41項目 モアイのふたり
私は今、浮き足立っていた。
何故ならば、今日は楽しい"女子会"の日だからだ。
相手は、文芸部の後輩ちゃん。
本当は周にも声をかけようと思ったのだが、たまには彼にも一人の時間が必要であろうという気遣いから、敢えて、誘うのはやめた。
……結局、文化祭の時も、失敗して心配をかけちゃった訳だし。
むしろ、『私はもう大丈夫』という所を見せたかったけど、逆に、初めて人前で"弱い所"を晒してしまった。
正直、彼の顔を見た途端に、どうしようもなく頼りたくなっちゃったの。
いつも、私と同じ気持ちになってくれるから。
なんだか、この世界に来てから、私はすっかり"甘えん坊"になっちゃったなぁ。
あの時は、本当に救われたなって思ったけど。
そんな事を考えつつ、朝からライトノベルを読み耽る彼を横目に、待ち合わせ場所である商店街のカフェ、『モアイ』にて、空ちゃんの到着を待っていたのであった。
……予定時刻の1時間も早く。
少し、気合を入れすぎたかしら。
まあ、普段、あんまり周との"同居"について触れられたくなくて、休日で学校の子との交流は極力控えているからこそ、こうして事情を知る"可愛い後輩"とお話出来るのを楽しみにするのは当たり前の話。
私は、12月には似つかない、アイスのブラックコーヒーを飲みながら、そんな事を思う。
それに、別に人を待つ事に対しての抵抗はない。
あと、今日はやる事があるし。
このタイミングで、以前からコツコツと書き溜めて来た【やりたい事リスト】の整理をしておきたい所。
……ホント、色々あったなぁ。
私は、羅列されたリストの"済"の文字を見つめながら、思い出を懐かしく思う。
それに、最終目標としていた『クラスメイトと飾らずに普通に喋る』も、予想以上に早く達成した。
次第に、私は"自由"に近づいている。
この、世界で……。
すると、そんな最中、私の中に"もう一つ"の目標が浮かび上がった。
……そうよ。次はコレに……。
マリンタワーのストラップを揺らしながらスマホに"ある新たなやりたい事"を追加した。
よしっ。これでオッケー。
ちょっとだけ恥ずかしいけど……。
____だが、そんな時だった。
「あ、あの……。朱夏さん……? 」
背後からそんな声が聞こえると、私は慌ててスマホを閉じた。
あんな目標、見られたら大変な事になるから。
……だからこそ、話題を逸らす様に、急いで振り返る。
すると、そこには首を傾げながら立つ空ちゃんの姿があったのである。
「あら、空ちゃんっ! ず、随分と早いじゃない!! 」
動揺しながらそう告げると、彼女はニコッと笑った。
「はいっ! とても楽しみだったので、早く来ちゃいました! ……それにしても、朱夏さんもかなり早いですね。まだ、1時間前ですし……」
「……そ、そうね」
核心を突かれた所で、結局、予定よりも随分と前倒しをして、二人っきりの"女子会"は始まったのであった。
*********
お洒落な喫茶店での会話は、予想以上に弾んだ。
入店してから約30分の間、この前の文化祭での話や、豊後さんの描いた【ファビュラスなそよかぜは部室へと】についての制作秘話なんかの話題で盛り上がったりもした。
……結果的に、彼女の詩集は、周の"しょうもないイロモノ扱い"とは違って、正当に評価されたのであった。
それを象徴する様に、顧問である子守先生を始めとした教師陣は、学生同士で争われるコンテストへの参加を熱望されているとの事。
……つまり、彼女は文化祭を通して、大きくステップアップをしたのであった。
大コケした私と違って。
まあ、結局のところ、"例のビンタの部分"を除いては、なかなか好評だったみたいでホッとしたけど。
途端に、ふと、あの日の"帰り道"での出来事を思い出す。
……ホント、私は随分と周の事を信頼してしまっているみたいね。
でも、これからは……。
そんな気持ちを携えながら、すっかり心を開いた様に嬉々と話す彼女の声に、笑いながら頷いていた。
