43項目 僕のラノベを紹介します


 豊後さんの父に、無理やり連絡先を交換させられてから数日、俺の頭の中は、"彼女に何があったのか"という心配事で一杯になっていた。



 ……思い当たる節はある。



 それは、最近の豊後さんの態度の変化だ。


 何故か、俺と普通に接してくれていないと感じる瞬間が多々ある。



 どこか、ぎこちないというか……。



 まるで、他人にでも戻ってしまったかの様な、そんな振る舞いをしてくるのだ。



 そんな事実を積み重ねている中で、彼女の父から『相談がある』なんて言われれば、心配になるのも可笑しくない話。



 ……もしかしたら、家で何かあったのか?



 例えば、家庭崩壊とか、離婚の危機とか……。



 その様な話であるならば、決して踏み込む事は出来ない。


 じゃあ、これから俺は、彼女をどうやって慰めていけばいいのだろうか。

 


 ……そう思わせるほど、俺にとって、"豊後空"は、既に特別な存在になっているのだから。



 それに付随するように、最近は、朱夏の態度も変だ。



 豊後さんとの"女子会"を開催してから、その兆候は顕著に現れた気がする。



 何と言うか、いちいち"大袈裟"になったというか……。



 ……でも、もしかしたら、それは、俺が朱夏を一人の"女性"として見てしまってるが故、そう過剰に感じてしまっているだけなのかもしれない。



 だって、いちいち些細な事で胸を鳴らしているのは、むしろ、俺の方なのだから。



 ……まあ、それはさておき、色々な状況が変わりつつある冬空の下、憂鬱な気持ちになりながら一人で下校をしていると、珍しく俺のスマホが鳴った。



 もしかしたら、朱夏かもしれない。



 以前もそういう事があったし。



 なんだか、少しだけ期待してしまう自分がいた。



 ……しかし。



 ……俺に連絡を取ろうとしてくる"物好き"の正体は、紛れもなく、"豊後大地"。大切な後輩の父親だったのだ。



 一瞬だけ、ガッカリする。



 それに、正直、俺は彼が苦手だ。



 ……あの押しの強さに、ガツガツと人の領域に入ってくる感じ。



 なんだか、少しだけ"火山くん"の匂いがする。



 とはいえ、大切な後輩の父。



 そんな思いは、口が裂けても言えないと言うのが、本心なのである。



 ……それに、今、こうして電話が来たという事は、例の"相談"についてで間違いない。



 俺が豊後さんの助けになれる可能性があるのだ。



 ならば、自分の"気持ち"なんて後回しだ。



 そう思うと、俺は覚悟を決めて彼からの電話を取った。



「はい、もしもし……」



 トーン低めでそう呟く。



 すると、彼は乗っけからフルアクセルでこんな提案をしてきたのであった。



「やあ、小原くん! はっはっは〜!! これから時間があるかい!? もし良かったら、この前の相談についての話がしたいから、これから『モアイ』に来てくれっ! というよりも、僕はもうそこにいるんだ! だから、待ってるね! では、後ほどっ!! 」



 一方的に概要を伝え終えると、彼は返事を待たずに電話を切った。



 そこで、俺のこれからの予定は、勝手に決められたのであった。



 ……ホント、あの人、苦手だわ……。



 俺はそう思いつつも、彼の強引な"誘い"に苦笑を浮かべながら、商店街の喫茶店、『モアイ』へと足を進めるのであった。



*********



「やあっ! いきなりすまないねっ! 」



 客の入れ替わりで人のいない喫茶店の店内に入ると、まるで童心に戻ってしまったかの様な笑顔で俺に手を振る、豊後父。



 彼は、とても大人には見えない程、純粋な顔をしていた。



 ……ホント、娘とは正反対な性格だな。



 俺はそう思いつつ、ため息を吐きながら彼の手招きの方に向かって行ったのである。



「……で、なんの用事ですか? 」



 暑苦しいテンションを目の前に、ウンザリしながらそう問う。



 ……だが、そう尋ねるや否や、彼の表情は打って変わるのであった。



「実はだね……」



 そのわかりやすい変化に、俺は若干、動揺する。



 ……やっぱり、もしかして、家庭の事情についての話なのか?



 そんな猜疑心が産まれる。



 豊後さんの最近の態度がその事実を突きつけるのだ。



 もしかして、想像よりもずっと、彼女を傷つける何かの"因果"があるのかもしれない。



 そう思うと、生唾を飲んだ。



 それに、"変な人"とは言え、彼は俺を信頼してくれている筈。



 だからこそ、今日、こうしてまだ高校生である俺に向けて"相談事"を持ちかけてきたのだから……。



 ____しかし、そんな俺の憶測が、大いなる"間違い"である事に、すぐ気付かされるのであった。



「……君は、"忍冬朱夏''とは、どういう関係なんだ? 」



 店員の目を気にしながら、俺にそう耳打ちしてくる豊後父。



 ……えっ? この人、いきなり何を言っているの?



