36項目 記憶不信と敵となったイケメン
文芸部の存続が決まった翌日の朝、俺達2年B組は、白雪姫の劇の準備のため、体育館に来ていた。
……昨日の疲れを携えて。
豊後さんの詩集は、想像以上に盛況だったおかげで、昨日は大忙しだった。
こんな学園の片隅にあるひっそりした部室に、老若男女の人々が、入れ替わり立ち替わり押し寄せたのである。
「……めっちゃ泣いた」
「ワシも、若い頃の"青春"を思い出すのぉ……」
「去年の"コメディ"とは打って変わった感動路線だな」
……まあ、俺の部分に対する辛辣なレビューはさておき、とてつもない高評価の声が続々。
もう一つ、衝撃の事実。
この学園に潜む"闇"の存在を知った。
それは、我が校の数名の男女達が訪れてきた時に、彼女を見つめながらヒソヒソ話をした声が聞こえてきた時のこと。
「……あの、保護欲を駆り立てる"姫"にこんな才能があったなんて……。【豊後空ちゃんを見守る会】としても、嬉しいもんだ……」
……なんか、彼女の天性の"妹属性"が相まってか、妙な団体が出来上がっていたのだ。
その事実に気がついて肝を冷やしていると、彼女は「……どうかしました? 」と、首を傾げていた。
……いや、気づこうか。
そう思っている間にも、準備していた分の【ファビュラスなそよかぜは部室へと】は、全て他人の手に渡ったのであった。
……多分、プレミアとか付くな。
何気なく、昨日の出来事を思い出しながら、舞台の大道具を配置していると、ふと、視線を移した。
「まあ、とても素敵な林檎……。とても美味しそうね……」
朱夏は、最後のリハーサルをしていた。
俺は、木の役でセリフがないから、忙しく動き回っていたセッティング班に追いやられている。
それにしても、この前は、妙な事を考えたものだ。
朱夏から電話が来た時、間違いなく"特別扱い"されている事を、嬉しく思ってしまったのだから。
……だけど、それに"起因"するキッカケは、何だったっけ。
そんな事をずっと思っている。
……それに。
「よしっ! 完璧だなっ! コレで、オレ達2年B組は、"学園1位"で間違いなしだっ!!!! 」
すっかりリハを終えて、クラスメイト達をそう仕切っていたのは、"駆流"だったのだ。
確かに、彼は、クラスで唯一の"学級委員"。
体育祭の時も、一人で2年B組の為に奮闘してくれた。
そんな思い出があるのは、知っている。
玉入れの活躍が認められたことで、教室での居場所も掴み取ったし。
……ただ、何かが足りないんだ。
今の生活において、最も重要な"何か"が……。
正直、頭がおかしくなったのかと自分を疑う。
だって、今、この空間において、誰もその事に''違和感"を覚えていないのだから……。
「ホント、何なんだか……」
思わずそう零すと、悩みを忘れる様に、これから俺が入る"木の被り物"の中に入ってみた。
……うん、マジで"背景"だな。
まあ、逆にセリフが無くて良かったけど。
なんにせよ、朱夏とのギャップに何とも言えない気持ちにさせられた。
……すると、そんな時、俺の元に"池谷"が現れた。
「ちょっといいか……」
彼は、真剣な表情で俺にそう問う。
正直、こうして面と向かって話すのは初めてだったので、途端に緊張した。
結局、俺はまだまだ陰キャの一人なのだから……。
だからこそ、上ずった口調でこう答えるしかなかったのだ。
「だ、大丈夫だよっ?! 」
……うん、我ながら酷い返事。
そう思うのも束の間、彼は「じゃあ、ついてきてくれ」と、重々しい声で告げると、体育館から抜け出したのであった。
……正直、彼が何を言いたいのかは、少しだけ、分かった気がした。
だって、彼は最近……。
*********
体育館裏にたどり着くと、彼は真っ直ぐに俺を見つめた。
その視線から、これから重要な事が伝えられるのが分かる。
……同時に、胸が騒めき出すのが分かる。