……空ちゃん、すっかり気を許してくれるようになったなぁ。
純粋に感慨深い。
今日だって、『二人っきりで女子会』をしましょうって伝えたら、とても喜んで二つ返事してくれたし。
まるで、本当の妹みたいに大切だなぁ。
だからこそ、もし、空ちゃんに何か悩みがあったとしたら、"お姉ちゃん"として親身にアドバイスしてあげたいと考えたのであった。
……すると、そう思うのも束の間、途端に状況が変わる出来事が起きた。
理由は、私が「周もきっと、詩集の好評を喜んでくれているわよ! 」と、相槌を打ったのがきっかけ。
空ちゃんは、彼の名前を出した瞬間、表情が曇ったのだ。
「……あのですね、実は空、最近モヤモヤする事があるんです」
先程までの明るい話題とは打って変わって、空ちゃんは辿々しい口調に切り替わったのだ。
……今、まさに考えていた"相談役"としての任務は、あまりにも早く訪れる。
ここは、お姉ちゃんらしく……。
「どうかしたのかしら。もし私で相談に乗れる事があるならば、全然聞くわよ」
私が優しくそう頷くと、彼女は言葉に詰まった。
「え〜っと、ですね……」
……そして、すっかり決意を固めたのか、少し顔を赤らめながら、彼女はこんな"悩み"を口にしたのであった。
「じ、実は、最近、小原先輩と上手く話せなくて……」
空ちゃんが概要を口にすると、私の顔は引き攣った。
……周のヤツ、もしかして、彼女に酷い事でも言ったのかしら。
だとするならば、家に帰ったら叱りつけないと。
「そうなの? もしかして、周に何かされたのかしら。そうならば、私からもキツく言っておくわよ」
そう決め込んで、解決策を提案する。
……しかし、彼女はそんな強気な判断に大きく首を振った。
「い、いや、そういう事は、一切されていないです。そうじゃなくてですね……」
空ちゃんは、私の憶測をキッパリと否定する。
……そうではないのね。
その後で、何故か頬を赤らめてモジモジとし出したのだ。
「じゃあ、なんで……」
私はO型特有のせっかちな部分が先行して、思わずそう問いかけた。
……すると、空ちゃんはそれに対して、こんな答えを返して来たのであった。
「実は、空にも分からないんです。……でも、先輩の顔を見ると、胸がドキドキしちゃって、上手く喋れなくなっちゃって……」
なるほどね。やっと理解したわ。
私はそう思った。
何故ならば、彼女の悩みの原因は、彼の所作にあるんだから。
きっと、最近は土國くんやクラスメイト達と少しずつ打ち解けた事で自信を付けたのか、身の丈に合わず、彼女に対して"粋がって"いるんだわ。
元々、空ちゃんはかなりの怖がり。
最初、私達と出会った時だって、怯えていたんだもの。
確かに、彼にはお世話になっているし、今でもこの世界では一番信頼しているわ。
……でも、可愛い後輩を怯えさせる行為だけは、しっかりと是正しなければならない。
そう結論を出すと、私は彼の代わりに、空ちゃんへと謝罪を告げた。
「うちの同居人が怖がらせちゃって、ごめんなさい。ちゃんと『あんまり調子に乗るんじゃないわよ』って言い聞かせておくから」
よし、これで彼女も普段通りに生活出来る様になる。
……しかし、その答えも間違っていたみたいだった。
「ち、違うんです。そんな嫌な事をされてもいないです」
……んっ? じゃあ、なんでかしら。
もし、周が暴言を浴びせたり、調子に乗ってたりしていないと言うのならば、何故、彼女は上手く話せないの?
私の頭の中には、クエスチョンマークが浮かび上がる。
とは言え、考えてもみれば、部室での彼が取る空ちゃんに対する態度は、特に変わりがなかった。
何より、彼は元々、その様な酷い行為を行う人間ではない。
可愛い後輩が悩み苦しんでいる事で、熱くなりすぎ、まともな思考が出来なくなっている事に気がつく。
……でも、それなら、なんで、空ちゃんは周と上手く話せないの?