 俺は、あまりにも予想外の問いかけを前に、呆然とするしかなかった。



 もしかして、彼は、年甲斐もなく朱夏の美貌に惚れてしまい、その結果、この前の様な"ストーキング"でもしていたのか?



 ストーキングといえば、なんだか、俺にも思い当たる節が……。



 ……あれ? なんだっけ。



 まあ、それはさておき、もし、そうだとしたら、これは大問題だ。



 だって、この人の相談内容が朱夏へのアプローチなどとなってしまった場合、それこそ、豊後家は"家庭崩壊"を招きかねない。



 それに、高校生に恋心を抱くなどという行為に関しては、間違いなく、"事案"でしかない訳だし。



 どちらにしても、仮に、彼が朱夏を狙っていた場合、断固として俺が拒否する訳なんだけど。



 だからこそ、そんな想いを胸に、俺は彼に向けて、まるで彼女の"マネージャー"にでもなった様な態度で、この相談自体が"破綻"している事を告げたのであった。



「……あの、娘さんの顔を思い浮かべてください。もし、彼女の一番信頼する"先輩"を、あまつさえ、"実父"が惚れてしまったなんて事実を伝えられたら、泣きますよ? 」



 勝ち誇った態度で、キッパリとそう言う。



 ……すると、彼は首を傾げた。



「……いやいや、何を言っているんだ? 僕は今でも、妻と娘が一番大切だよ? そんなあり得ない相談をする為に、君を呼びつけた訳ではないに決まってるじゃないか」



 ……んっ? そうなの?



 てっきり、禁断の恋を告げられるのかと思っちゃったじゃんか。



 まあ、とにかく、俺の憶測が"いい意味"で外れた事に、心底ホッとする。



 これで、とりあえず、最悪な形で豊後さんが傷つく事は無くなったと。



「それじゃ、何があったんですか? 朱夏とは、普通に親戚で同居人。それ以上でも、それ以下でもありませんよ」




 俺は、皆目見当が付かない彼の"本題"に対して、改めてそう問いかけた。



 ……すると、豊後父は真剣な目をする。



「……いや、君は今、嘘をついているよね」



 彼の発言を前に、思わず言葉に詰まる。



 ……その、核心を突く様な、真っ直ぐな口調を目の前に。



 同時に、焦りの感情を抱いた。



「な、何を言っているのですか? 」



 生唾を飲み込みながら、冷や汗をかいてそう返答。



 ____そんな最中、彼は遂に本題を口にしたのであった。



「……小原くん。君は既に気づいているんだろう? 彼女が、"さいけんガール"のヒロインである事を……」



 何故か、某ロボットアニメの司令官の様に両手を口元に当てて肘をついた状態で"真理"を追求する彼。



 ……その瞬間、俺は全てを理解した。



 彼、"豊後大地"は、俺しか知らない"事実"を知っているのだと。



 これまで、オタク三銃士などが疑惑を持つ事はあった。



 しかし、現実世界でその様な"あり得ない展開"が起きる訳がないと否定をしていた。



 つまり、彼女が"さいけんガール"のヒロイン本人である事は、絶対にバレないと踏んでいたのだが……。



 彼は、アッサリとその結論を見抜いてしまったのである。



 ……まずい。どうすれば良いんだ。



 こんな事が世間に知れ渡れば、大問題だぞ。



 せっかく、今の朱夏は自由に近づいているのに。



 もし、『異世界、ましてや、ラノベの世界から現れた』なんて話が広まれば、たちまち、彼女は国の研究機関などにいざなわれてしまうかもしれない。



 それに、周りの見る目も変わるだろう。


 きっと、気味悪がられるに決まっている。



 これまで積み上げてきた"人間関係"だって、全て積み木の様に崩れ去ってしまう。



 ……だが、彼の視線は、"確信"を物語っている。



 つまり、この場において、言い逃れをするのは、不可能なのだ。



 ならば、この件については、"秘密"だと約束させるのが、最優先。



 そう思うと、俺は震える口元で、こんな提案をした。



「……良く分かりましたね。多分、彼女が"ラノベのヒロイン"である事は、俺しか知りませんから」



 目を合わせる事もできず、弱々しく呟く。



 ……すると、彼は憶測が正しかった事を喜んだ。



「やっぱりかっ! 一目見た瞬間、すぐに気がついたよ! 」



 正反対な感情が、誰もいない店内に"歪さ"を招く。



 そして、そんな微妙な空気の中、彼はあまりにも"衝撃的"な事実を述べたのであった。



「……実は、彼女を作り出したのは僕なのだよ。つまり、"夜桜よざくら漆枝うるえ"は、僕自身なんだ!! 」



 ……堂々と口にした、何度も見てきた"例の名前"を聞いた瞬間、どうして、彼が朱夏の秘密をすぐに見抜いたのかを、全て理解した。




 何故なら、彼が、彼こそが、【才色兼備ガールは、レールから外れたい】の原作者だったのだから……。

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