48項目 僕らはあの公園の上で
結局、朝早くからクリスマスを楽しむ事になった俺達は、家から出たくてソワソワとしているばかりの"ヒロイン"を連れて、午前中から街を歩く事にした。
舞台は、この前の花火大会の際に失敗してしまった"みなとみらい"。
豊後さんとのフィールドワークの際にも訪れた赤レンガ倉庫にて、朱夏が"大目当て"と見定めるイルミネーションが行われる。
ここは、ある意味、過去の醜態との決戦の場なのだ。
……正直、これまでの人生の中で、クリスマスに外に出るなんて自殺行為をする事はなかった。
故に、カップル達がひしめく"魔境"に対して、若干の恐怖心を抱くのは否めないのだ。
……だが、そんな世にも恐ろしい事象を吹き飛ばすように、俺はショーケースに映る自分の姿を前に、ニヤニヤとしていた。
先程、朱夏が温情でくれた衣服。
前回の採寸を覚えていてくれたのか、ピッタリだったのだ。
それに、流石は彼女のチョイス。
"最新のリア充高校生"みたいな素敵なファッション。
まるで、俺が俺じゃない様だ。
とにかく、その事に有頂天になっていると、自然と"聖なる夜"である事など、忘れてしまうのである。
「ノッヘヘ〜。この服。最高だな。ありがとよ〜」
喜びから何度もクルクルと回りながらガラス越しに映る自分を見つめていると、朱夏は苦笑いを浮かべた。
「……喜んでくれるのは嬉しいけど、流石に引くわよ。恥ずかしいから、その"不気味"な行動はやめてもらえるかしら」
その言葉を聞くと、俺は途端にスンとした。
……い、いかんいかん。一瞬だけ、舞い上がってしまっていた。
これは、とてもまずい。
だって、今、"ホントの私デビュー状態"を前に、すっかり"当初の予定"を忘れてしまっていたのだから。
慌てて我に帰ると、夕方まで時間がある事を確認した後で、"港が見える丘公園"に向かって歩いていた。
……そして、長い坂を登り切って、展望台に差し掛かると。
「……凄い。こんなに、海を一望できる公園があるのね……」
朱夏は、さっきの俺の"挙動不審"を打ち消すかの如く、目の前に大きな橋と大海原が広がる景色を見ながら感動を口にしていた。
……やっぱり、こういう純粋な所が、好きなんだよな。
俺はそう思うと、思わず抱きしめてしまいたくなる衝動を抑えて、隣で頷いていた。
「そうだろ? 俺は小学生以来だが」
得意げに惨めな現実を告げると、朱夏は小馬鹿にした顔でニヤニヤとする。
「……まあ、アンタには、こんな"ステキな所"似合わないものね」
またも、嫌味を言って来る。
まるで、センサーが反応したように抗う俺。
「う、うるせっ! 別に、行くだけならできたわっ!! 」
我ながら、何ともダサい言い訳。
それに対して、彼女は笑った。
「確かにそうよね。"行くだけ"なら、ね。まあ、ここは付いてきてくれた私に対して、素直に感謝を述べるべきね」
何故か、胸を張る朱夏。
……しかし、俺はその言葉を否定する事ができなかった。
それに、もし俺の願いが叶った時、思い出すであろう。
今日という"大切な1日"を……。
だからこそ、切ない笑顔を見せると、こう告げたのであった。
「ああ、本当に、ありがとう……」
予想外な俺の対応を目の前に、朱夏はポカンとする。
その後で、何回か頷いた。
「……ま、まあ、良かったわ。喜びなさいねっ! 」
そう言うと、まるで話題転換をするかの様に、港の方へと視線を移したのであった。
……また、変な事を言っちゃったかな。
俺は焦る。
だって、考えてもみれば、きっと今、朱夏は"冗談"を言っていた筈だから。
なのに、上手く受け答えができなかった。
……これは、まずい。
もっと先にある"別れ"を意識しすぎて、まともに話せなくなっているんだ。
それじゃ、今日ずっと、ギクシャクし続けてしまうに決まっている。
結果的には、「アンタ、キモすぎ」とか言われた後で、嫌われてしまうかもしれない。
……だったら、どうすべきか。
いや、むしろ、いちいち俺は考えて行動をしすぎなんだよ。
今の朱夏は、素直な気持ちで"クリスマス"を楽しもうとしている。
それなら、とりあえず、今日だけでも流れに乗っからないでどうするんだ?
