42項目 スパイ・ダディ
……どう考えても、今の"思考"は、おかしい。
なんで、束の間の休日に、こんな事をしているのだろうか。
普通に考えたら、良い大人が"こういった行為"をするのは、おかしな話だと思う。
いつもは、冷静で実に落ち着きがある、と、自称しているのに。
………なのに、どうして、そんなクールで理想の父である筈の"この僕"が、今、玉響学園校門の近くの"木陰"に隠れているのだろうか。
黒のブルゾンジャケットに、サングラス、同色のキャップを目深に被って、口元にはマスクといった、変装姿で。
もちろん、自分がおかしな行為をしている事は、重々理解している。
でも、その衝動を抑えきれなかった。
何故ならば、僕にはどうしても確認せねばならない"極秘ミッション"があるのだから。
……娘の慕う先輩が、僕が制作した【才色兼備ガールは、レールから外れたい】に登場する、本物の"忍冬朱夏"なのか。
その手掛かりを掴むまでは、帰れない。
だからこそ、今、こうして下校時間を狙い、校門から出てくる生徒達をジーッと見つめているのだ。
妻には、「気分転換に喫茶店でも行ってくるよ」と言い訳もした。
空にも、昨日から今日にかけて焦る気持ちを隠して、普段通りに振る舞った。
つまり、このあまりにも"危険な使命"については、誰にもバレていないのだ。
なんか、少しだけ童心に帰れた様で、ワクワクもする。
まさか、大人になってまでこんな心踊る"イベント"が待ち構えているとは……。
まるで探偵にでもなったみたいで胸が熱くなる。
……いや、いかんいかんっ! 雰囲気に流されるなっ!!
僕は、いつも、どうしても途中で目的を見誤ってしまう"悪いクセ"があるんだ。
小説書きという生き物は、すぐに"世界観"を見出してしまう。
それに、まだ心のどこかで彼女が僕のイメージする忍冬朱夏ではないのだと否定をしているのかもしれない。
……まあ、今日のところは、彼女との接触は避けて。
今回は小原くんとの交流こそが最優先。
顔は、空から見せられた写真から、バッチリと覚えている。
という訳で、僕は気合を入れ直すと、腹が減っている訳でもないのに、鞄から"あんぱん"と"パックのコーヒー牛乳"を取り出した。
……早く、来い。
そう思って、執筆活動の時にも勝る程の集中力を駆使して、その時をジーッと待っていた。
まるで、70年代に一斉を風靡した刑事モノの、張り込みを開始した時みたいに……。
____しかし、その事に再び浸り出した途端、木陰の隙間から降り注ぐ日差しを覆い尽くす様に、背後から、"巨大な影"が映り出したのだ。
「……あの、ちょっと良いですかね」
突然聞こえた男の声に、僕は「……んっ? 」と、間抜けな声を出して振り返る。
……すると、そこには、初冬にも関わらず、タンクトップ一枚という、まるで格闘ゲームにでも出てきそうな屈強な男が目の前に立っていたのであった。
「え、えっ? 」
思わず、怯む。
……な、何故、これだけの完全な変装と潜伏をしていたにも関わらず、見つかった?!
そう思って、空いた口が塞がらない僕に対して、彼は引き攣った笑顔で肩にポンっと手を当てた。
「わたしはこの学園で教師をしております、"子守"と申します。何人かの生徒から、『怪しい人がいる』と聞かされましたので……。これから、少しお話をしたいので、今からついて来てくれますよね? 」
物腰柔らかな話し方とは裏腹に、脅しにも似た"威圧感"を強く感じる。
……か、完璧な潜伏が、バレていただと?! それに、この場面、逃げればボコボコに殴られるかもしれない……。
その事実を突きつけられた事によって、観念した。
「は、はい……」
こうして、僕は完全な"不審者"扱いを受けた上で、ゴリゴリマッチョな"子守"と名乗る圧倒的強者に腕を掴まれて、学園の中へと連れ込まれたのであった。
……下校する生徒達は、不穏な目で僕を見つめる。
は、恥ずかしい……。
流石に、焦りすぎたか。
僕は自分のしでかしてしまった行為を深く反省する。
だが、時、既に遅し。
これから、どうなるのであろう。
もし、ここで僕が逮捕されれば、きっと家族は路頭に迷う。
編集社だって、これまでの実績など簡単に捨てて、『犯罪者とは手を組めません』なんて言われるに違いない。
……い、嫌だーーーー!!!! 僕は、ただ、真実を確かめたかっただけなのにーーーー!!!!
そんな事を心の中で叫びながら、真っ青な顔で"実刑"への道を進んでいた。
____しかし、そんな時だった。
「……ぱ、パパ?! 」
僕がその声に目を合わせると、そこには、我が愛しの娘の姿があったのだ。
「そ、空ぁ〜!! 」
安心感から、涙を流して、とても社会人とは思えないくらいに情けない声を出す。
そこで、子守という教師は、僕がこの学園の生徒の親だという事に気がついた様で、やっと青あざが出来るほど強く掴んでいた腕を解いてくれたのであった。
「あれ? なんだよ、この人、豊後の父親だったのか」
彼がそう確認を取ると、空は大きく頷いた。
「はい……。実父です。それにしても、なんでそんな格好をしているの……? 」
苦笑いをしながら"あまりにも怪しい変装姿"にドン引きをする娘の姿を目にして、いかに今の僕が"異様な存在"と化しているのかを痛感させられる。
……ま、まずい。このままでは、嫌われてしまう。
そう思うと、見苦しい言い訳をした。
「そ、それは、だね、空ちゃんよ。キミに"悪い虫"が付いていないかの確認を取っていたからさ、"親"として、ね」
開き直って、堂々とそう言った。
……まあ、本当はそんな事は全く心配していないんだけどね。
しかし、その言葉に、空は分かりやすく顔を赤らめた。
「い、いや、そんな人、いる訳、な、ないじゃんっ!! 」
……えっ? マジで……?