だって……。
そう思って、気持ちが混乱をもたらしていると、池谷はゆっくりと口を開いたのであった。
「……実は、お前にひとつだけ聞きたい事がある」
真面目な口調でそう切り出した彼。
その迫力を前に、辿々しく返事をする事しか出来ない俺。
「……ど、どうした? 」
俺の弱々しい言葉に、彼は小さくため息をついた後で、こう問うのであった。
「……お前は、忍冬の何だ? 」
彼から繰り出された朱夏の名前。
やはり、俺と彼女との関係について、確認を取りに来たのだ。
しかし、池谷の顔からは、同じ部に所属する仲間などという事実とは違う、"別の理由"を聞き出そうとしているのが分かる。
「……い、いや、普通にただの部活仲間だよ」
一瞬だけ朱夏との関係について色々と想像してしまった事が照れ臭くなって、思わずそう答えてしまった。
すると、俺の答えが不服だったのか、彼はため息をついた。
「……普通に考えて、それ以上の関係にしか見えんがな。だって、お前らはいつもいつも、何らかの"アイコンタクト"とってるじゃないか。それでも尚、そう答えるのか? 」
威圧感満載で追求された。
……正直、そこまで朱夏を見ていたのかと、改めて思った。
確かに、俺達は、いつも教室でお互いを"意識"していた。
しかし、それは、彼が想像する様な、"恋愛関係"ではない。
"異世界人"という本質があるからこそなのだから。
とは言え、確かに、側から見れば、その行為こそが違和感に直結するのかもしれない。
だが、ここでその事実を知らせた所で、この"秀才"は納得してくれないだろう。
だからこそ、適当な言い訳を述べたのであった。
「……数少ない部員を、大切にするのは、普通だろう……? 」
目を逸らしながら、渋々、捻り出した俺の回答を聞くと、彼は「チッ」と、小さく舌打ちをした。
それから、煮え切らない俺に苛立ちを感じながら、こんな事を口にしたのであった。
「……まあ、そこに何があるのかは知らないが。それよりも、今、お前、小原周を呼び出した理由だが……」
彼の話題が"本題"に差し迫ると、俺は、耳を塞ぎたくなった。
……もう既に、何が言いたいかなんて、分かってる。
……だからこそ、聞きたくない。
……だって、コイツは絶対に……。
――そんな儚い願いも虚しく、池谷は、"結論"をアッサリと宣言したのであった。
「おれは、"忍冬 朱夏"が好きだ。文化祭が終わった時、告白しようと思う」
彼の言葉を前に、俺は心臓の鼓動が早くなったのを確認した。
……先日、彼女の"特別であり続けたい"って思ってしまったから。
このイケメン、池谷に、朱夏を奪われてしまうのではないかと、考えてしまったから。
もし、そうなったら、俺はどうなるのだろうか……。
そんな風に、呆然と固まりながら"あらぬ想像"を繰り返していると、彼はこう続けた。
「多分、お前はその上での"ライバル"だと思ったからな。正々堂々と勝負しなきゃ、おれの気持ちが収まらなかったんだよ……」
池谷は、俺を"恋敵"と見定めていたらしい。
彼の口から出た内容こそが、それを象徴していたのだ。
そして、ポカンと立ち尽くす俺に話すべき内容を伝え終えると同時に、彼は「……すまないが、おれがアイツを幸せにしてみせる」という言葉を残すと、再び、体育館へと戻って行ったのであった。
「……俺は、どうしたら良いんだ……? 」
結局、何も言えずに黙ってしまった自分の弱さに打ちひしがれながら、思わず声を漏らした。
……同時に、不覚にも、これまで抱いていた彼女への気持ちの"答え"が何かを痛感してしまったのである。
……朱夏を、誰にも取られたくない。
そんな否定のしようがない、明確な証拠をまざまざと突きつけられて……。
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