答えが分からずに、気がつけば、私は相談相手である彼女と同じ熱量で思考を働かせてしまっていた。
「よく分からないわね。でも、原因をよ〜く考えれば、分かるかもしれないわ。まずは、今、周の事をどう思っているのかしら? 」
そこで、一つ一つの紐を解く事にした。
すると、彼女は熟考を始める。
「そうですね……。小原先輩は、今でも、とっても尊敬しています。……ですが、なんですかね。こう、胸がキューっとする様な、そんな感じですかね……」
空ちゃんはカーキーのカーディガンの辺りで拳を握りしめながらそう呟いた。
……ますます、意味が分からない。
「ん〜。ごめんなさい。私にはその答えが見つけ出せないわ。世間的には良く言われるのは、相手に"恋"をしたりすると、そんな症状になるとは聞くけど、空ちゃんのは少し違うっぽいし……」
私は答えを導き出せず、そんな風に謝罪を口にした後で、ボソッと"一般論"をこぼした。
彼女があの格好悪くて、ヘタレな周にその様な気持ちを抱くなど、考えづらい。
だからこそ、否定せざるを得なかった。
……しかし、私が"恋"という言葉を出した瞬間、空ちゃんの態度は一変した。
「こ、恋……」
彼女はそのワードに対して、顔を真っ赤にしながら大袈裟に反応する。
……えっ?
私が途端に動揺するのも束の間、彼女は、もう一度、胸の辺りに手を当てる。
……そして、心臓の鼓動をじっくりと確認した後で、空ちゃんは恥じらいの表情を見せながら、こう"結論"を出したのであった。
「……朱夏さん。今、彼と上手く話せない理由に気づいちゃいました。多分、空は、小原先輩に"恋"をしちゃったみたいです……」
長いまつ毛を揺らして、目を逸らしながら、今にも溶けてしまいそうな顔で、そう呟く。
その後、"何かに気遣う"様に、呆然とする私にこう謝罪を告げる。
「……ご、ごめんなさい」
……本当に? でも、今、確かに空ちゃんは……。
しかし、ここで動揺してしまっては、彼女を不安にさせる。
そう思ったからこそ、私は一瞬失いかけた思考回路を取り戻して、気丈に振る舞った。
「な、なんで謝るのよ! そ、それにしても、まさか、空ちゃんが、あの"周"にねぇ……」
多分、焦りは隠せていなかったと思う。
この事実は、それだけ私に"衝撃"を与えたのだから。
「まあ、何かあったら、また相談に乗るわ!! 」
取り繕う様にそう告げると、彼女は小さく微笑んだ。
「あ、ありがとうございます……」
……それから、私達の間には、微妙な時間が流れる。
知らぬ間に、話題転換をした上で。
そして、すっかり"別の話題"での盛り上がりがひと段落した所で、私は彼女と解散をしたのであった。
しかし、帰りの道中でも、ずっと"こだま"し続ける、あの言葉。
____『空は、小原先輩に恋をしちゃったみたいです』
ハッキリと伝えられた、空ちゃんの周に対する"好意"。
本来ならば、私はそれをサポートしなければいけない立場の筈。
……しかし、どうしてだろうか。
何故か、そうしたくない自分がいるのであった。
……理由は分からない。
それ以上に、不安になった。
……もし、このまま、周が空ちゃんと付き合っちゃったら……。
想像するだけで、色々とネガティブな思考が頭をよぎる。
……そういえば、こんな"気持ち"、昔にも経験をした様な……。
あれは確か、彼と喧嘩をした時で。
その時、不安にさせた"重要な要因"があった気がするのだけど……。
どうやら、この件は、想像以上に"私自身"にも動揺をもたらしてしまったのかもしれない。
それに、何故だろう。
なんで、ずっと心臓の音がうるさく響き続けるの?
結局、理由は分からないまま、彼と顔を合わせるのが億劫になって、一人、帰宅の途と反対の道へ足を進めたのであった。
……私は、どうかしてしまったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます