僕も、まだまだ現役の中二病なのかもしれない。45歳にもなって。



 ……しかし、やり取りを続けている中で、彼は、決して嘘をつくタイプではない事が分かっていた。



 それに、さいけんガールの原作者である僕の意思を、素直に受け入れてくれた訳だ。



 だったら、信じるしかないじゃないか。



 信じるのは当然。



 僕は小原くんに、とても辛い選択を迫ってしまった罪悪感もあるし……。



 彼が、この世界に迷い込んだヒロインと共に生活していく中で、慕ってしまったのは明白だったし。



 その上で、互いに『忍冬朱夏を元の世界に戻す』約束をした。



 だからこそ、疑うなどという最低な事は、男として出来ない。



 それに関しては、良い。



 信じることにした。



 そこは良いんだけど……。



 一番心残りなのは、"その方法"の話だ。



『俺と朱夏が"キッス"をする事で、異界の扉が開けるらしいです』



 彼は、そう口にした。



 しかも、小原くん自身じゃないといけないと。


 『何故、君じゃなきゃいけないんだ? 』と尋ねようとしたが、流石に、野暮すぎて問うのはやめた。



 とは言え、ぶっちゃけ、僕にとって、彼女は娘同然。



 そんな可愛い"子ども"が、木鉢中以外の男とその様な行為をするなど、考えるだけでも頭がおかしくなりそうだ。



 だけど、彼は僕の気持ちを察してか、こう約束してくれた。



『中途半端な気持ちでキスをする訳ではなく、しっかりと"両思い"になった上で行います』



 その言葉を聞くと、頷かざるを得なかった。



 だって……。



 実際に、この世界で彼女と最も距離が近いのは、"小原くん"だから。



 それに、彼は"彼自身"にしか達成は不可能だと気まずそうに言っていたから。



 きっと、"決して外せない意味"があるのだろう。



 プロットを幾ら書いても、その答えには辿り着けない。



 だからこそ、その行く末を見守る事しかできない。



 何よりも、玉響学園での忍冬朱夏を見て、分かったんだ。



 ……彼女は現在、間違いなく"物語とは真逆の生き方"をしているって。



 だから、僕にはもう助言すら出来ない。



 幾ら、性格や過去を熟知していようとも、この世界での思い出は、紛れもなく"彼"が作ったモノ。



 とても寂しいし、悲しい。



 だけど、もし、最終的に"僕らの願い"が叶うなら、我慢する事が出来た。



 読者達が愛した、"ツンデレヒロイン"が幸せになれるなら……。



 ……小原くん、頼んだよ。



 僕はそう思うと、小さくため息を吐きながら、自室からリビングへと向かった。



 すると、そこには、ボーッとテレビを見つめる空の姿があった。



 ……思えば、最近は忍冬朱夏のことばかり考えていて、まともに娘と話していなかったな。



 ここら辺で、家族サービスでもしておくか。



 まあ、ほとんど僕が空と出掛けたいってのが本音だけど……。



 そう思いつくと、僕はニコニコと笑いながら彼女にこんな提案をした。



「空、もし良かったら、クリスマスに家族で美味しい物でも食べに行かないか? 」



 その言葉を聞くと、彼女はゆっくり振り返った。



 今日は、12月24日。



 にも関わらず、こうしてマッタリと過ごしている辺り、"聖夜"に予定がないのはすぐに分かったから。



 ……父としては、とてもホッとする。



 これでもし、空も恋なんかしていたとしたら、僕の自我がグチャグチャになる所だったから。



 ……まあ、好きな人はいるっぽくて凹むけど。



 そんな提案に対して、空は、一瞬だけ悲しい表情を浮かべた後で、ニコッと笑った。



「……そ、そうだね。とっても楽しみにしてるね」



 彼女は、受け入れてくれた。



 でも、若干、不安になった。



 やっぱり、空は想いを抱く"何処かの馬の骨"とメリークリスマスしたかったのだなと。



 ……まあ良い。



 もし愛しの娘が落ち込んでいるなら、親である"僕"が慰めてあげれば良いだけの話だし。



 そんな事を思うと、改めて"家族"を大切にしなければならないのだと実感した。



 ……クリスマス、小原くんも忍冬朱夏と過ごすんだろうな。



 直後に、また、邪な気持ちを考えてしまった。



