47項目 温情のメリークリスマス


 12月24日、土曜日。


 明日は、真っ赤なおじさんが世界で一番愛される日だ。



 子供達はプレゼントに胸を躍らせ、世間のカップル共は、当初の"記念日"などを気にする事なく、便乗して愛を確かめ合う日。



 ……ぶっちゃけ、俺はクリスマスが大っ嫌いだった。



 何故ならば、陰キャだから。



 それ以外に、理由なんてない。



 単なる嫉妬。



 しかし、今年に関しては、世論の賑わいに"回れ右"をせざるを得ない。



 ……何故ならば、重要なミッションがあるから。



 『朱夏を惚れさせた上で、キッスをする』という。



 それは、彼女をラノベの世界に帰すという意味では、必要不可欠な案件であり、何より、俺にしか出来ないと【叡智の書】から伝えられた。



 ならば、俺に眠る全ての"モテパワー"を駆使して、彼女を振り向かせねばならない。



 ぶっちゃけ、そんなものはないけれども。俺の"モテパワー"なんて、ミジンコ以下だしね。



 ……なんにせよ、その為の第一歩に相応しい、イベントこそ、日付が近かったクリスマスだったのだ。



 ミッションを無視したとしても、元々、俺は朱夏が好きだけど。



 だからこそ、素直な気持ちで向き合う事が出来る。



 だって、これは俺にとっても……。



 この『キスをしなければ帰還出来ない』という方法に関しては、風林さんとの"不思議な接触"の帰りに豊後父には伝えた。



 まあ、会長から『今日あった事は秘密だ』と釘を刺された為、転移に必要な儀式の発見のキッカケに関しては、作り話で言い逃れをしたが。



 その、あまりにも"ロマンチックなやり方"を聞いた彼は、『そ、そうか……』と、自分が創り出したキャラクターが主人公以外の人間と"ラブコメ"をせねばならない現実を前に、落ち込んでいたが。



 まるで、娘を見守る父の様に……。



 しかし、真剣な口調から、そうせざるを得ないのだと理解すると、彼女の行く末を俺に託したのであった。



『君に、なら、いい。とにかく、忍冬朱夏を頼んだ』



 彼はそう受け入れてくれた。



 ……若干の負い目はある。



 でも、結果、朱夏が幸せになれるのならば。



 そう改めて決意を固めると、豊後父に『必ず成し遂げます』と、宣言したのであった。



 ……とまあ、彼女の知らない所で、着々と"帰還の準備"が済んでいく。



 だからこそ、この恋人達の活動が最も活発になるこの日、土曜にも関わらず、学園に招集されて簡易的な終業式を終えた後で、自宅に戻るや否や、スマホでイルミネーション特集を調べる彼女に向けて、こんな提案をしたのであった。



「……よし、明日は、クリスマス。お前のお目当てである"光の絨毯"でも観に行くか? 」



 デートに誘うという陰キャには敷居が高い行為に照れ臭くなった結果、俺はイルミネーションの力を借りた上で、恐る恐るそんな誘いをした。



 ……すると、途端に朱夏はスマホをいじる手を止める。



 同時に、まじまじと俺を見つめた。



 ……えっ? なに? もしかして、嫌だった?



 しかし、そんなネガティブ思考は、どうやら間違いだったみたいだ。



 何故ならば、彼女は数千の電球が放つ光にも負けない程に、瞳をキラキラと輝かせていたのだから。



「……行きたい。行きたいに決まってるじゃないっ!! 」



 朱夏は実に正ヒロインらしい素振りで喜びを表現すると、厨房に立つ俺の眼前まで顔を近づけて来た。



 ……同時に、胸はドキドキと分かりやすく音を立てる。



 ま、まずい。



 このままだと、俺の気持ちがバレる。



 そう思って、慌てて彼女から離れる。



 しかし、"イベント"に対しては素直になる朱夏は、そんな事など気にもせずに、にこやかな表情をしていた。



「アンタ、そういうのに興味がなさそうだったから、"今年"は諦めていたのよね〜。実際、何人かの男子から『クリスマス、一緒に過ごしませんか? 』とか、誘われたけど、なんか顔が怖かったし、"来年"に期待しようとか思っていたけど……」