空ちゃん、恋しちゃってるの?
あんなに家族っ子だった、可愛い可愛い空ちゃんが……?
呆然としながらその場に立ち尽くしていると、子守先生は、苦笑いを浮かべた。
「……ま、まあ、子を思う気持ちは分かりますが、ほどほどに……」
と、注意を受けると、彼は校舎へと戻って行ったのであった。
今、空は完全に"乙女の顔"になっている。
正直、その様子を見て、僕が本来果たすべき"ミッション"についての思考は完全に停止したのであった。
……む、娘に、わるい虫が……。
____だが、そう憎悪をメラメラと燃やしている最中、彼女の元に2人の生徒が現れた。
そこで、僕は再び"本題"を思い出した。
……というよりも、その姿を前に、立ち尽くした。
「あら、空ちゃんっ! そこにいる"変な人"は誰? 」
彼女の口から出た声。
それは、紛れもなく、僕が原作として映像作品になった"さいけんガール"の忍冬朱夏そのものだった。
顔も、身長と体系も、髪型も、身に付ける桜のヘアピンも全てが、僕の脳内から捻り出された、正ヒロインそのもの。
……これは、いよいよ疑う余地が無くなった。
やはり、間違いなく、彼女は"ラノベの世界から現れた存在"なのだと。
自分が産んだキャラクターだからこそ、すぐに理解出来る。
だからこそ、こうして今、何も喋ることも出来ずに、呆然とするしかないのだから……。
すると、そんな僕を、空は丁寧に紹介した。
「変な人ではありませんっ! ここにいるのは、空のパパ、"豊後大地"なのですからっ! 」
擁護する様にそう告げると、二人は納得した。
「あら、ごめんなさい。初めまして、私、忍冬朱夏と申します。娘さんとは、仲良くさせて貰っています」
切り替えて、丁寧にお辞儀をする様は、まさに"才色兼備ガール"。
正直、飛び上がるくらい嬉しかった。
だって、自分が考えたキャラが現代に存在して、尚且つ、こうして話が出来るのだから、作家冥利に尽きるモノだ。
きっと、全作家が憧れる展開だろう。
でも、今、その事実を告げるのは、あまり良くない選択だと判断した。
こんな不審者の格好で、いきなり『キミは、ラノベから出てきた存在だねっ! 』なんて言い出したならば、頭がおかしくなったと思われてしまうかもしれない。
……そこで、当初の目的の方に視線を移す。
「ど、どうも、小原周です」
緊張しながらそう名乗る彼。
まさに、今回のターゲットだ。
そう思うと、僕は忍冬朱夏に「よろしくね! 」と挨拶を終えた後で、小原くんと肩を組む。
「やあやあ、随分と娘がお世話になっているね〜! そこでなんだけど……」
突然の行為に動揺する娘とヒロインを横目に、僕は彼を少し遠い場所に無理やり連れてきた。
そして、こう告げたのであった。
「……実は、文芸部の部長であるというキミに、娘についての相談がしたいんだ。だから、もし時間がある時、少し話をしてくれないか? 」
真剣な声でそんな依頼をすると、彼は僕の圧力に押されて、「あっ、はい……」と力なく頷いたのであった。
「良かったよ〜! それならば、連絡先を交換しようっ! 時間がある時に電話をくれたまえっ! 」
そう強引に話を進めると、彼は動揺しながら、慌ててスマホを取り出した。
……そこには、娘と同じマリンタワーのストラップが付いている。
なんか、少しだけ胸が騒つく。
だが、なんにせよ、とりあえずミッションを達成出来た。
それにホッとしていると、空は口を膨らませてこちらにやってきた。
「パパっ! あんまり小原先輩に"変な絡み方"をしないでっ! 」
……いかんいかん。娘に怒られてしまった。
すると、そんな僕達の様子を見ていた忍冬朱夏は、笑った。
「アッハハ〜! 空ちゃんはパパと仲良しなのね〜! 周にどんな話をしたのかは知らないけど、今日は"親子水入らず"で帰ると良いわ!! 」
とても、自分が作り上げたキャラとは思えないほど、素敵な笑顔だった。
……だけど、一瞬だけ僕らのやり取りに対して、不安そうな顔をしたのは、何故だろう。
まあ、良いか。
とりあえず、今日やるべき事は終わった。
そう思うと、僕は彼らと解散して、プンプンと怒る可愛らしい我が自慢の娘と共に、帰宅の途に就いたのであった。
……そんな帰りの道中、空にこんな問いかけをする。
「ところで、あの二人はどんな関係なんだ? 」
その質問に、彼女は周囲の生徒の目を気にしながら、耳打ちでこう返答する。
「……実は、小原先輩と朱夏さんは、親戚で、諸事情があり、一緒に住んでいるの……」
娘からそう聞かされると、僕の頭の中には一つの事実が浮かび上がった。
彼らは、間違いなく、空に"嘘"をついていると。
それに気がつくと、近いうちに、"小原くん"とは腹を割って話さなきゃいけないなと強く思うのであった。
……何故、僕のラノベのヒロインがこの世界にいるのかという謎を紐解くには、彼の存在が必要不可欠だと判断をして。
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