*********



 空は、パパの誘いを受けて、海が見えるオシャレなレストランに来ていた。



 ……クリスマスの日に。



 大好きなパパとママと一緒で楽しい。

 ご飯もとても美味しいし、ロケーションも最高。



 でも、なんで、こんなに悲しいんだろう。



 朱夏さんと話をする中で、空は初めて自分の気持ちを"自覚"した。



 それは、紛れもなく、"初恋"だった。



 ……本当は、小原先輩と過ごしたかった。



 悲しみの理由なんて、すぐに自覚できる。



 だけど、空は引っ込み思案で、臆病だから、『クリスマスにお出かけしませんか? 』なんて誘う勇気はなかった。



 それに、彼の影には、いつも"一番頼りにしている先輩"の存在があった。



 正直、部室での雰囲気から察するに、二人は家族などではなく"特別な関係"なのだと思う。



 彼らはその事を否定するけど、多分、その気持ちを自覚していないだけなんだ。



 まるで、この前までの空のように……。



 今日だって、もしかしたら、二人で聖夜を過ごしているのかもしれない。



 本当は、喜ばなきゃいけない所。



 だって、空にとって、彼らはとっても大切な先輩で仲間だから。



 ……でも、考えれば考えるほど、胸がキューっと締め付けられる。



 恋の辛さに打ちひしがれる。



 それに、何故か、二人の想いを知りながら、朱夏さんに『小原先輩が好きだ』と、思わず、自白してしまった。



 本来ならば、気を遣わなければいけない所なのに。



 多分、本能的に負けたくないって思っちゃったんだ。



 彼の一番になりたいって考えちゃったの。



 ……でも、結局、臆病な所は変わらず、まだ連絡先も知らなければ、まともに話す事も出来ない。



 ホント、自分に嫌気が差す。



 だからこそ、今日、横浜港を目の前に大好きなイタリアン料理を食べても、あまり味が分からないのであった。



 そんな微妙な気持ちの中、空たちはお腹いっぱいになると、クリスマスに盛り上がる幻想的な街を歩いた。



 ……最中、パパは何かに気がついた様に、こんな事を口にしたのだ。



「あそこを見てくれっ!! イルミネーションが始まるみたいだぞっ!! せっかくだから、観ていこうか!! 」



 妙に明るいテンションでそう促されると、空は彼が指差す方向を見つめた。



 ……すると、大きなクリスマスツリーが七色の光に彩られていたのだ。



 辺り一帯も、まるで"冬"を演出するかの様な美しい純白の絨毯。



 その場所は、空にとって想い出の場所。



 ……彼らと共に、プロジェクションマッピングを観た、"赤レンガ倉庫"だったのだ。



 以前と変わらず、カップルでごった返している。



 でも、それ以上に、"過去の思い出"が重なって、何万個もの電球が放つ光は、とても、とっても綺麗に見えた。



 ……同時に、切なくなる。



 ああ、この"特別な日"に、小原先輩と二人でこの景色を観れたら、どんなに幸せなんだろう、って。



 これからも、共に歩けたらって。



 一緒に詩を読み合ってみたい。高校生らしく、ファーストフード店に行ってみたい。



 海や山、街だって、彼となら色鮮やかに輝きを放つ気がする。



 ……すっごく恥ずかしいけど、"キッス"もしてみたい……。



 朱夏さんには悪いけど、浮かんでは消えるワガママな欲望が、空の心を揺さぶった。



 ……そして、気がつけば、眼鏡越しに見える美しい景色は、歪んでいた。



 聖なる夜に、大好きな人を想う気持ちから。



 すると、あまりにも脈絡なく泣き出した空を目の前に、パパはしどろもどろになっていた。



「だ、大丈夫か?! もしかして、さっきの"イタリアン"でお腹でも壊しちゃったのか?! 」



 そんな風に、的外れな心配をする。



 でも、有り難かった。



「……な、なんでもないの……」



 ……これから、どうしたら良いんだろう。



 この、今も焼き付く"胸の高鳴り"に、どうオチをつけたら良いのかな。



 そんな気持ちの中で、空のクリスマスは、終わりを迎えたのであった。



 ……来年は、どうなるんだろう。



 こっそりと、期待をする自分がいたのだ。

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