うん。むしろ、そうしないといけないだろ。
確かに、『朱夏と付き合う』というミッションの事は忘れるつもりはない。
だけど、それにばかり囚われていたら、彼女が可哀想じゃないか。
下心ばかりが先行しては、失礼にも程があるってものだ。
だったら……。
俺がそう決心を固めて「よしっ」と小さく気合を入れ直す。
すると、朱夏はその挙動に首を傾げた。
「……何を気合いを入れているの? 意味わかんないわ。その反省として、アンタもこの景色を見て心を洗い直しなさい」
そんな皮肉を言われると、俺はキンキンに冷えた手元を少し気にした後で、真っ青な空と海を見つめたのであった。
……うん、自然体。自然体だ。
なんて思いながら。
――――だが、そんな時。
「キミは、とても綺麗だね……」
「な、何を言っているのよ……。あなたの方が、ス・テ・キ……」
「キミの全てを奪いたいなぁ……」
「じゃあ、奪ってみせて……」
隣にいる、ペアルックの"バカップル"が、真っ昼間から甘ったるい声を囁き合っていたのだ。
同時に、俺は慌てて周囲を確認する。
……すると、そこには数多の"つがい達"。
しかも、どのペアもこの"記念すべき日"に酔いしれて、各々の形でイチャイチャとしていたのである。
途端に、俺は朱夏を見た。
……だ、だって、今、ここにいる意味って……。
そう思って震えながら彼女に目をやると、既に辺りの状況に気がついていた様で、顔を耳たぶまで真っ赤にしていた。
「……こ、これって」
世間から見れば、この"異様な場所"にいるという事は、つまり、"恋人同士"と捉えられるであろう。
そんな状況を前に、俺と朱夏は同じ態度を見せたのであったのだ。
「……じゃあ、中華街で飯でも食うか」
気まずさに押しつぶされて、捻り出す様に朱夏へそう告げる。
すると、彼女は力なく「う、うん……」と返答をしたのであった。
……クリスマス効果、半端ないって。
呆然とそう思いながらも、俺達は"ピンク色"に染まった港の見える丘公園を後にすると、少し早い昼食を摂る為、黙って歩くのであった。
*********
結局、今日一日は、周りのムードに阻害され続けてしまっていた。
中華街や、元町、それに、道端に至るまで、恋人、恋人、恋人。
……正直、どこに行っても自分達を投影してしまい、恥ずかしくて堪らなかった。
だって、自然に意識しちゃうじゃん。
隣にいる美少女を。
その気持ちこそが、俺に混乱を招く。
しかし、彼女はすっかり街の空気感に慣れた様で、いつも通りに戻っていた。
「……早く始まらないかしら。私、とっても楽しみよ」
日が沈んだ夕暮れ、人々でごった返す赤レンガの入り口にてワクワクしながらそんな事を言っている。
俺は、彼女の"適応力"に驚愕する。
同時に、いちいち周りを気にしすぎている自分の不甲斐なさに打ちひしがれた。
……やっぱり、俺にはまだまだ朱夏を振り向かせられるまで時間が掛かりそうだな。
そんな距離感を前に、小さくため息を吐いた。
「す、すまねえな。まさか、こんなにカップルだらけだと思わなかった」
なんか、ずっと空回りしていたし。
……だが、そう俯く俺を見た朱夏は、ニコッと笑った。
「……まあ、それはいつも通りじゃない。それに、私もカップルだらけで気まずかったのは一緒だし」
フォローをするみたいに慰めた。
その優しさに触れると、俺はこれから、もっともっと彼女に"そぐう存在"にならねばならないのだと、自覚する。
ホント、やる事は、山積みだな。
そんな事を思って、若干、ブルーな気持ちになっていると……。
「……でも、"アンタ"とだから、来たいって思えたのかも……」
朱夏は、照れ臭そうにボソッと呟いた。
「……えっ? それって……」
そんな予想外の発言に頬を赤らめる。
――――だが、一瞬だけ"くすぐったい雰囲気"が二人を支配していた、その時だった。
真っ白な光が辺りを包み込む。
同時に、周囲からは歓声が沸いた。
「……うわ……。すごい……」
結局、今の言葉の"真意"を聞くことができずに、クリスマスイルミネーションは始まったのであった。
まるで、彼女を護るように……。
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