 彼女は、どうやら気を遣って、クリスマスでお出かけに誘うのを我慢していたらしい。



 イベントに対して、強い執着を持っているにも関わらず。



 ……ちょっとだけ、驚いた。



 本来、朱夏はいつも何の脈絡もなく俺を無理やり連れ出すくせに。



 その所作には、どんな意味があるのだろう。



 後、やはり彼女は学校でモテモテなのだと痛感させられた。



 知っていたつもりではいたが、学園の男子達は、朱夏の聖夜の予定を争っていたのが想像できる。



 ……きっと、その中には、池谷の存在もあるのだろうが……。



 まあ、何にせよ、数多の男子達の誘いを断り、俺を選んでくれた事に、ホッと胸を撫で下ろす。



 ……"来年"という言葉に引っかかりながら……。



「……じゃあ、明日は、頼んだ」



 俺が頬を赤らめながらそう告げると、彼女はニコッと笑った。



「任せなさいっ!! これで、私の【やりたい事……。じゃなかった。この世界で"初めてのクリスマス"を外で過ごす事が出来るわ!! 」



 朱夏がそんな風に有頂天になっているのを見て、自然と俺の口元も緩んでいった。



 ……まるで、こんな時間がいつまでも続いていくかの様に。



 ところで、今、彼女は何か言いかけた気がしたが……。



 まあいっか。



 とりあえず、まずは下調べだ。



 そう思うと、スマホ画面を見ながら俺に手招きをする朱夏に促されて、一緒にイルミネーションの下調べを開始するのであった。



*********



 AM5:00。



 まだ、太陽も眠る冬空の朝、俺は騒がしい声で目を覚ます。



「アンタ、いつまで寝てるのよ! 寝顔がキモいぞっ!! 」



 そんな早朝にはそぐわないテンションに促される。



 同時に、瞼を開くと、朱夏はもう既に出掛ける支度を済ませていた。



 ……なんか、この展開、フィールドワークの焼き直しな気がする。



「お、おはよう……。相変わらず、随分と早いな……」



 まだ脳が正常に稼働していない中、対比して元気な態度の彼女を目の前に、そんな事を告げた。



 だが、腕を掴まれて、無理やりソファから起こされた。



「い、良いじゃないの。楽しみだって思っているんだから。それに……」



 朱夏は一旦、俺から離れると、若干照れ臭そうに服装を見せる。



 ソワソワとしながら。



 そこで、俺の意識は繋がった。



 ……だって、今日の彼女の格好は、俺が見たことのない姿だったから。



 白のタートルネックに、グラデーションがかった茶色のボタンがアクセントとなったクリーム色のオーバーサイズなカーディガン。

 黒基調のスカートには、桜の花柄が彩られている。



 更に、顔には"薄化粧"が施されていた。



 ……思わず、見惚れた。



 とても、いつもの同居人とは思えない程、美しい姿を前に。



 すると、そんな俺の顔をチラチラと見つめながら、彼女はこんな事を呟いたのである。



「……実は、アンタが"エッチ本"にうつつを抜かしている間に、買ってみたの……。どうかしら……」



 その反応に対し、"エッチ本"の部分を無理やり無視した上で、照れながらこう返答した。



「……と、とても、綺麗だよ……」



 目を逸らしてそう告げると、彼女は爆発した。



 ……俺の反応を、全く予想していなかったみたいに。



「き、綺麗って……」



 聞いておいて分かりやすく恥ずかしがる朱夏の姿を前に、俺も爆発した。



 ……彼女と付き合う為、頑張らなきゃいけないと決めたのに、素直になるのは想像以上に"恥ずかしい"。



 そんな状況の中、狭いワンルームのアパートの室内には、何とも言えない微妙な雰囲気が流れる。



 ……や、やばい。やっちまった。



 そう思うと、すっかり眠気など忘れて、しおらしくなる彼女に向けて、こう促したのであった。



「……じ、じゃあ、朝メシの準備して来るわ!! 」



 ……だが、何とも言えない空気感から逃げようとした俺に対して、朱夏は腕を掴んだ。



「ま、待って!! 」



 一体、なんだよ……。



 そう思うのも束の間、彼女は俺が振り返ったのを確認すると、ベッドの下に隠していた"大きな紙袋"を取り出す。



 同時に、それを俺に手渡すと、「とりあえず、開けなさい」と促した。



 ……えっ? なに?



 そんな突然の出来事に動揺しながら、紙袋の中身を確認する。



 ……すると、そこには、まだノリの匂いが漂う、緑色のコーデュロイジャケットに、白いパーカー、それに、真っ黒なスキニーが入っていたのだ。



「こ、これって……」



 俺が呆然としながらそう呟くと、彼女は耳たぶまで真っ赤にした。



「……あ、アンタが、今日、クリスマスに、"ダサい格好"をされるのが嫌だったから。それに、年末セールで安かったし。だから、買ってきただけだから……」



 ……分かりやすいくらいのツンデレを発動させた。



 まあ、でも、彼女の言う事も理にかなっている。



 だって、俺、まともな冬服なんて持ってないし。



 そこを失念していた。



 ……後、理由がともあれ、彼女が俺の為に服をコーディネートしてくれた事が、気絶するほど嬉しかった。



 だからこそ、素直に感謝を告げた。



「ありがとな。本当に嬉しいよ。これで、俺もモテモテに……」



 照れ隠しで余計な言葉を入れてしまう、とても悪い癖が出てしまう。



 すると、そこでやっと普通に戻った朱夏は、先程までの表情から一転、笑顔を見せた。



「そうでしょ、そうでしょ。"前から"クリスマスは楽しみたいって思ってたんだから。これからは、もっと"オシャレ"にも気を遣いなさいねっ! 」



 その言葉を聞くと、俺は自分の不甲斐なさに打ちひしがれた。



 こんな調子で、本当に朱夏を惚れさせられるのかと。



 ……だが、それ以上に引っかかった点。



 今、確かに彼女は、"前から"と言っていた。



 昨日の話では、クリスマスに俺を誘う予定は無さそうだったのだが……。



 それに、用意周到に事前からこんな服まで買ってくれて……。



 一体、どういう事なのだろうか。



 ……一瞬だけ、『もしかして……』などと、自惚れてしまう。



 しかし、すぐにその自意識過剰を取り消した。



 何にせよ、彼女が"お情け"で最高の"衣装"を用意してくれたんだ。



 俺も、頑張らなくちゃいけないだろ。



 そんな気持ちで、冬の寒さを溶かす程の暖かい気持ちを"プレゼント"されると、俺と朱夏は二人で過ごす"初めてのクリスマス"は、まだ薄暗い空の中で始まったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る